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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第一章 悪役聖女の今際(いまわ)
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ご褒美

 宗教とはときに絶大な力を持つ。『神』という名の元に絶対的な正義を掲げた人間が集えば、繰り返されるのは虐殺である。それは歴史的にも証明され、宗教同士の対立は長年に渡って続くのがどの世界だも共通認識だった。


 それでも【アルティナ教】は別格だ。唯一世界連盟に公認された正真正銘の国教。そのため信者の数も他教徒と比べるまでもなく、誰もが生まれた瞬間にアルティナ教徒として神殿に祝福を受けに来る。


 『聖女』はその象徴であり、『聖女』の言葉、祝福は最も尊いものである。それ故に一国の主ですら謁見に何年と待たされることだってあるのだ。


 食事だって魚肉類は滅多に取ってはならない。基本野菜と果物のみの為肉付きが悪いのが最近の悩みでもある。


 これによってさらに神々しさを見いだす人間もいるが、私だって一人間としての欲求はあるのだ。毎時間空腹の状態が続くのだからそれだけで精神的なストレスが募る。


 それに気づいた人間は一人。皮肉なことにオルカただ一人である。ある程度欲求を発散させた後、オルカは甲斐甲斐しく私のお世話をした。こっそりと持ってきた食事を私の口に運ぶ。


 最初こそ嫌がっていてもそれが続けば諦めもつくというもの。今ではすっかりされるがままにしている。それに自分で食べるよりはずっと楽だ。一つ文句があるとすれば楽な以上に食欲が減るということだろう。


 でも今はオルカが国境戦に向かってしまい、またしても空腹状態に悩まされている。一度経験してしまった満腹感は中々抜けられず、今日も今日とてベッドの中で空腹にもだえていた。


 くぅぅう…っうぅ

 お腹の音が布団の中に(こも)る。お腹を押さえてなんとか気を紛らわそうとするけどより目が鮮明になるばかり。一旦水を飲もうとベッドを降りたとき、丁度彼はやって来た。


 「やっほー、シルちゃん」

 窓から上がり込んだラクロスを無視してコップに水を注ぐ。一口口に含み喉の乾きは治まったが、それだけで空腹はなくならない。


 「また無視? もぅ酷いなぁ」

 左腕をソファにかけ一切心のこもってない溜め息を吐いたラクロス。軽薄に笑いながらその瞳は私を映して離さない。


 彼の視界に映っている、というだけでどうしてこうも不快に感じるのか。それは彼の存在自体嫌悪しているからに他ならないだろう。


 「要件だけ伝えてください」

 「んー、そんなのないよー。ただ暇だったから来ただけ」

 

 「ならどうぞお帰りを。もう眠りにつきますので、睡眠の邪魔です」

 ゆっくりと飲み干したコップを置き、またベッドに戻る。そんな私の様子にラクロスはつまらないとへそを曲げた。


 「えー…! そんな悲しいこと言わないでよぉ。ねぇってば。俺と遊ぼ?」

 またあの既視感。殺気じゃない、だけどそれとなんら変わらない気持ち悪い気配。そういえば、この男が「ねぇ」という時は大体期限損ねたときだった…。


 きゅぅ…っ

 「ね、遊ぼ?」

 無邪気な顔をしてその右手には私の首がある。ベッドに腰かけたラクロスはまるで虫の足掻あがきを楽しむ子供だ。


 ここで恐怖し、悲鳴を上げるのだって体力を使う。どうせ結果は変わらないのだから、無闇むやみに怖がる必要なんてない。


 「…………」

 じっと視線を合わせると、ラクロスは嬉しそうに瞳を輝かせた。分かってる。私だっていつまでも弱いままじゃいけない。


 搾取されるばかりでは、いつか本当に壊れてしまう。私を『保つ』ために、私を殺すの。


 「ラクロス…」

 「なぁに?」

 私が手を伸ばし彼の頬に当てれば猫のように目を細めその手に全てを委ねるラクロス。


 「私の願いを聞いてくれたら、特別にご褒美をあげます」

 「シルちゃん、最高♪」


 光悦な表情だ頬を赤らめ蕩けた微笑みとなったラクロスを前に、私は一体どんな顔をしているだろうか。


 生きる術を強いられた小さき者の嘆きか。違う。きっと全部諦めて吹っ切れた、空っぽの微笑みだ。


 「俺は何をすれば良い?」

 「教会内部の情報を売っている者と、それに繋がっている人間を報告してください」


 「そしたらシルちゃんは俺に何をくれるの?」

 キラキラと好奇心に満ちた子供の内に秘められるのは、貪欲な人間の底。興味関心で動いているくせに、損得勘定そんとくかんじょうには五月蝿うるさいみたい。


 「…好きなだけあげましょう。貴方が望むだけ差し上げます。だから、私の役に立ってください」


 「うん。わかった」

 素直に首を縦の降ったラクロスに気を良くしたのかすりっと頬を撫でる。


 「いい子ですね…」

 こんな奇行(きこう)、眠気が勝っていたのもあるだろう。それを証明するかのように私はそのまま意識が落ちた。


 翌朝に目を覚ませばラクロスは姿を消しており、微弱びじゃくな記憶がある私は全てが夢であることを願ったが、その日の夜に満面の笑みで現れたラクロスを見てその願いは(むな)しく消え去った。



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