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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第五章 新たな生
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不忠の番犬

・ 【ユス卿】視点です。

 聖女様に案内された場所は神殿の構造の中でも見つけにくい密談用の応接間だった。


 仕える神官が配置されずに聖女様自らがドアを開け中に入るよう誘導する辺りよほど重要な案件以外に使われることはない部屋だろう。


 半ば強引に部屋の中へ押し入られる形で続いて対となったソファに腰掛けるよう促される。

 その誘い通りに応じると聖女様も同様に腰を掛け、机の上に置かれた紙で何かをさらさらと書き始めた。


 「では、改めまして。お待ちしておりました。今日はあの件のことに関してのご報告ですね」

 『盗聴されています。筆談でお話しましょう』


 スッ…と見せられた紙、抑揚を持った自然体で会話を続ける様子とは裏腹に聖女様はこの部屋に入って以降にこりともされていない。


 「………」


 書かれた内容に軽く頷くと自分も紙を取り中身のない会話を続けながら筆談に応じる。

 他国間では盗聴は暗黙の了解として知られているがまさかこのような部屋にまで仕掛けられているとした、それはもはや内部の人間の仕業なのだろう。


 『あの部屋で行われていることは、神殿の公然の事実でしょうか?』

 『それについて私からお答えすることは叶いませんが、今回の件につきましてはひとまずお礼を申し上げます』


 聖女様でも口外することのできない事案となればそれはもうこれ以上部外者が口を挟むことはできない。

 しかし何故か消すことのできない違和感が拭えなかったのか、不自然にならない程度に探りを入れてみる。


 『…今後もまたあのような行為が繰り広げられるのですか?』

 『詳しい事情を申し上げられません。ですが私以外の被害者は出しませんので今後同じようなことがあれば知らぬ振りを通してください。貴方にまで危害を及ぼしたくありませんので』


 …「私」以外。

 なるほど。コレか。違和感の正体、最後まで拭いきれなかった疑惑は完璧な形でほどけた。


 聖女様は既にその正体に自分が気づいていると間違って認識していたのか、それともただブラフに引っ掛かってしまっただけなのかは分からない。


 それでも以前お会いした時と比べ随分と生気を失っている様子から、まともな精神状態であるとは言えないだろう。もしかしたら今この瞬間だって夢と混同されている可能性だってある。


 『それは聖女様の本当の意志ですか?』


 そんな考えを確認するべくハッキリと濃く書いた文字を聖女様の手前に並べる。すると初めて、聖女様のペンを持つ手が止まった。

 

 じっ…とどこかくうを見つめ、完全に呆然状態と言ったほうが正しいだろうか。

 しかし少しするとまた何か書き始め、机にスッ…と差し出した。


 『…全て神のご意志でしょう』


 無言は肯定とはよく言ったものだ。

 神の意志などというものが貴方を傷つけていい理由にはならないというのに、それでも本当にそう信じているのならここに貴方の救いは無いんじゃないんだろうか…?


 自分が傷つけられることに慣れてしまったら、声を出さないことを当然と考えてしまったら、貴方はもう二度と光の世界に当たることは出来ないんじゃないだろうか?


 筆談の手も止まり、適当に引き伸びしていた会話も同時に途切れたせいで沈黙がお互いに続く。


 なんて声を掛ければ良いのか、習ったことのない問いに対しての答えは出ずそれでも今自分が一番に思うことだけを紙に綴る。


 『私は聖女様に一抹の害を為す存在が承認されていることが許せません』


 書かれた内容を見た聖女様は何を言うでもなくどうも何か考えあぐねているようだった。疑心か、それとも共感の欠如か何方にせよ自分の行動が理解できないのだろう。


 『…何故ですか? 何故、私に此処までしてくださるのですか? 同情ですか?』

 『…大人が、まだ幼い子どもを守ることに大義が必要ですか?』


 嘘ではない。聖女様が自身にとって何か特殊な存在であることは確かだったが、それを除いても子どもは保護されるべき対象だった。


 スラム街で学んだ子ども達の致死率と脆弱性、少なくとも公平性を保つ上では保護に当たるべき存在である。それもまだ自立が困難である年齢の子どもに限った話では在るが、この状況下においては当然聖女様も該当するだろう。


 自分の応えにまるでうなだれるように顔を下に向けた聖女様は今にも涙を流すのを堪えていた。何か刺さるものがあったのだろうか。もしかしたら、こんな言葉を掛けられる事自体初めてだったのかもしれない。

 

 静かに聖女様のお傍に膝を付き座り寄れば荘厳とした仮面の奥底で確かに、聖女様の涙を見た気がした。

 

 「…っ、゛t…。っぁ゛aa…っぅうう゛ッ‼」

 

 まるでやりようのない怒りをぶつけるかのように自分の懐で声を殺して泣く聖女様に、胸がはち切れそうな痛みを感じた。どれだけ身体に傷を覆うと感じることのなかった痛みが鮮明に心臓を抉る。


 「あぁぁ゛…、ぅう゛…t、úぅう゛…‼!」

 

 呼吸することさえ忘れた聖女様の背中を撫でることが、当時にの自分にできる精一杯だった。それ以上の権限も立場もなくただただ無力感と滲む殺意が空の心を通り過ぎていく。


 聖女様に害を為した人間全てをみなごろしにしてやりたい。四肢という四肢をもぎ千切って臓物を引き摺り出して魔物の罠用の餌にでもすればこの激情も少しは落ち着くだろうか…?


