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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第五章 新たな生
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触れたぬくもり

 

 …ぐすっ、…ふ、っ……。ぐすっ…


 夢の中で誰かが一人、ひっそりと声を殺して泣いている。

 病院のベッドの一室で、身体の内から燃え上がるような熱の苦しみと誰も隣にいてくれない孤独の寂しさに、涙を流している…。


 あぁ、これは…、前世の私だ。


 もともと身体の弱かった私はよく病院に搬送されては、かさんでいく治療代に実の両親は辟易としていつしか私を面倒な荷物を見るかのような目で見るようになった。


 そして等々、私を捨てた。

 ある日病院のツケが払いきれなくなって、仕事も不安定だった両親は夜逃げしてしまったのだ。そうして捨てられた子として、私は両親にとっても病院にとっても厄介者となった。


 病院側は私をいつ追い出してよいか決めあぐねて、私は孤児院への預かりに変わった。


 それから多少間は空いて、素敵な里親の人達のもとまで巡り会えて虚弱体質も治り妹もできた。

 少なくとも二十歳で突発性の癌で死ぬ前までは、順風満帆の人生だったと言えるだろう。そこに不満はない。


 だけど、一度両親に捨てられたという過去だけはどうしても変えられなかった。


 義両親達にはなかったけど、周りからはいつも孤児院出身の養子というだけで憐れみの目を向けられたしまだ分別のつかない小学校では同級生からはそのことでからかわれることも多かった。


 その度に悲しくもなったし、やり場のない怒りもあった。


 どうして私を捨てたの? 

 どうして愛することもしないくせに私を産んだの? 

 どうしてあの日の夜、私に何も言わないで置いていったの?


 最期に両親に会った日のことを、私はよく覚えている。

 まるで私に愛情なんてない、使えない物を見るかのような目。一目で分かった。私はこの人達に愛されてはいないんだ。ただ何か、目障りな()()でしかないんだ、と。


 思えば両親はいつもそうだった。私を病院に連れて行くのも、周りの目を気にしてであって私を心配したことなんて一度もなかったから。


 その点、今の義両親の人徳は並々ならぬものだ。

 実の娘である妹と私を分け隔てなく育てくれたし、そんな義両親の元で産まれた妹も何の偏見もなく私を慕ってくれている。


 子どもが欲しいと思ったことはなかった。だけどもし子どもができたときは、彼らのように優しく愛情を込めて大切に育てたいとは思った。


 たとえどんな理由で授かった子だろうと、その理由と子どもは全くの別物だから…。


 幼い頃病院にいたときも、癌で入院したときも、患者はそれぞれ必死に生きている人もいれば、生きる意志を失くした人もいた。

 

 だけど私が特に好きなのは産まれたばかりの赤ちゃん達が大勢いる集中治療室だった。

 ときたまに身体の調子が良い時に通りかかって、お母さんが赤ちゃんを見て泣き微笑んでいるのを見るのが好きだった。


 その部屋に通りかかるときに必ず小児科に繋がる道を歩くけど、そこではその赤ちゃんを少し成長させたかぐらいの子どもたちが身体の至ることろに私と同じ管を繋いで命を繋いでいた。


 彼らは懸命に生きていた。そして私達と同じくらい、皆平等に死んでしまった。

 

 最期の最後まで諦めるなと声を掛け続ける彼らの家族達を見て、それすらも羨ましいと感じてしまった私はズルいだろうか。


 私は、そんな私が大嫌いだったのを覚えている。

 人の死を羨ましいと感じる自分が、嫌いで嫌いで仕方なかったのも。


 命の誕生も消滅も、等しく美しいと思うから、生がより輝くのだと知っているから、そこに愛があると分かっているから…。


 

 …結局は、家族が欲しかった。絶対に私を裏切ることのない【家族】。


 おじさんに惹かれた要因は根本で言えばそれもあるかもしれない。それぐらい、私は愛に飢えていたから。


 血の繋がりなんて最もたる例だ。私は今世でも実の両親からは捨てられた身だから、もう残っているのは子どもしかない。


 でもそんな勝手な理由で産むのも嫌で、自分の中で醜い葛藤もあった。

 折角産むのならちゃんと愛したいし、健康に育って欲しいと思う心はある。


 …そう。私も、恩返ししたいの。私を迷いのない愛情を持って育ててくれた義家族みたいなように、あんな優しい人達のように、私も…


 












