噂の種(悪役令嬢視点)
・ 【悪役令嬢視点】です。
日の出も出る前、朝早くから帝国中の街灯という街灯が一斉に灯る。
その明かりが今まで闇に姿をくらませていた屋台や商店などを照らし出しその光景は壮観なものでもあった。遂に毎年最大規模とされる帝国建国祭が幕を開けたのだ。
帝国民達は皆年に一度のこの日を心待ちにしていた。
その為仕事などは忘れ昼間から酒を浴びるように飲む者や露店で子ども達のはしゃぐような声が鳴り止まぬことはない。
商人達はここぞとばかりに看板商品を表に出しゲームの景品として様々な催しの盛り上げ役として株を上げ、系列商店の売上を伸ばすなど各々が最大限に楽しむ行動を行っていた。
そして民達の娯楽の一つと言って過言でないのが様々な異国からの使節団の行進だ。
帝国の凱旋門をくぐり登場する使節団は毎年その国の威信をかけてド派手に行われるため去年は数百の踊り子とともに像に乗って金貨をバラ撒いた大国なども存在した。
しかしこの時ばかりは金貨の争奪戦で怪我人が続出した為これ以来禁止されたので今年はないだろう。それでも毎年面白さを更新する各国の行進に注目が集まるのはさも当然のことであった。
「ねぇ、お母さん。今年はどんな人達が来るのかな?」
「そうねぇ。去年みたいに妖精さん達がお菓子をくれたりお花が沢山空に舞ったりするんじゃないかしら。それになんたって今年はあの孤島の東の国からの使節団の方も出席するみたいでもしかしたらもっと凄いものを見られるかもしれないわね」
「そうなの?! ルミアナ絶対見たい!」
微笑ましい親子の会話がなされる中、壮大なラッパの音とともに遂に凱旋門から最初の使節団が登場する。例年の参加国であるが今年もその順番に恥じない自国の特色を取り入れたパフォーマンスに国民はみな目を奪われる。
おおよそ一つの使節団に掛かる時間は二十分程でその列が途切れることは太陽が少し傾くまでない話だ。だから帝国民は屋台巡りや昼間からの酒を豪快に楽しみその片手間で子供を連れてこの一大イベントを見に来るというのが通例であった。
「おいおい、また昼間から酒かぁ?」
「いいだろぉ、別にぃ。んなこと言ってお前ももうベロベロじゃねぇか」
「んがははッ! 建国祭にビールがなきゃ祭りの意味がねぇじゃねぇか!」
ガヤガヤと混雑する店内で男ざかりな者達が競い合うようにビールを頼み無尽蔵とも思えるその腹に飲み干していく。
その注文を受け取る店主の娘も目まぐるしい忙しさの中で終始輝くような笑顔が見られることからおそらく金勘定のことでも目を光らせているのだろう。
年中仕事で忙しく邁進していた者も今日この時ばかりは束の間の休息を大切な家族や同僚と過ごす。
少し見上げた先の皇城で起こる陰謀など知ったことかと言わんばかりに、すっかり日が暮れた今でもてんやわんやと騒ぎ心から楽しんでいるのだ。
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『突然養女だなんて、エディス皇女殿下の件が去年あったばかりですのに…』
『最近の皇帝陛下は突飛な行動が多く一体何を考えていらっしゃるのか』
『いかもその養女に迎えた者は平民の出だそうで噂では既にお腹が大きくなっていただとか』
『まぁ、なんてこと…』
耳を立てずとも聞こえてくる貴族達の噂話はおおよそゴシップ半分利益半分といったものなのだろう。
ある者はただ皇室のスキャンダルを誇張したいだけで、ある者は自身の派閥に有利になるよう要らぬ方向へと真実を捻じ曲げる。
パーティー早々に嫌な気分になったとウェイターからワインを受け取り少しだけ口に含む。流石皇室で開催されるものだけにこの会場の雰囲気には似合わないほど芳醇な香りを放っていた。
何故このようなことになってしまったのか。彼らがわざと私に聞こえる程度に話すゴシップに霹靂として私はつい数ヶ月前のことを思い出していた…。
つい数ヶ月前までの社交界はある一色の噂でどこもひきめしあった。
その噂というのも全て新しく皇籍に加えられた第三皇女のことであり、いつどこで皇帝の目にかかったのかやら大抵が出身に対して蔑みを含んだ嘲笑的なものだった。
その情報を公爵家に代々仕える影、【白銘】からいち早く入手したときにはどれ程動揺したことか。そのとき傍にミシェルがいなければ私は突発的な行動を起こしていたかもしれないと、過去の自分の心情が今でも強く記憶に残っている。
乙女ゲーム【アルティナの真珠】においてヒロインの次に皇籍に加わったキャラクターなどどこにも存在しなかった。どのルートを辿っても、絶対に存在するはずがないのだ。
何故なら乙女ゲームの都合上第一皇女は最終局面において必然的に廃嫡され、ゲーム上の第一皇子ウィルスは主人公の資質を認めどのルートにおいても自らが臣下に下る。その為このゲームの趣旨は恋愛を布石とした皇帝となるまでの育成ゲームの要素もあるのだ。
そして皇帝はかつて愛した妻の忘れ形見、つまりエルネを除いて一切の女性との関わりを絶っていたと公式が答えている。これはエルネの他に皇位継承者となるキャラクターを省くため。プレイヤーは当然そのように解釈するだろう。
