魔性の悪女
建国祭の数日前…。
「社交界で勢力を作るならグラニッツ公爵家の令嬢がいるだろう。あの令嬢は中々役に立つんじゃないか?」
私とおじさんは今後の展望について具体的に話し合っていたとき、社交界の主要人物とも言えるエディスに関連した話題が上がった。
おじさんが社交界のことを知ってるのが珍しいなとか思っていればなんとユディットの調査を横取りした結果と知ったときの呆れっぷりよ。でもおじさんが私の為に助言してくれたこと自体嬉しいからその過程なんて別に何でもいいんだけどね。
ただユディットがガーン!って今にも心臓が止まりそうな程落ち込んだ顔をしてたから後で慰めるのを考えたらやっぱりちょっと面倒くさいかなぁ。
「う〜ん…、エディス公爵令嬢はいいや」
「何故だ? お前にとって一番手っ取り早い標的だろう」
「だってあの子はエルネの支持に根強いからさ。たぶん私がけしかけても乗ってこないし、何なら敵対関係でいたほうが都合いい気がするから」
乙女ゲームを本気で遂行する気でいるなら当然エルネが皇帝となるエンディングまで持っていくだろう。そうしたら勿論私は邪魔者なわけで? そんな私をエディスがエルネを裏切ってまで協力? 無理無理。そんなの無理ゲー過ぎるってば。
「それにあの子はさぁ、単純に駒としては強すぎるんだよね。折角勢力バランスを取り合いたいのに今エルネから彼女を奪ったら一気に崩れちゃうじゃん。扱い用によっては使えるんだけどデバフ多すぎて好きじゃない」
見慣れないであろう単語に?してるおじさんの様子はなんとも可愛らしかったけど実際そうなのだ。
私が社交場で作り上げたいのは独裁的な一大勢力ではなく、より多い犠牲が伴う拮抗した勢力関係図。そうすることでよりイアニスの注意を分散できるし私も敵の駒を使って戦いやすくなる。
何事も独裁は良くないのだ。そもそもそんなに社交に時間を割ける訳でもないのだから適度に介入するぐらいが丁度いい。下手に欲をかくと自滅するというのは歴史の定番だからね。
まぁぶっちゃけ誰か味方にして陛下の関心を少しでも掠め取られたくないっていうのが意外と本心だったりして…。恥ずかしいから絶対言わないけど。
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この騒ぎを聞きつけてゴシップ好きの貴族達が続々と話題の元へと集まる中、等のエディス達は何処か緊張した面持ちで帝国の太陽に向けて礼を取った。
『帝国の偉大なる太陽、皇帝陛下に祝福があらんことを』
「…大公と皇女が、一体何の騒ぎだ」
大公と公爵令嬢に続き皆が頭を下げる中、私一人はずっと立ったままでいる。本来であれば皇族であろうと皇帝にはお辞儀しなきゃいけないんだけど、これも一応設定だから…。
「陛下〜…、私、怖かった」
途端におじさんに抱きついて腕の裾を引っ張った私を、周囲は信じられないようなものを見るかのような目をする。そりゃあの噂の第一皇女ですらしなかったことだもん。だけど私はアレより強烈な存在感を残す必要があるのだ。
わざとらしくおじさんに寄りつき涙の演技を見せる私に無表情ながらもピクピクと口の端を動かし今にも笑いそうになるのを耐えるおじさん。
私だってキャラじゃないけどたまには悪ノリも面白いからいいじゃん!
おじさんにぶすくれてるのを丁度エディス達に向けているように見せれば、後は完璧な悪役の完成だ。
「…ふむ。うちの皇女が涙を見せるとは、何があったかと聞いてるんだが? 大公」
私が働いた無礼を咎めもせず、泣いていることに糾弾するおじさんに大公だけでなく普段の皇帝を知る者は絶句する。少なくともおじさんならば一人の意見だけで事態を決める人間じゃないはずだ。というかそもそもこんな些事に目を向けないんだろうけど。
「申し訳ございません。皇女様に進言をしようとした所少々不敬な物言いになってしまいました」
「少々《不敬》物言い? それは何とも気になるな。ただ大公の言うそれは、貴族が皇族を泣かせるまでのものか? なぁ、聞かれた問いに答えないのはとても失礼なことではないのか? 大公」
後ろにいても分かるほどおじさんは殺伐とした圧を発している。
あれぇ〜?? もしかしたらこれけちょっとガチめじゃない? ちょぉっとこれはミシェル君が可愛そうな気もするけど、うん。しゃーなし!