 ######


 燦々(さんさん)と煌めく朝日。


 前世とは対象的な眩い日の光に、私は五月蝿さを感じて目を細めた。


 「………まぶし」

 「アルティナ…、目覚めたのか。…良かった」


 ふとおじさんの声の聞こえた方へ顔を向ければこれはまた憔悴しょうすいしきった顔で私の手を強く握るおじさんがいた。

 髭が少し生えたからかどことかしら九年前に出会ったおじさんに似ている。


 …なんというか既視感。これは相当心配させたよね。反省反省。流石にまさか気絶するとは思ってなかったから、ちょっと自分の体力を過信しすぎてたカモ。


 どういうワケか珍しい夢を長い事見てたことだし、おじさんの反応からして気絶していたのは数時間というわけでもないのだろう。


 「心配かけてごめんね。…言い訳に聞こえるかもしれないけどおじさんに迷惑は掛けたくなかったの。それとね、私の話。少しだけ聞いてくれる?」

 「あぁ…。お前に無理がないのなら、幾らでも」

 「うん。あのね…」


 どうせこの際全て話してしまおうと思っていたよりずっと長く喋ってしまったけど、結論で言えば私はもう残り少なく死ぬということだった。


 散々な身体の酷使に加え、無理な回復。それによって引き起こされる細胞の劣化。もはや神力の域を越えた損傷であるが為に、抗う術はないと明瞭に伝えた。


 それをおじさんはずっと黙って聞いていて、私がようやく言い終えたときには何かを言い掛けて止めるなような難しい顔をしていた。


 「おじさん…?」

 「…アルティナ。俺も、お前に言わなければならないことがあるんだ。それを聞いて、俺をどれだけ恨んでもいいし憎んでもいい。だが絶対に、自分を傷つけることはしないと約束してくれるか?」

 「わ、私がおじさんをそんな風に思うことなんて絶対…、っ」

 「分かってる。分かってるから、どうか約束してくれ。でないと俺はお前にこの忌々しい事実を一生言えないんだ」

 「忌々しい事実って、…なにそれ。おじさんは私が知っている他に何か知ってるの⁉」


 今目覚めたばかりの身体を無理に引き起こしておじさんに詰め寄ろうとすれば当然途中で力が緩みそのまま倒れ込む形でおじさんの胸に収まった。


 いつもなら理性的に考えておじさんの前でこんな醜態を晒すこともないのだけど、今回は違う。もしかすれば私の知らない真実があって、それが私達の関係を引き裂くようなものかもしれないから。


 「…ねぇ、教えてよおじさん。何があっても自分を傷つけないって約束するから、ちゃんと守るから、お願い。全部、教えて」

 

 私はおじさんの胸に横向きにもたれかかったまま、小さくおじさんに言い放った。

 おじさんの心音がちょうど聞こえて、さっきより気分は落ち着いている。そんな私の状態を確認したのか、ぐっと一度口を閉ざしておじさんはゆっくりと話し始めた。


 「まず、お前が心配しているようなことはもう起こらない」

 「それって、もうすぐ死ぬってこと?」

 「あぁ。そうなる前に、俺が勝手に治したからな」

 「治したって…、一体どうやって⁉!」


 深く考えていく内に、嫌な想像だけが広がった。神力でも太刀打ちできないことを成し遂げたとしたなら、それ相応の代償は必要だったはずだ。


 そしてそれは勿論、おじさんが対価を支払ったことになる。私なんかの為に、おじさんを巻き込んだなんて…、ッ。


 「アルティナ。一度冷静になってちゃんと聞いてくれ」

 「でも、でも…ッ」

 「俺が禁術を使ってお前の身体を一から治した。そしてその時に、お前の身体に新しい命が宿っていることを知った」

 「…ぁ、新しい命って」


 情報処理が追いつかない。急いでお腹に手を当ててみても、変わらずに薄っぺらいはらがあるだけ。心音も何も聞こえてこない。新しい命なんてありっこない。


 それにだって、もしそんな命があるとしたらそれはきっと…、あの怪物達が宿した…


 「ちがう。ちがうちがうちがうちがう! そんなの絶対っ…‼」


 頭を掻き毟りたいほどの嫌悪が身体を張って、髪を引き千切りたいほどの憎悪が宿った。

 あの怪物達はなおも、私に深い絶望を与える。幾らその手中から離れようと、決して私を離してはくれない。


 どぅして…、どうして私だけこんな目に、ッ⁉


 折角おじさんの傍に帰れたのに、綺麗な私のままでいたかったのに…。これじゃあ全部意味がないじゃない。必死に隠してきたことも、全部…。


 おじさんの目がまともに見れない。私が汚されたと知ったおじさんが、どんな目を向けるのかが怖くて…。


 …こんなのはもう嫌だ。

 前世では温かい家庭を築くのが夢だった。それには当然子どもへの強い願いも持っていた。こんな形で叶えたかったんじゃない。


 何より、私がその子を愛せるかすら分からない。親が子を愛さない。私が一番やりたくなかったこと、どうしてことごとく強制させるのだ。


 私は今すぐ叫び上がりたい気持ちの代わりに静かにおじさんの胸でせせり泣いた。


 私はこの命を捨てきれない。たとえどんな子でも愛すると、既に決めてしまったから。どれだけ憎い相手の子であろうと、その罪は子に何ら関係もないと身を持って知っているから。


 おじさんの言葉も何もかもを閉ざして、ただひたすらに嗚咽を漏らし泣く私をどこまでも優しい手のひらが隠してくれる。


 誰にも泣いたことなんて悟らせないように、私をこれ以上傷つけさせないために、誰よりも優しい手のひらの中で溢れた涙は小さな水たまりを作って痕を残さないようにすぅ…っとシーツに染み込んでいった。



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