 いや、きっと満足なんてできる訳もない。眼球を抉っても、鼓膜を破いても、性器を断絶したところで余計にこの異様な興奮はさらなる愉悦を求めて増幅するだけだろう。


 そしたらもはや、聖女様の報復とは到底言えない。文字通り自分の欲求だけを満たす獣の行為となってしまう。


 「……n、っ…すぅ…。はぁ…、…」

 「落ち着かれましたか?」

 「…t、はい。みっともない姿を見せてしまってごめんなさい。もぅ、…大丈夫です」


 そうこう考えている内に聖女様が落ち着きを取り戻していく。上がっていた息も一定のリズムへと変わり、声も少し上擦っているが興奮した様子はない。


 「…どうか、今回のことは忘れてください。私も、卿のことを忘れるようにします」


 すく…っと立ち上がった聖女様は顔を逸らしつつも確かな拒絶を現した。まだ震えが残る腕を抑えながら、それ以上に言葉はない。


 そんな自分はと言うと、たった一瞬にして絶望に駆り立てられていた。

 ハッキリ口に出された明確な自分と聖女様を分かつ壁が、決して乗り越えることのできないものだったから…。


 引かれた一線、それは今後自分が決して踏み入ることのできないものとなってしまった。

 

 その先で聖女様がどんな状況に陥っていようと、自分には一切関与することができない。ただ手をこまねいて、沸騰してしまいそうな怒りの中で静止し続けるしかできないのだ。

 他の誰でもない聖女様が、()()を望まれるのだから。


 何故そう望まれるのか、訳など自分では聞くにも値しないだろう。

 そうしていつか必ず後悔すると分かっていながら逆らうことすらできない獣のさがにふと芽生えた人間としての自我が嘲笑う。


 『本当は分かっているんだろう? たとえあの人がなんと言おうと傍にいたいし手に入れたい。お前が抱く感情はそんな酔いしれるような崇高なモノじゃない、低俗な支配欲だ』

 

 そんなことはないと否定しようにもグッ…と言葉に詰まる。

 自分のことをよく知るのは自分自身だとよく言ったものだ。振り返ってみれば、コレは確かに上辺だけ綺麗に取り繕った模造品なのかもしれない。


 『自分の心に素直になれ。お前は平凡な人間達とは違う、数少ない才能の持ち主だ。お前が望めば全てが手に入り、お前を拒む者は誰一人としていない。いつまで弱者の真似事をする気だ? もういい加減認めることだな。お前は決して、【普通】にはなれない』


 ぼやけた輪郭を殴ればそれは忽然と煙だけを残して小さく嗤いながら消えていく。

 聖女様がいなくなった部屋は妙に広く感じられ、取り残された虚しさだけが曇った心に突き刺さる。本当にこれでいいのか、…それを考えられるだけの価値があの時の自分にはなかった。


 そして今は、夢にまで望んだ聖女様の傍で見守っている。  


 今でもあの時の答えは分からない。もし違う選択を選んでいたとしても必ずしも聖女様が救われるような結果になったわけじゃないだろう。


 善行と称される行為が本当の意味で報われていることの方が数少ないこの世の中だ。もしかしたら聖女様にとってさらなる最悪な未来を引き起こしていたかもしれない。


 そんなことになれば、自分の命程度では到底贖いきれない。


 「ユス卿…? どうしたんですか?」


 どうやら過去の回想に軽く意識を飛ばしていたのか、気づけば心配そうに皇女様が顔を近づけていた。


 ハッ…としたのも束の間、すっかり身重となった彼女がそのままよろけそうになるのを止める。

 全く、何歳いくつになっても私の心臓を掻き乱す御方だ。あわわ…とまだ危機感の薄い主人あるじを身体に負担がかからないよう抱きかかえあげる。


 「ユス卿…?!!」

 「失礼します。態勢を崩されると危ないですのでどうかしっかりと掴まっておいてください」

 

 有無を言わさずにそのまま屋敷の中まで歩いていく。最初は戸惑いと恥ずかしさで暫く不満顔だった皇女様も楽なことに気づいたのか次第に大人しくなっていき遂にはお昼寝についてしまわれた。


 そっ…とガラス細工以上に丁寧にベッドに横たわらせるとまだ子ども特有にあどけなさを残した顔立ちがより映えて見えた。


 …貴方との関わりを閉ざした六年という月日は途方もなく長かったことをきっと知らないだろう。

 どれだけ功績を上げようと虚しさしか感じず、常に貴方の安否に恐怖し夜も眠れなかったことをきっと貴方は知らない。


 新たな生命を宿して再会した貴方に何も聞くことができず、背中を擦って慰めることももうできはしない。


 それでもあの日、私を覚えてくださっていたことが嬉しいと思ってしまうのは卑怯だろうか…?


 安らかな吐息が部屋の静寂を満たす。安心して眠りにつく主人の髪を一房、不忠な番犬が口吻を交わした。


 もしアルティナの問いに恋愛的な感情が一欠片でもあれば即刻この仲良しENDは破滅してましたね(笑)。

 なんて言ったってアルティナは自分に異性間の好意を持ち出されるのを何よりも毛嫌いしてますから!


 最初はユス卿ルートを行こう思っていたんですがそういう関係になったら書けなくなると思ってやめました。それにこれは何度も言っているように親子のほのぼのとした関係を描く小説ですからね!ww


 そもそもアルティナがあの聖女だった過去を背負ってまともに恋愛ができると思いません。つまりユス卿が一度でも選択を誤れば過保護なおじさんに首ちょんパです(笑)。生殺し最高!

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