些細な幸せと変化
桜を連想させる小さな唇にハリのある健康的な肌。出るところは出て引き締めるところはキュッ…とした魅惑のラインにあどけない顔立ちというのがまたポイント高い。
見た目じゃ十代にも見えるけど実年齢は何歳なんだろう? それに入ってきたとき見えたけど身長も女性にしては高い方だし、少し分けてくれたってバチは当たらない気がする。
「どうだ、アルティナ。気に入ったか…?」
気に入ったか気に入らなかったかと言われれば他の人間を差し出されるよりもまだマシなぐらいだけど、とりあえずここは頷いておこう。
たぶん彼女も私が頷くまで顔を上げられないんだろうし…。
私がそっ…と頷くとおじさんが彼女の前で手を振りようやく頭を上げた。正面から見つめるとなおさら形が整って見えるや。
「お気に召して頂き恐悦至極にございます。この命を賭しまして、生涯お仕えさせていただきます」
……ん? あれ? なんか重くない?
これが普通だっけ? 駄目だや、貴族社会に慣れてない元聖職者の思考では追いつけません。それになんだろう、寒気じゃないんだけどゾクリ…と身体が震える。
う〜ん…、瞳かなぁ。 薄い桃色に白銀を眩したような瞳が私を強く射抜いているのが、ちょっとだけ好きなのかも。
あまり変な目でも見てこないし、何より嘘が一つも籠もってない。これが以外に難しいからそれだけで結構好印象なんだよね。
そんな訳であれよあれよと私専属の侍女が出来上がったわけだけどその頃からおじさんが訪れる機会がめっきりと減った。
ユディットにそれとなくジェスチャーで伝えてみるとどうやら業務があまりに滞って回らなくなったらしい。
書類仕事だけならここでも出来るけど謁見とかはまた別だし外交問題もあるから確かに仕方ないことだけど、やっぱりちょっと淋しいな…。
その代わりユディットがいつも私の身の回りにつくことになったんだけど、それはそれで警戒心が抜けないから気苦労するんだよね。
いや、全く敵意がないことは分かってるんだけどどうしても身体が受け付けないっていうかぶっちゃけあんまり信用してない。
竜の卵と違って絶対的な味方っていう保証は何処にもないし生きてきた人間なんだから多少は自我もあるしね。不安症の私にとってはどうも克服が難しいんだな〜、これが。
まぁ課せられた業務はきちんとこなしてくれるみたいだし時々私を見る目が小動物を愛でるような目であることは若干否めないけどそれさえ除けば流石皇城で働いてた完璧な侍女だと思う。
どれだけ私が寝てても口を出さないし(寝顔は鑑賞される)ご飯は頼んだものを持ってきてくれるし(お菓子は決まった量だけ)暇にならないように流行してる本やゲームを持ってきてくれる(一緒に読んでる)。
…うん、滅多にいない優秀な侍女だ。
あ、でも強いて言うならお風呂かな。私はユディットがいなかった間はずっと神術で身体を清潔に保ってたけど、彼女からはお風呂に入ることを進められるのだ。
もちろん神術を使っても表面的な汚れしか洗い流せないことは分かってるしそんなことを続ければ当然髪質も落るし肌もくすんでいく。
侍女として主人の外見を保つことは仕事なんだろうけど、お風呂、…というか水が怖いのだ。
私が今飲んでる水も全部神術で創ったものだし食事は全ておじさんかユディットが一度毒見をしたものに限り食べている。
これはもう一種のトラウマとも言うべきもので、根本から来る拒絶にはどうしようもない。
神殿にいた頃は嫌でもオルカ達に身体を洗わされてたからなー…。どうも自分じゃ入る気になれなかった。
お風呂ってリラックス効果もあるし疲労に効くから前世だと結構好きだったのに、今は溺れる不安とか喉や鼻に水が入って苦しむ不安しかないから嫌だなー。
というか本当あいつ等私の幸せを尽く奪ってくよね。律儀に些細なことでも狙ってくるから気持ち悪いわー。
それに振り回され続けた私が言えることでもないんだけど…。よくもまぁあれだけやられ放題されてたよね。我ながら凄いわ。
