侍女の悶絶
・ 【ユディット視点】です。
元々の磨かれたセンスと皇帝専任侍女としての経験から織りなす最上級の敬意を示すカーテシー。自分の中では未熟さながらお世辞にも完璧とは程遠いもののこの興奮状態ではむしろよく繕った方だろう。
「どうだ、アルティナ。気に入ったか…?」
陛下の問いに心臓が痛いほど跳ね上がる。
私如きがかの御方に気に入ってくださるなどとは到底考えられないのに、まるで初めて恋をしたかの様に血液が逆流している。
そしてお嬢様からの御声はなく、代わりに陛下が私を制した。
この頭を上げれば、もう一度かの御方の御顔を拝見することができる。たった一瞬でもあの胸の高鳴りようなのだ。もしもう一度御目にできるのなら、それこそ心臓が止まってしまうかもしれない。
髪の長さ、瞳の色、肌の血色、睫毛の量、あらゆる箇所において最も理想たるものを想像していた。自分が今できる塑像の限界を全て描いた。
だけど違う。【本物】はそんな偶像などあっけないほど軽々と飛び越えて、私がどこまでお愚かだったことを知らしめた。
傲慢にも自分が選ぶ側だと無意識のうちの前提を真っ向から覆すほどの美貌と存在感。
言葉を失うとはまさにこのことだろう。
私の想像など足元にも及ばない、本物の【美】。芸術家らが追求する究極的永遠の【美】がそこにはあった。
一切の太陽を拒絶した白肌に、以前東の国から献上されていた絹以上のシルクの髪が一度も切ったことがないのか腰下まで伸びている。
血を凝縮したかのような赫色の瞳が際立って、ふさふさの睫毛が彩っている。その上で此方を警戒し全てを憎悪するような人間らしさがちぐはぐでより魅力を見出していた。
つい最近皇城に上がった第二皇女殿下のように世間知らずでまだまだ未熟さが目につく幼さは感じられず、まるで女神が堕落した地上に堕天したかのような神秘性すら感じる存在感は陛下と似ているようでまた違う。
この御方こそ、私の人生を捧げてお仕えすべき【主】だ。本能が叫んだ。細胞が歓喜した。表情を崩さずにいれた自分を最大に褒めたいぐらいだ。
「お気に召して頂き恐悦至極にございます。この命を賭しまして、生涯お仕えさせていただきます」
忠誠を誓う口上を淀むことなく述べ、今度こそハッキリと主人の瞳に映り込む。するとどこか訝しむような様子を見せたものの下のものを従える上位者の傲慢とも取れる視線はそのままだった。
きっと無意識の内にされているのだろうが、逆らう気どころかこの御方の庇護下につくということが至上の喜びにさえ感じてしむのだから私自身どこか壊れてしまったのね。
それにしても皇族特有の瞳と髪色を持っているわけでもないのに、よく陛下に似ていらっしゃるわ。誰も内側には入れず、たった一人に心を許すところも、独特な雰囲気も。
とにかくお嬢様の了承を得たところで私は正式にお嬢様専属のメイドになることが決まった。
私は皇城へ戻ると後々面倒なので屋敷の一室を借りて住むことになったがお嬢様と同じ屋根の下などと最高のご褒美なので間髪入れず承諾したのは言うまでもない。
そんなこんなで私の薔薇色ライフがスタートした訳だけど、もう毎日が天国よね。お嬢様の為に存在してるってだけでこんなにも満たされるんだもの。
陛下の下にいたときは中々素に戻れる機会もなかったけど此処だと内心全部の口調が砕けて絶対にお嬢様には見せられない顔してるわ。
この喋り方だって前にメイドとして諜報活動していた時に違和感がないよう覚えたものだったけどいまじゃすっかりこっちが素だもの。
組織に「個」としての性質はいらないから見つかったらそれこそ懲罰室行きだけどそこは流石私。使い分けなんてお手の物ってわけよ。
ちなみに数日が経っても事前に言われていた通りお嬢様は言葉を一言も発することはなくずっと部屋の中でお過ごしになっていらしたけど特段意思表示がないわけじゃなかった。
特に陛下のことをよくジェスチャーで質問され私が公務がお忙しいことを告げるとしょぼん…と目に見えて沈んだお姿にぎゅんっ…!!と心臓が撃ち抜かれたわ。
普段は全く表情に変化を見せることのないお嬢様がまるで雨に打たれた子犬のように存在しない獣耳を垂らす姿はもう反則そのもの。あの不意打ちは卑怯よ。
それから色々あって魔法の講師をしたりまたお嬢様にまとわりつく邪悪な虫が入ってきたりで慌ただしくなったお陰かお嬢様の雰囲気も柔らかくなって徐々に言葉を発することも多くなった。
最初の警戒振りが嘘のように消えていったのはきっと私の真心が伝わったからかしら?
