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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第二章 【原作】始動
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【祝福】の刻印

 二人の間に(かも)し出される異様な雰囲気が周囲を萎縮(いしゅく)させる。


 普段はオルカに楯突くという無駄骨を決して折らない私も、この時ばかりは引くことを考えなかった。それを察したオルカは一瞬眉を潜めて、次には元の顔に戻っていた。


 「さて、まずは状況を説明願えますか?」

 本人は意図していないのか、握られた手首が痛い。神力の回復力で過信しているのか、私の本来の身体能力は虚弱でしかないのに。若干目をとがらせて、一度深呼吸をする。


 「説明もなにも、既に報告は上がっているでしょう」

 「それとこれとは話が別ですね。私は今、聖女様が手に掛けようとした状況の説明を求めているのですが」


 笑えてしまう。そうなるよう仕向けたのは他でもないこの男だ。なのにいざその事態になったら気に入らないなんて。どこまでも幼稚で稚拙ちせつな…。


 「貴方が悪知恵を働かせる前に処理していれば良かったのでは?」

 苛立ちからか声に刺が入る。一体いつまで腕を掴む気なのだろうか。もうそろそろ本当にくっきり痕がついてしまいそうだ。


 「悪知恵とは、…一体何のことでしょうか」

 ハッ…、馬鹿にするのも(はなは)だしい。全てを(てのひら)で転がす支配者の笑みで、それをほざくのか。


 こういう事象は私のもとへ報告が上がる前に全てオルカの所へ渡る。最終的権限は閣下だが、それまでの橋渡しほど肝心なものはない。


 「…今回の件、細かく問うことはしませんが後の処理ぐらいどうぞ、ご自分でなさってください」

 「承りました」


 掴んでいた手を離し、素直に応じた聞き分けのよさに若干の気色悪さを覚えつつ私はオルカと相対して孤児院を出る。…はずだった。


 「ま、待って…、くださっ」

 くいっと、力とも呼べないなんとも非力な手が私の服の裾を掴む。私を引き留めたのは、私の身代わりに殴られた彼だった。


 私はまた彼と同じ目線にまでしゃがみこむ。その際祭服の膝辺りが汚れたのが見えたけど、後で洗えば済む話だ。


 「どうしたの? まだ何処か痛むのかしら…」

 「ぃ、いえ…。その、僕を、せいじょ様といっしょに連れていってもらえませんか…?」


 ピキリと差しのべたはずの手が硬直する。この瞬間、私がもっとも意識を()いた相手はオルカだった。


 オルカは私に宝物ができることを嫌う。それがただの『道具』だったとしても…。全てを所有しなければ気が済まないのだ。それは、前のあの『一件』で十分証明されている。文字通り、思い知らされた…。


 「ぁ…、そう、ね。それは…」




 ゾクリッ……


 背骨が急激に凍った。今、振り返ったら終わる。それだけが私の中で確信付いていた。


 もし彼がオルカのいない時にそれを言っていれば絶対にNOと断っただろう。しかし現在、私にそれを言ったことをオルカが聞いていた時点で結果は変わらないものとなってしまった。


 ここで断っても、彼は間違いなく『処理』される。だけど私が(おおやけ)に「聖女を守った」という名目で保護さえしてしまえば、オルカでもそう簡単には手が出せない。


 だけどそれは、前のあの事件以来の私のトラウマを掘り起こしてしまうきっかけを十分に作ってしまう。あんな想いを経験するのは、一度で十分だ。


 断ろう。この子がこの先どんな未来を辿ったとしても、今ここから私達か交わることはないからと無理矢理自分を納得させて彼の手に触れた。その瞬間…、


 ぼわんっ…




 彼の手の甲に浮かぶ【祝福】の刻印。本当に…、運命とはなんと酷なものなのだろうか。私は怒りを通り越して呆れを感じてしまった。


 【祝福】。それは精霊が送る庇護の証。精霊の存在自体希少で、そんな精霊を自在に操れる『精霊師』は時に国宝とさえ(うた)われていた。


 その【祝福】が同時に二つ。光と、闇。普通相対する属性が同じ人間に祝福を施すことはまずない。そもそも祝福を重複して受けること自体異例なのだ。


 誰の仕業かなんて、すぐに見当がついた。こんな精霊に関する権限を持つのは、『()()』しかいない。彼らは退屈を嫌うから、これもそのお遊びの延長だろう。


 だけどこれで本格的に私は断れなくなってしまった。既にこの変化に感付いているオルカは彼を殺さず手の内に引き込もうとするだろう。それほど希少で価値のある人間になったのだから。


 そしたらどうか。オルカの派閥だけがその強さを増すだろう。いつかこの子が、私を殺す日が来るのかもしれない。何の感情もない瞳で、私を映さないその瞳で、殺すかもしれない。


 それならまだ、私を残して死んでほしい。自分がどれ程卑劣なことを言っているか、分かっているのにその思いは変わらない。


 「…分かったわ。一緒に聖都まで行きましょう」

 素直に頷いた彼の手を引いて、去り際にオルカと目があった。


 私達の間に言葉はいらない。オルカは嗤う。感情の読み取れないその表情だけで、私の恐怖を煽る。結局言葉にしてもこんなものだ…。




 …ガタン、ッゴトン……


 「気分は悪くないかしら」

 「はい。せいじょ様のしんりょくのおかげです」

 私だけ少し気まずい思いで同じ馬車で時間を過ごす。もうすっかり日は暮れて外の景色も見たところで変わらない。


 「聖都に着くまで寝ているから、貴方も好きにしていいわ」

 「わかりました」

 今日一日で感情の起伏(きふく)が大きかったのか疲労が凄い。どうせ手につける仕事も此処にはないのだし、この気まずい空間でこれ以上無言なのもキツイ。


 相変わらずガタガタと揺れる馬車には慣れない中…、私はゆっくりと意識を手放した。



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