お風呂に入らないことおじさんに報告するかなーとも思ったけど案外そういったことはないみたいで、報告してたとしてもおじさんが強制しないだけかもしれないけど特段以前と変わりない日常を送っていた。
それにしてもどうやらこの部屋、というより宮殿には暗殺者が毎日のようにやって来るようになったのはいつ頃だったっけ。
一応用心として張り巡らせてる半径1km圏内の感知結界が毎回示すんだけど、確か此処に来て一週間ぐらい経った後だった気がする。
でもこの部屋を含む宮殿って全部謎の結界で覆われてて侵入不可なんだよね。だからおじさんとユディット以外の気配しか前まで感じなかったわけだし。
それで諦めるかなーとか思ってたらたまにしつこく粘る健気な人間もいる訳でそういう時は限ってユディットが席を外す。
まぁそういうことなんだろうなってある程度予想は付くけど千里眼を模倣して創った魔法がそのまま生中継でダイレクトに現場の状況を伝えてくれた時には久々に血が疼いてしまった。
私って自分でも気づかなかったけど以外と戦闘狂の気質があるかもしれない。まるでゴミ掃除みたいに一切の無駄なく暗殺者を骸に変えていくユディットを見て綺麗だと思ってしまったのだから。
あんな可愛い顔して私がいないときじゃ途端に冷めた表情になるのがまたギャップ萌えというか何と言うか、それに一切躊躇いなく目をナイフで潰したり足の骨折ったりするのも格好良かったし。
うぅ゛〜…n、やっぱりチョロいのかなぁ。
もはやユディットにほだされつつある自分が甘すぎる気もするけど特に嫌う理由もないからこのままでいいかとすら思っている。
つくづくおじさんには頭が上がらないや。私の好みも性格も全部把握しきった上での人選だとすればこれ以上の人材はない。
それも中々に長期間熟成させて育てたみたいだし、どうも私への忠誠心が半端じゃない気がする。
ちょこちょことベッドから下りてユディットの元へ向かうとすんごくキラキラな笑顔で見てくるけどその頭の中で考えていることはきっとろくでもなさそうだからわざわざ知りたいとかは思わない。
「お嬢様? どうされましたか…?」
前に私をなんと呼ぶかで議論が開かれたけど結局お嬢様に落ち着いたんだよなー。
確か候補だとご主人様や主様、皇女様、殿下、アルティナ様、とか色々あったけど本人がガンとして譲らなかった。
どうやらお嬢様にそれはそれは強いこだわりがあるらしいけど、たぶんそれは何か過去の事情があるとかじゃなくて本人の嗜好だと思う。だって凄いご機嫌にお嬢様って呼んでくるんだもん。
ちょっと前世含めたらこの年齢でお嬢様呼びはちょっと抵抗あるけど『聖女様』呼びじゃなければ他は対して変わらないかと妥協したんだよね。
キラキラの視線が流石に鬱陶しくなってさっさと本題に入ろうとクイッ…とユディットの服を引っ張った。これで私の言いたいことは伝わっただろう。ドヤァ
「あ、お菓子ですか? 駄目ですよお嬢様。お菓子は三時のおやつを除いて食後に一日に三食までとお約束したでしょう。陛下とご一緒にお約束されたんですから、嘘は駄目です」
ぐふッ…、心にダメージが届いた。そりゃ約束はしたけどおじさんがいないとストレスが溜まるわけでそれを解消するにはやっぱりお菓子が…、
「ストレスを解消するための暴飲暴食なんて一番健康や美容に悪いんですから駄目なものは駄目です。これもお嬢様を立派に育てるために陛下が直接申し出たことなのですからお守りしないと」
ユディットの分からず屋! おじさんのことを持ち出せば私が何も言えないことを武器にしてこの頑固者!
ふんだ! 今日はおじさんにお願いして夕食の後のお菓子を倍に増やしてもらうんだから! いいもんね!
アルティナは基本的な全て卒なくこなすため関連資料さえあれば自力で魔法を完成させることができます。その例があの千里眼っぽい魔法。
ですがこれは前世の知識も応用したもので攻撃魔法になると関連資料を手に入れる時点で勘付かれるためできませんでした。
因みにアルティナの身長は152cmぐらいでユディットは171cmぐらいです。結構な身長差ですよね。