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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第五章 新たな生
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不完全で完全


 「…あの日、おじさんに黙って雪山を下りた後沢山のことがあったの。どれもむごくて、人道に背いた筆舌に尽くしがたい生き地獄だった」


 ポツポツ…と話し始めた私を、おじさんはそっ…と手を握って聞いてくれた。その手に勇気づけられてか過去を思い出してか、涙が奥からにじみ出そうになるのを止められなかった。


 「アルティナ教代二十七代聖女シルティナ・エメ・アルフォース。私なの。…私が、【聖女】だったの」

 「…()()()、か?」

 「うん。今聖都がどうなっているか情報がないから分からないけど、魔物大暴走スタンピードの討伐に翻弄している今の聖女は偽物。って言ってももうどっちが本物か分からないけどね」


 何年も前からすり替わっていたのだから、もう私の真似は完璧なのだろう。私以上に完璧ならば、それはもう彼女が本物であることに変わりない。


 「私は予知のようなもので皇帝が聖女を殺すとあったからおじさんに会わないようにしてた。でもおじさんが皇帝と知ったのはあの建国パーティーの日。それまで、おじさんが皇帝なんて想像もしてなかったから…」

 「だからあの日、倒れたのか」

 「…驚いたの。急に目の前が真っ暗になって、どうしていいのか分からなくなった。まるで知らない目でおじさんに見られるのも辛かったし、あの時は気が動転してたから」


 あれから本格的に壊れちゃったんだよね。自分からオルカ達に身体も許してたし、色々考えるより手放した方がずっと楽だったから逃げちゃったや。

 

 「それで色々あって対外的な【聖女】の活動も制限されて地下に囲われてた。その時のことは、あんまり思い出したくない。私も頭がおかしくなってたし、壊れかけてたから…」


 壊れかけてた? ううん。もうとっくに壊れてた。

 だけど最後の最後まで本当のことを言えないのは、私が臆病で卑怯な人間だから。失望されるのが怖くて、自分の保身しか考えてない私が一番嫌う【人間】だから。


 「だけど予知で見た聖女は私じゃなかった。絶対だと思ってた予知は、…間違いだった。だから私は逃げた。もうあの場所にいることが耐えられなかったから。その過程で到底許されないこともしたし、たくさんの人を傷つけて、…此処にいる」


 後悔はしてない。だけど何の理由もなく無差別に人を殺した私が、おじさんの隣に立てる資格なんてないことは分かりきっている。


 私みたいにとっくに汚れた人間が、あるべき美しい人を巻き込んで引き摺り下ろすぐらいなら…。


 沈んでいく私に、おじさんは静かに握っていた手に力を入れた。そっ…とおじさんの顔色を見ようと目線を上げた時、


 「お前さえ無事ならなんでもいい。お前を忘れたことなんて一度もなかった」


 異論も何も許さないと言ったように意志を固くしたおじさんの言葉は臆病な私の心には怖いぐらいによく刺さった。

 

 …最初の約束、覚えてくれてたんだ。「忘れないで」って、そんな身勝手な約束。ずっと繋いでくれた。


 この悠久とも思える時間を、自分と同じくらい想ってくれていた。この人で良かった。私が愛した人がこの人で良かったと、心の底から思う。


 「恨んでいい。恨んでいいんだ。俺はお前の手を、掴んでやれなかった…」

 「…おじさん。もしかしてあの日からずっと、後悔してたの…?」


 私を胸のうちに抱き寄せてカタカタと震える手をするおじさんには、酷い後悔と贖罪が込められていた。あの日、私が勝手に何も言わず出ていったから…。


 「当たり前だ。お前が姿を消してから九年、忘れた日なんてなかった。毎日お前を想って、後悔していた」

 「ごめんなさい。ごめんなさっ…、っふ」


 涙が止まらない。とっくに枯れ果てたと思っていた涙は、嬉しいときに限って何故か流れてくるのだからどうしようもないものだ。

 怯えて泣くことも、痛みで泣くことも慣れたのに、これだけは初めてだから…。


 「私…っ、おじさんを守りたかった。守りたかったから、手を放したのに…ッ」

 「もう過ぎたことだ。そう思い詰めるな」

 「違うのっ、ちがう…。こゎかったの…、私はおじさんを失うことがこわかった」


 何が守るだ。そんな綺麗事で取り繕って、本心を塗り固めて、私は醜さで私を覆っているだけだった。

 

 「もし未来が強制的に訪れて、私を見離すかもしれないおじさんにこれ以上心を許すことが怖かった。おじさんの為だなんて嘘。本当は、ずっと自分の為だった…っ」


 私、全然綺麗な人間なんかじゃない。

 いつも自分のことばかりで、何度大切な人を失っても学ばない駄目な人間だ。…だけどっ、


 「だけど離れても、私の心にはおじさんがいた。どれだけ死にたくなっても…、壊れたくてもッ、おじさんがいたの…」


 何度も、何度も願った。この地獄から助けを求めることが叶えられない願いならばいっそ忘れさせて欲しいと。それほどまでに私の中でおじさんの存在は大きかったから。


 「私は九年、ずっとおじさんのことを想ってた。おじさんが忘れていても、それでも私はずっとおじさんを想ってた」


 そう。偽りだらけの私でも、唯一嘘偽りない本当の気持ち。

 この想いだけは誰にも否定させないししない。大好き。この腐り切った世界で唯一光り輝く私のお日様。


 「だから私…、やっと救われたのよ。あの日、どしゃ降りの雨に打たれて壊れていた私を、おじさんが見つけてくれたの。行く宛も何もなかった私を、世界でたった一人探してくれたの。これ以上に幸せなことって、きっとないわ」