しかしイアニス・フォン・ラグナロクという前提がある以上、絶対にないこととも言えないのが難しいところだ。既に実在している人物であると私が実際に確認した限り、第三皇女というのもある意味嘘ではない。
皇帝が溺愛しているという噂がある以上事実その第三皇女がヒロインでないかとも仮説できるがそれもない。エルネの名前や等身大のイラストは既に公表済みだし条件的にエルネがヒロインであることは間違いないないのだ。
では逆説的に第三皇女とは一体どんな人間なのだろうか。
突如として皇帝が自ら連れ帰りあの奥の間に二人消えていった。その様子を目撃したメイド達が瞬きする間に様々な憶測を広め、遂には新たな皇妃の誕生かとさえ囁かれた。
私達も白銘を使ってあらゆる諜報を試みたけれど、帰ってきた白銘は一人もおらず諜報を打ち切った。そのときのお父様の暗雲とした表情は忘れられない。帰ってこなかった百銘の中にはそれこそ何十年と仕えてきた身内同然の存在もいたのだ。
私も顔見知りのメイドが幾人かパッタリと顔を見せなくなったことで彼女達が影で百銘として活動していたことを知って、屋敷内は自然と暗い雰囲気に押し潰された。
勿論この世界が幾ら乙女ゲームの世界と言っても情報は命に関わる重要な生命線だ。それを盗む諜報員を生かして帰す程甘くては話にならないことも統治論を学んで理解していた。それでも、理解することと納得することはまた感情が別なのだろう。
建国祭に近づくに連れ日に日に大きくなっていく第三皇女への関心はついぞ帝国内だけでなく同盟国や交流国などの間でも話題になった。
そして最初の第三皇女の出現から数カ月。遂に建国パーティーにおいて初めてその顔を見せることが帝国中に広められた。この大々的な宣伝は貴族だけでなく帝国民全てを巻き込み壮大な好奇心を掻き立てたのだ。
果たして第三皇女は皇帝を射止めるほどの傾国の美貌を持つ者なのか、奴隷出身という噂は事実なのか、噂にあった膨らんだお腹の父親は誰なのか。
あまりにも飛躍した噂だけが伝わっていただけに誰もその真実にたどり着くことがないまま風船がはち切れんばかりに憶測だけが膨らんでいった。
そしてそれが今日、この日を持ってようやく数カ月に及ぶ貴族達の好奇心が満たされるのだ。
既に公爵位である私達と大公であるミシェルが会場に着いている以上皇族の入場ももう間もないだろう。だから興奮したような貴族達は根も葉もない噂話をここぞとばかりに囃したて、入場の扉に視線を固定している。
かくいう私も不安と心配半分、怖れ半分に彼らと同じ場所に目線をおいているのだから人のことを言えた口でもない。こういうとき頼りになるミシェルは領主同士の話で席を外しているから甘えることもできないし…。
視線をふと落とすとNameCallmanによってエルネとそのパートナーである第二皇子が入場した。どうやら第一皇子は今年も辺境の任務で建国祭には不参加なようでこれ以上考えることが減って良かったと言うべきかどうなのか。
だけど、此方側にいても感じるエルネに向けられる明確な嘲笑と軽視の視線。
私でさえもこんなに強く感じるというのに、実際にそれを向けられたエルネはどれ程傷つくのだろうか。グッ…とお父様からプレゼントされたばかりのセンスを握りしめ怒りに震えるのを堪える。
あの場に立っているのが皇族と知りながら微かな声でその存在を貶すような陰口を叩く貴族達の顔ぶれだけ把握して今後の取引を一切停止すればいい話だ。
私情を仕事に持ち込むのは誠意ある大人としては駄目なことでも、大切な友達を馬鹿にされて黙ってられるような性格でもない。
彼らのエルネに関する会話は聞くに絶えず、そのほとんどが第三皇女と比較したようなものだった。
エルネのときは勿論皇帝と皇后の唯一の子として注目されたが皇帝の関心がないと分かるやいなやその存在を忘れ去られた。
しかし今回は血縁がなく出身も不明な上に皇帝直々に皇城へ連れてきたという事実がある以上必要以上に関心を集めているのだ。まるで本来のヒロインの立場を乗っ取るかのように。
このままじゃ駄目だ。本当にエルネが主人公という枠から外れてしまう。そうすればゲームの知識で安心していた未来にもヒビが入るかもしれない。
ルルのことも含めて前世のように命の価値が重くないと知った以上、私はより慎重にならなきゃいけない。
あぁ゛…、不安と緊張で張り詰めてしまう。
私(悪役令嬢)を取り巻く環境も本来と大きく変わり、乙女ゲームの展開はほとんど崩れ去った。もしかすると私が、この世界を壊してしまったんじゃないだろうか。私が勝手に滅茶苦茶にしたから…。
何もかも上手く行かない現実につい弱音を吐きかけたそのとき、もう一度NameCallmanの声が会場中に鳴り響いた。今度は貴族達の流暢なお喋りもピタリと止み、誰しもが彼らに視線を奪われる。
そう。それはまさに人間とは逸脱した、あまりに私達とは掛け離れた存在と対峙したような奇妙な錯覚だった。その感情を後に我々はなんと呼ぶのか。その問にはきっとこう答えるだろう。【畏怖】、と。
NameCallman…パーティーや舞踏会などで入場者の名前を呼ぶ執事長。