ふふっ、お嬢様は悪意に敏感な御方だから最初だって警戒する度に必ず申し訳そうな顔をするのよ。本当に優しい御方だわ。
私はお嬢様と同じような症状を持った人間を何人も見てきたわ。そのどれもが決して自分の意志でそうなったわけじゃなかった。
彼女達が命を断つ度に私はこの世界に失望していったから。こんな不平等を許す世界も、失望するだけで行動しなかった自分にも。
だから私は強くなったし、処女はまだ新入りだったときに有り金全て叩いて当時No.1男娼とされていた男に奪ってもらったのよ。
そのときに手練手管も教授してもらって任務で高い成績を残せるようになったんだから感謝しているわ。
…って、なんの話しだったかしら?
あぁ、そうそう。お嬢様が可愛すぎて最高って話だったわね。
そんな訳でまぁ色々あった訳だけど一番驚いたことはやっぱりお嬢様が懐妊していらした事ね。
もちろん多少動揺はしたけどそれでもお嬢様の意思が最優先なんだから結局思った以上に何も問題はなくて安心したわ。
お嬢様がお腹の御子を産むとお決めになったのならそれが全て。私達は全力でお嬢様のサポートをするだけだもの。
それにしても本当に…、全くなんてお可愛らしい。初めこそお着替えや洗顔等で少しでも接触の気配を見せれば威嚇に引っ掻きも耐えなかったけどその全てが愛らしかった。
そんな調子で数週間過ごしていたものだから少しずつだけど警戒が取れていったのよね。
まるで何だこの人間?と言うような呆れた感じも否めないけど、それでも少し距離を縮めていただけただけで大きな前進だから凄く嬉しかったわ。
ついこの間なんてようやくお嬢様が陛下の手を借りずお一人で浴槽に浸かることが出来たんだもの。感動してどれだけ涙を流したことか。
そして念願の髪の手入れを許可してくださって、長年の夢が叶ったんだもの! あんなに顔が小さくて頭が丸い可愛らしいお嬢様は大陸中探しても絶対にいないわ!
「お嬢様。お加減はいかがですか?」
「…うん。きもちぃ」
あわわわっ! 温かいお風呂で気が緩んだときにしか見られないレアお嬢様だ〜っ!
こうなるといつもの主人口調も抜けてぽやぽやしているから眼福極まりない。当然普段のお嬢様は威厳たっぷりだから大好きだけど! それでもこれは別格なのよ!
「ユディ…、いつもきれぃ」
「………へ、? ぁ、ぉ、お嬢さっ」」
「ユディ…すき。かわいい。あとね…、たたかってるときがかっこいいの」
お湯の湯加減のせいか頬が朱色に染まっている。上目遣いに浴槽にしなだれたシルクの髪。水を含んで透明度の増した肌にちょこっと笑ったご尊顔は軽く狂気です、お嬢様。
照れお嬢様…、照れお嬢様…、照れお嬢様。ハッ! 一瞬に思考が停止していた。何この破壊力っ。本当に同じ人類だろうか。いや、もうこれは「お嬢様」という生命体に等しい。
というか戦ってる時って言うともしかしてあの不届きな侵入者達を始末しているときかしら?
全く何処で情報を嗅ぎつけたのかそれともただ単純に強奪目的なのかは分からないけどよくもお嬢様の眠る屋敷にけしかけようだなんて下衆共が…、っていけないいえない。こんな汚い言葉駄目ね。
それにしても久々に苛ついたからそれこそ限界まで苦しませて血祭りにしたというのにそんな姿が格好いいだなんて…、お嬢様には何処までトキメキを与えてもらえばいいのかしら?
あぁもう、お嬢様最っ高!
だから、だから…。
「お嬢様、抱えますね」
「うん…」
青々とした天気の中お昼寝日和の今日この頃。
目の前で何の躊躇もなくお嬢様を抱え連れ去っていくこの世で最も邪悪な存在。
プルプルと震える手をさっ…と後ろに隠し完璧なポーカーフェイスを作るがそれでもこの怒りは収まらない。よくも、よくも…ッ、
ユス・ラグナス! 私のお嬢様に馴れ馴れしく触るんじゃないわよ!!
ちょっと口調が荒れますがこれが元々の素なので許してあげてください。
あと昔に書いていたものを引っ張りあげたので時系列ぐちゃぐちゃかも知れませんm(_ _)m