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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第一章 悪役聖女の今際(いまわ)
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【原作】が消えた日

 大陸史上最も名高い帝国の建国祭は、アルティナ教の本拠地聖都ジャンヌにも活気湧くほど影響力を持っている。


 私は早朝から祭服に着替え、身を整える。この時期には毎年『聖女』として徴集が行われる。世界有数の権力者達が集い、世界情勢の方針やらを決めていく期間というわけでもある。


 『転移魔法』なんて代物を有するのは世界で見ても片手で数えらほどしかおらず、そのため私はこんな当日になってゆっくりと準備しているわけでもある。


 十歳から教皇閣下の代理として出席し、最初は見定める不快な視線の嵐だったがその価値は数年もすれば示せたのだろう。今では友好的な関係を維持している。


 問題があるとすれば帝国の代表者にあるが、そこは仕方ないと腹を括っている。それに今回の主役はこんな首脳会議などではない。


 今日、【原作】が始動するのだ。ゲームの物語(ストーリー)ではヒロインの義兄、第一皇子イアニスが彼女を見つける。


 ヒロインは建国祭最終日である十五歳の誕生日に貴族の愛妾として売られる予定であったことを後の粛清で露見され、執着深い攻略対象達が血の雨を降らせたのだ。


 この最初の出会いはイアニスが首脳会議を他の人間に任せ遊び歩いていた建国最初日の夜。


 路地の花売りから花を買おうとしヒロインが焦った拍子に(つまづ)き被っていたボロいフードが外れ、亡き皇妃の面影に瓜二つであったことから疑いをもったイアニスが皇城に連れ帰るのだ。


 ようやく、待ちに待った【原作】の第一歩が始まる。だというのに一抹の不安は全て、この男にある。


 「お久し振りですね。御体に障りはございませんか、聖女様」

 「…はい。ご息災で何よりです。イアニス殿下」


 転移直後に待ち構えたように話し掛けた相手は何故かいるはずのないイアニス・フォン・ラグナロク第一皇子殿下。


 今年こそはと思ったが、やはり去年と何ら変わりなかったようだ。失望混じりの溜め息を吐くのをぐっとこらえ、愛想よく当たり障りのない会話を紡ぐ。


 皇族、しかも第一皇子であるならば【皇族の儀】を六歳の時点で受けるのが通常だが、彼は皇帝カフスが十歳の時に養子に迎え入れた皇族であるため初めて顔を会わせたのはこの首脳会議だった。


 だというのに彼はまるで私を昔からよく知るような口振りで何処かオルカやラクロスと類似(るいじ)する部分が多くあまり関わりたくない人物でもあった。


 「座席(ざせき)に御案内しますよ」


 四歳も年の離れた大人からのエスコート、それも次期皇帝と謳われるイアニスからのお誘いは帝国貴族令嬢共通の憧れであろうが、端から断れない状況を作った上での申し込みなのだから気分が悪い。今日は思い通りに【原作】が進まない不安からの焦燥(しょうそう)かただでさえ気が立っているというのに…。


 「えぇ…。ありがとうございます」


 差し出されたその手に触れる面積は最小限に、指定された座席へと座る。毎度のことながらイアニスは帝国代表の特権を使ってわざわざ私の隣の席を確保している。本当に蛇のような男だ。


 今日も幾つかの議論を元に神殿が請け負う仕事を決め、正午を少し過ぎてからランチの休憩をとった。この休憩では各々が自室でとる場合もあれば、同盟国や商売国同士で更に話を進めるために会食を挟む場合もある。


 神殿の場合基本的に中立を語っているので一人で食事を摂るのだが、帝国の皇族に誘われては断る術を持たない。


 カチャ、…カチャ……


 「お気に召しましたか、聖女様」

 「はい。とても素晴らしい品々ですね」


 御世辞も程ほどに、美味しいのは事実だが彼と食べる空間だけでそこまで味は感じないのだ。孤児だった頃じゃ有り得ない程豪華絢爛な食卓も、その対価を知れば遜色ない。


 マナーに気をつけて、ただ『聖女』らしく綺麗に食べることだけを意識する食事なんて素直に美味しいと感じられるわけがない。


 「殿下は、折角の建国祭なのですから首都でお遊びにならないのですか?」


 食事の会話の中でそれとなく話題を振ってみる。イアニスは食事の手をピクリと止めたが、その返事は期待たものではなかった。


 「それはデートのお誘いですか?」

 「いえ。お忙しい殿下の休息にと思っただけです」


 馬鹿げた思考回路に一瞬にして後悔するのと同時に、愛想笑いを浮かべる。


 「それはそれは…。優しいお心遣いに感謝します」


 最初から分かっていた口振りも気に食わない。まるで人を食ったような笑みに私を映すその瞳が気に入らない。


 「与えられた仕事を放棄して遊びに行くことなどできませんし、何より聖女様と共に過ごす時間以上の価値はありませんから」

 「…それは嬉しい限りですね」


 ちゃんと笑わなきゃいけないのに、口角だけ上がってしまって不自然にしか顔が作れない。怒りで食器を握る手が微かに震え、今にも折ってしまいたい衝動に駆られる。


 この男が街に出ないことには、ヒロインに出会わないことには【原作】は始まらない。【原作】が始まらない限り、私の地獄も終わらない。


 私が一体どれだけ今日という日を待ち焦がれたか、知らない癖に…。私がどれだけ、乞い願ったことか知らないクセに…。


 食事が終わり再び会議が始まる。会議中もずっと集中できずに、何度かイアニスに指摘されたがその度に私の怒りの火には油が注がれていった。


 理不尽だとは心の隅で理解できていても、例えこの世界が小説の中だからといって今現在を生きている彼の行動を私が批難していいわけではないと解っていても、早く死にたいと願う私が拒絶しているだけだ。

 

 そして遂に、【原作】の始まる日が消えた。皇城に送り込ませた影からの緊急の報告はない。怒りで自分を止められず、真夜中の私室で一人激情のまま暴れ泣く。


 調度品や家具などが壊れるけたたましい音に使用人が駆けつけるはずなのに、一通り落ち着いた頃にやって来たのは下級神官一人だった。


 彼は何事もなかったかのように私をベッドに送り返し、部屋の後始末を済ませる。こんな手切れの良さは案の定オルカの手の者だろう。


 私は枕を濡らして必死に過呼吸を抑え、また明日の会議に備えて眠りについた。


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