疑惑の答え
「…〜tぅ、a゛……ッ〜〜」
監禁から二ヶ月程経ったある日。休みのない責め苦と意志の消失にシルティナの心は無数のヒビを覆って言葉さえも忘れてしまうほどに弱りきっていた。
その様子に大変満足しながらも完全に壊すまで飽き足りないオルカ達はシルティナがかろうじて保っていた【聖女】の地位すら奪おうと仕上げに移り掛かる。
「シルティナ。久々に外に出掛けようか」
「………??」
ベッドに死体のように横たわる私に触れてはどうもご機嫌な様子で頬を緩めるオルカ。唐突に投げかけられた問いとも呼べぬ決定事項に?だけが頭を飛び交う。
「何か欲しいモンあったらいっぱい買ってあげるよ。シルちゃん」
「鎖も繋がないし指輪を嵌めている限り自由にしてやる。シルティナ」
オルカの言葉を後押しするかのようにわざわざおもむろに針の付いた餌を投げかけるラクロスとイアニス。
でも、いい加減この部屋から出ないと今日が何日すらかも分からないしいつ逃げ出せばいいのかも分からなくなる。日が昇らないこの部屋では時間の概念すら危うい。
それにイアニスの言う通り足首に嵌められている捕虜用の鎖も外したい。右足だけ不自然に重いし筋肉の硬直が激しくてこのままじゃ歩行さえ困難になりそうなのだ。
突然のことに当然警戒はしたものの三人とのデートだということで逆に安心した。絶対に逃走させる気はないのだろうし、何よりこんな状況でイカれた奴らが枠に収まるような提案をする方が気持ち悪い。
当日、何の冗談か外出場所は聖都ジャンヌでありさらにその日は【イドの祭日】ということもあって出店で賑わっていた。
……あれ?
【イドの祭日】? だって、今年はそんなのなくて…。…なんで、ないんだっけ?
思い出そうとしても頭にモヤが掛かったかのように肝心なことを思い出せず、皮肉なことにラクロスに手を握られるとその体温の低さからスー…、と思考が切り離されていった。
無駄な思考は削ぎ落とされ、無事に人形の心を取り戻した私の手を引いて聖都を回る三人。
当然皆素顔を晒せないはずだが堂々と顔を露出させ歩いている。おそらく幻影魔法辺りの効果が備わっているのだろう。
かくいう私は【封印】の聖遺物で自分の魔法も誰の魔法であっても鑑賞を受け付けないので懐かしいお忍び用ローブと仮面を被って歩く。
久しぶりに嗅いだ草木の香り、街のざわめき、人々の明るい声。そしてその全てが、私を怯えさせるには十分な彩りだった。
微かな光さえも拒絶し、音のない部屋で繋がれ飼われた私にとって突然見慣れぬ土地に放り出されたようなものだ。
しかも私を傷つけ快楽を得る奴らと同種族が至るところに街中を闊歩しているとなれば散歩を楽しむどころの話ではなく決して飼い主と逸れないように身体を縮こませる他ない。
人間への恐怖によって飼い主への依存の増した私を心置きなく受け入れる三人は、代わる代わる私の隣を奪い合っては幻影魔法の悪用を重ねては白昼堂々街の中で唇を重ね合わせる。
こんなの茶番だ。お人形の様に好き勝手されるまま、今度は恋人ごっこをするだけ。お互いに恋する熱烈な恋人のお芝居の上で私の些細な意志なんて関係ない。
午前中は至って変わりなく食べ歩きや野外の劇を見て、時間を無駄に潰す。何が目的なのかその欠片も掴めずにずっと甘やかされるだけの彼らにどうも違和感が拭えない。
何か思惑があるのは明らかなのに、その『何か』が分からない。そしてこの肌に吸い付くような寒気が警告するのはこれから起こるであろう悲劇であろう。
それは私のか、それとも別の誰かにとってか…。少なくとも一人たりとも幸せにならないことは分かりきっている。きっとその悲劇の中で嗤うのはこの獣達だけだ。
「シルちゃん。どう? デート、楽しい?」
