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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第五章 新たな生
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初めての名付け

 残したシチューはそのままおじさんが平らげテーブルに置かれ、食事を終えた後は和やかな時間になった。


 と言っても私は相変わらず声が出せないからおじさんが一方的に喋るのに反応するだけなんだけど…。


 「体調はもう大丈夫なのか?」


 肯定の意味も込めて力強く頷けばおじさんは「そうか」とだけ言って柔らかく頬を緩める。何だかんだ言って口に出さないだけでおじさん結構私に甘いよね。


 最初に会った頃は滅多に表情を見せない人なのかなとか思ってたけど、今じゃそんなこと全く思わないしむしろ豊かな方なんじゃないかとすら思う。


 「…今までお前の身にあったこと、覚えてるか?」

 

 続いておじさんがした質問に、私はどう答えるべきか判断に迷った。勿論おじさんに嘘や虚言は吐きたくない。だけど覚えてるからと言って、他になにか変わるわけでもない。


 下手にこれからオルカ達と関わりたくはないし、おじさんにも絶対に関わって欲しくない。

 

 『復讐』…、とかは考えてないしそれこそ自滅だとも思う。ようやく離れられたのに、自分から関わりに行こうなんて思えるはずもないし。


 今思えば復讐のジャンルって異世界に多いけど凄いよね。そこまでの気概は私にはないしわざわざ相手に掛かるっていうのも正気とは思えない。


 よくよく考えたらやっぱり異世界転生モノってご都合主義な気もすると思う。

 何故か突然大きな力を手に入れるし、綺麗な女の子がいっぱい寄りするし、爽快に復讐するのだって立場を考えたらそんな簡単じゃない。


 後処理とかもそうだし、遺恨が残らない殺人なんてそうそうないのだから余計無理だ。…って、色々考えてたらなんか本題からズレてたや。


 えっと、何だっけ。今までのことを覚えてるか…、だよね。まぁどうせ声は出ないし頷くだけ頷いておこう。詳しいことはあとになってはぐらかしてしまおう。


 そう思って頷いた私に、おじさんはそれ以上追求することもなく話題を変えた。私が色々考えている内に何か察したのだろうか。


 「自分の名前は分かるか…?」


 ビクンっ…!と身体が一瞬固まる。だけど、シルティナという名前は【聖女】以外滅多に存在しない。

 大陸で主教とするアルティナ教の聖女である名前を付ける親はそもそも存在しないしいたとしても別の宗教の人間か私が就任する少し前に名付けたぐらいだ。


 実際に姿形は現さずとも世間一般にまかり通っている噂で私の髪と瞳の色が知れ渡っているというのに、ここでシルティナなんて言えばそれこそ確定演出だろう。

 

 それに今の私は、本当のシルティナじゃない。シルティナの記憶と人格だけ少し残した全くの別物なんだから彼女の名前を名乗ることはあまりしたくなかった。


 私にとってシルティナは、誰よりも勇敢で誇り高く生きた人間の尊い名前だから。あの地獄の記憶の中で唯一称えられる、孤高で気高い名前。


 そんな彼女を偽るには、私はまだまだ薄っぺらい。例え限りある命だと分かっていても、その人生に色濃く自身の生を刻んだ彼女になるにはまだ程遠い私だ。


 私はその問いに答えることを躊躇し、だけどゆっくりと頷いた。それこそこれ以上踏み入れることを禁ずるかのように、小さく…。


 「…名前は言いたくないんだな」

 

 私の意図を察したおじさんの問いにぐっ…と固く頷くと少し考えるような素振りをしたおじさんが口を開く。


 「名前がないとこれから何かにつけて不便だろう。ずっとお前と呼ぶわけにもいかないからな」

 

 最もたるおじさんの言葉に思わずぎゅぅ…っと布団を握る。


 「だから、俺が名前を付けてもいいか?」 

 「……?」

 「勿論仮の名前でいい。本当の名前は自分の胸の内に隠し持っておくといい。それじゃあ、駄目か?」


 ブンブンブンッと勢いよく首を横にふる。おじさんに名前を付けてもらえるなんてこれ以上のことはない。どうせシルティナでない私に名前などないのだから適当に名付けておこうと考えていたものだ。


 「そうだな。お前によく似合う名…」


 おじさんから紡がれるであろう私の名前に期待を馳せ先程までとはまた違う緊張感に身体が包まれる。

 たとえどんな名前であろうと最高の贈り物であるこおとに変わりはないが初めて()がおじさんから貰うプレゼントなのだから心臓が五月蝿いぐらいに飛び跳ねている。

 

 「…お前の紅玉ルビーのような瞳に瓜二つな髪色をした女神がいたな。今でこそ人間をこよなく愛した神と謳われているが、伝来では事実気まぐれで暇つぶし程度に人間を救っていたらしい」


 あれ…? それって確かアルティナ教の主神のことじゃ…、


 「アルティナ・フォン・ラグナロク。この世に一つとない名前だ。…気に入らなかったか?」

 

 おじさんが一生懸命考えてくれた名前だから気に入らないなんてそんなことはない、だけどアルティナなんて名前はおじさんの言った通りこの世に一つとないのもまた事実だった。


 それはアルティナ教が設立し大陸の主教となったその日から暗黙の了解として数百年、下手すれば千幾年と禁じられた名前だ。


 だから言うなれば…、完っ全にアルティナ教に喧嘩を売る名前である。

 無論私が【聖女】でいる間そんな名前を付けたと情報が入ればすぐに対処するだろう。それは信者の暴動からその名の付いた子どもを守るためでもある。


 この世界妙に信仰深いし神と人間を同列に扱うことなど許されない。【聖女】でさえ神の映し身として一国の王並の扱いなのにそれ以上なのだから…、考えるだけで嫌になる。


 ぅう゛〜ん…、おじさんが何も考えず言ったわけでもないだろうし正直アルティナの類まれなる美貌や慈愛の精神なんていう外付けの理由じゃないだけ嬉しい。


 敵対関係にありながらも神殿の情報だけなら最も近しい帝国なのだからアルティナの史実を知っていてもおかしくはないけど、まさか神殿と大いに関わりのある名前とは思っても見なかっただけだ。


 呼ばれる時にシルティナと似てるからあまり違和感がないのは助かるからそこまで嫌なわけでもない。それに滅多に外に出なければいい話だ。

 引き籠もる予定の私からすればあまり考えても関係のないこと…。


 ちょっとだけ悩みもしたけどおじさんから名付けられるのは初めての名前がいい。


 アルティナ・フォン・ラグナロク、ってちゃっかり皇族の姓を入れてるけど養子にでもなるのかな?

 もしおじさんが私を養子にしたいなら、…イアニスのことだけでも伝えなくちゃ駄目だよね。


 私の反応にソワソワしているおじさんに笑って首を縦に振る。

 この先何があろうと、シルティナだった頃に戻ることはないだろう。彼女の記憶を受け入れて幸せに生きることが、アルティナとして歩む次の人生なのだから。


 「良かった。気に入らなければ他の名前を考えようと思ったがそれ以上の名前は難しくてな」

 

 名前は生命の原点と誰かが言っていた。

 それならこうしておじさんが付けてくれた名前は私の原点となり、たとえ自分を見失ったとしてもきっとおじさんのもとへと繋げてくれるはずだ。


 私が残した足跡を辿っていけば必ずおじさんの元へ辿り着く。そんな未来があればいいな…。


 

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