 零れ落ちる涙を尻目に、私は勝ち気に笑った。だって、今の私こそ世界一幸せな人間だもん。


 「そうか。俺はお前の役に、少しでも立てたのか…」

 「少しどころじゃないよ。私の生きる理由は、全部おじさんなんだから」


 ぐりぐりと頭を押し付けると今までの苦しい顔から少しだけおじさんの表情が和らいだ。

 そうだよ。私達は嫌でもお互いを想い合うんだから、苦しいのも全部互いのせいなの。自分の片割れがあんな姿で帰ってきたら、当然自分を責めるのも分かってしまう。


 完全でありながら、不完全と言わざるを得ない私達の関係はきっとこれからも変わることはないだろう。変えようと思わない限り、ずっとこのままだ。


 まだ夜も早いことからもう一度眠るようにおじさんに諭され言われた通りベッドに横になるけど、今度は嫌な夢を見ないようにおじさんが手を握ってくれている。


 う〜ん…、これはこれで勿体なくて眠れない気もするけど。でも眠るまでおじさんとお喋りできるのは嬉しいや。


 「お前を苦しめた奴らの名前は分かるか?」

 「どうして…?」

 「…お前に手を出した罪を償わないと平等じゃないだろう」

 「…ううん。いいよ」

 「アルティナ。お前が直接手を下す必要はない。生きていることを後悔させるまで俺が殺してやる」


 おじさんの言葉にほわほわと心が温かくなるけど、それじゃ駄目だよ。

 私の過去の汚点をおじさんに精算なんてさせたくないし、おじさんが直接手を下すなんて相手が分不相応過ぎる。


 「ううん。違うよ、おじさん。復讐…、って私はそんなこと望んでないわ。だって軽いんだもん」

 「軽い…?」


 うん。復讐は、私にとって一番軽いこと。相手への憎悪や怨嗟を自分の身を賭してすら昇華する、何の生産性もない行為。


 「今まで散々嬲られたけど、その分毎日死んできたの。文字通り、毎日。相手が一人のときはまだいい方で最低でも二回ぐらい」


 私が淡々と言うことも、おじさんにとっては握る手の力が強くなることに気づかない程許しがたいことなんだよね。そんな様子に気づいていながらも私は話を続けていく。 


 「最悪なのは全員揃った時。死んでるのか生きてるのか境界が曖昧なぐらい殺されて、両手で数えられるならまだいい方だった」


 こうやって思い出して笑いながら話せるのも考えれば凄いことだ。

 あれは嫌だったなぁとか、これは痛かったなぁとか、そういうの全部を過去として流してしまえる言わば鋼の心を手に入れたのだから。

 

 「私ね、思うの。復讐って盲目的なぐらいの()だって。その人しか見えなくなって、自分の前途を差し出して乞い願う愛。ね、気持ち悪いでしょ?」


 世間一般では運命的な何かを象徴する言葉としてよく使われるけど、私にとっては泥で塗りたくられたオブジェみたいなものだ。

 触れるのすら躊躇う、理解できないほど薄汚いモノ。


 「私はもうこれ以上誰も愛したくない。傷つけるのも、憎むのも、私にとっては全部【愛】だから」

 「…アルティナ」


 そう悲しい顔しないでよ、おじさん。

 私はもう()()()な子なんかじゃない。あの神殿の深奥でただ泣き嘆いていた無力な人間でもない。


 私が【愛】を嫌うのは逃げたからじゃなくてただ、そう()()しただけだから。


 「でもずっと想像だけはしてるんだよ? もしあの男達が藻掻いて、苦しんで、無様に縋りついて『死にたい』と叫んで嘆く姿を想像して、少しだけ溜飲を下げてる。いい子じゃないけど、おじさんは嫌?」

 「そんなことはない。どんなアルティナであっても大切だ」

 「そっか。良かった、ちょっとだけ怖かったんだ。こんな人間くさい醜さも含めて私だから…」


 ちょっと照れくさくてえへへ…と笑うけどおじさんの蜂蜜みたいに甘い視線が私に眠気をいざなった。


 うぅう…、とにかく言いたいことは眠ってしまわないうちに言わないと…。


 「とにかく、私はできるだけ無感情でいたいの…。あのクズみたいな連中は、私が忌避したり軽蔑するのだって楽しむ異常者だからきっとその方がダメージも大きいはず…」


 おじさんの大きな手が私の目元に覆いかぶさって、それに呼応してゆっくりと瞼を閉じていく。


 「愛されても、好かれても、私はちっとも幸せになれなかった…。だからお願い。優しくして。大事にして。これ以上はなにも望まないから、これだけは守っ、て…」

 

 もっとおじさんと話していたいのに…、穏やかな波に揺られているみたいに心地よさが全身に伝って身を委ねる他ないのだ。


 「あぁ。おやすみ、アルティナ」

 

 うん。おやすみなさい…、おじさん。



 アルティナは人間を殺したことへの罪悪感は全くと言っていいほどありませんが、皇帝に嫌われるような行為であると信じ込んでいるからこそ過去の過ちを後悔しています。

 此処ら辺がシルティナと明らかに違うところですね。

 シルティナは人を殺したことへの善悪から罪の意識を持つ人間であることからアルティナは結構オルカ達寄りの思考だと思います。

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