恋人繋ぎでラクロスに引っ張られ顔との距離を詰められる。どうしてそんなことを聞くのか分からなかったけど、ひとまず適当に笑っておいた。
最近まともに言葉を話していないせいで声を出すのも億劫なのだ。こんな無駄なことに貴重な言葉を消費したくない。
だけどその態度が何やら気に食わなかったのか更に距離を詰められ完全に目と鼻の先にラクロスが近づく。
「ほら、逃げてもいいんだよ? 鎖も繋いでないんだしさぁ」
「…ラクロス」
煽るように、獲物が自ら逃げるよう誘導するラクロスに側で控えていたオルカが殺気を放つ。 今にも剣筋をラクロスの首に当てる勢いの威圧と大差ない牽制だった。
「…逃げて、どうなるの?」
そして二人が僅かに私に意識を離した瞬間、思わず漏れ出たのは純粋な本音。それは皮肉を効かせたのか、はたまた答えを求める問いか。
何方にせよ人形の初めての反抗に飼い主の関心を買ったことには間違いがなかった。ずっと張り付いていた視線に仄暗い嗤いが加わり頬が紅潮している。
矛盾した考え方だ。壊れた私を欲しているくせに、望むのは永遠と自分のモノにはならない姿形。一生交えることのない愛を抱えて生きるだなんて哀れみを越えて同情さえしてしまう…。
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正午を過ぎた頃、人がある一方の方向へと流れ行くの感じる。何処に集まっているのか、その方向に目を向けると見覚えのある風景が映った。
私がいつも【聖女】としての義務を果たしていた場所。だけど随分と、視点が違うだけで見え方も変わる。
あぁ、そうだった…。丁度こんな時間帯に祭壇の儀があったんだ。もう前持った準備なんてしてなかったからそんなことがあったこともすっかり忘れていた。
別に見なくても良かったけど今年は聖女が不在のままどうやって進行するのか、つい気になってしまい人の流れのまま歩いていく。それが彼らの狙いだとは考えることもなく…。
例年通り聖都ジャンヌの人々や各国からの信者が集まり、教皇閣下の登場と共にいよいよ儀式が始まった。最初はいつも通り教皇の話から始まり、去年と何ら変わることなく儀式は進む。
しかし、…私はようやくこの違和感の正体に気づいた。
二ヶ月という長い期間何の音沙汰もない聖女の話題に誰一人とて触れないのだ。そしてその顔からは今日は脅迫や恐喝といった口止めをされた気配もない。
それはなぜか、私はまるで初めてエディスと会ったときのような得体のしれない本能的な警告音がけたたましく鳴り響いた。決して触れてはならない真実に相対したような瞬間に、私は…。
民衆の歓声と共に私とそっくりな格好をした聖女が姿を表した。それは私と同じ声で、同じ口調で、同じ喋り方で私を模倣した。
運命は異分子を省く。それがシステムの原動力として動いている。だから死の運命に逆らったものに二度と安寧は訪れない。
どうして、気づかなかったのだろう。いつの日か知らぬ間に思考の外に追いやってしまっていた事実。私が不在時でも何の滞りも無く進んだ業務。顔はさながら声も、髪色も瞳も秘匿にされ続けた理由…。
その疑問はある答えによってピッタリとパズルが当てはまる。存在したのだ。
いや、正確に言うと既に最初から存在していた。もう一人の、【聖女】が……。
因みに【原作】での正確な日付はありませんがルティナが待ち望んでいた日は地下に監禁中に既に越えてしまっていました。
去年【イドの祭日】を迎えられないと言ったのはその前に自分が死んでいるからであって、その日を知らずの内に越えてしまったという事実を認めたくないシルティナは無意識に理解することを拒絶していたのです。