だってあっちもミシェル君っていう権力者出してきたし? エディスには可哀想な気もするけどどうせ社交界なんて権力の殴り合いなんだから強いカード切らないとね? まぁ私の場合ほぼチートなんだけど…。
あぁー、こうして見れば私ちゃんと悪役かも。
まさに虎の威を狩る狐のごとき所業。喧嘩を売った身で皇帝召喚は容赦ないっすわ。うん。
「…ッ申し訳、ございませんでした」
「大公には謝罪するべき相手の区別すらつかないのか? つくづく使えない脳だな」
「ふふっ、陛下ってば大公を虐めて可哀想じゃないですか。それにほら、公爵令嬢も怯えちゃってます」
陛下が大公に向けて放った威圧はその近くにいたエディスにも影響を及ぼしたのか青白い顔で大公に寄り添っている。むしろそれだけで済んでるのが不思議なぐらいだ。前の襲撃事件で耐性でも付いたのかな?
それにしてもいつも無気力でイェルナ皇妃が亡くなって以来そのなりを潜めていたせいか十数年ぶりとも言える皇帝の覇気に他の貴族達の顔色も悪い。
即位した当初の噂や大陸統一中の英雄伝なんかは市井にも伝わるほど有名だけどやっぱり少し月日を重ねるだけで忘れるのが人間だからね。
彼らはきっと皇帝が最愛を亡くし年を取って弱ったとでも思ったのだろうか。今が皇室の弱体化を図る好機だとでも思っていたのなら、とんだ思い違いも甚だしい。
むしろその牙をより鋭く尖らせ至高の玉座から滑稽な羽虫どもを今なお見下ろしている。所詮彼らは陛下の気分次第でいとも簡単に摘み消える儚い連中だ。
「ね? 弱い者いじめはダメですよ。陛下はお強いんですから、少しは下の者に合わせてあげないと…」
くすっ…と頬を緩めて嗤えばエディスから完全な敵意が返ってきた。うん、中々に良い仕上がりみたいだ。本来の目的も達成したことだしこのぐらいで撤収していだろう。
「…そうだな。この者達と話をしたところで所詮無駄だろう。行くぞ、アルティナ」
「は〜い。陛下」
そうして鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした貴族達を横目に、私達は席へと戻った。本来は継承位の高い順から皇帝の隣になるけど私には特別におじさんの席の横が用意されている。
「随分気合の入った演技じゃなかった? おじさん」
「お前は遊び過ぎだ。無茶はしないと約束しただろう」
えぇ〜…、ちゃんと事前におじさんから許可も取ってたしそんなに台本とズレてないんだけど。やっぱりおじさんってば少し過保護過ぎる節があるよね。
「それと…、」
おじさんが何か言う前に突然私の手を取って最初のエスコートをするような体勢に持ち変える。一体どうしたのかとからかおうとしたとき、おじさんの少し伏せた目がそれを止めた。
「意地を張るな。まだ治っていないんだろう」
おじさんが目線を落とした先には自分でも無意識な内に震えていた手。流石にアレだけの人数に囲まれた上にトラウマを刺激するような体躯のいい男からの威圧が決め手になったのだろうか。
誰が見ても惨めで可哀想なほどに、私の身体は怯えに泣いていた。
「ごめんね、おじさん。迷惑掛けちゃって…」
おじさんが私の手を取った理由はこの手を隠すためだろう。おじさんは底抜けなお人好しだから誰よりも早く私の変化に気づいて私の手を隠してくれた。その優しさが痛いくらい胸に響いている。
「…今日の目的は終わったか?」
「まぁ大体は…」
「それじゃあ落ち着くまでユス・ラグナスを傍においてじっとしていろ。お前は目を離すとすぐに無茶をするからな」
「はぁーい…」
もっと暴れようと思ってたのに予想外なところでストップを食らいむすくれながら言いつけどおり席に戻ってユス卿と一緒にいる。
まるで外で楽しいことがあるのに一人でお留守番をさせられた子どもみたいだ。
でもまぁいっか。此処からだと会場全体の様子がよく分かる。たとえば派閥の関係性だったり、此方に向かう視線の数々も…。
「初めまして。第二皇女のエルネ・フォン・ラグナスと申し上げます」
折角役になりきって冷ややかな目で貴族達を見下ろしていたというのに今度はまた別の招かれざる客の登場である。
一瞬気分は降下したけど考えてみればわざわざ餌の方から狩り場にやって来てくれたのだ。これは応えてやらないというものが失礼というもの。私は早速表情を取り繕って綺麗な微笑みを返す。
さて…、この純粋無垢培養のウサギをどう調理してあげようかしら?