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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第一章 悪役聖女の今際(いまわ)
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最上級の隷属

 孤児院の作業場で起こった当然の事故。大規模な爆発だっただけに怪我人や死傷者は当然多数出ると思われたが、『聖女』の誕生により奇跡的に全員が一命を取り留めた。


 だが爆発の地点にいたとされるエナは脳に強い衝撃を受け、下半身不随でまともに話すこともできなくなったという。しかしそれも【聖女誕生】の前では些事にも他ならない。


 教会は【原作】通りに私を『聖女』として迎え入れた。教皇は最初から高圧的な人だった。仕事ができない無能とは対等に話す価値もないと思っている人。 

 

 だからこそ私は安心できた。下手に善意で塗り固められた人が『教皇』という立場に立てるほど世の中甘くないことは身をもって知っていたから。


 私は教皇閣下と複数の取引を行い、ある程度の譲歩を加えた上で正式に『聖女』に任命された。


 私が最も恐れたのはオルカとの遭遇。もう私の存在は大陸全土に伝わったとはいえ、実際に会うのはまた別である。


 またあの琥珀色に悶え苦しむ自分がいとも容易く想像できてしまうことに、末期だと自嘲する。


 一応の保健として取引の内容に『オルカとの接触禁止勅令』を加えたけど、そんなものすぐに効力を失くすだろう。


 重い聖女の装飾具に負荷をかけられた私の小さな肩は、目の前に(そび)え立った絶望の未来に怯えている。


 そしてその日はついにやって来る。『聖女』として初の聖地巡礼の旅が決まり、荷造りを始めていた最終日だった。唐突に聞き慣れた、苦痛の半永久的時間を始める悪魔の声が、私の耳を(かす)める。


 「初めまして、『聖女』様」

 「…っ、ぁ…。ぃ…っ、ゃ」


 背後から聞こえた声に、私は振り替えることすらできず身を縮ませた。耳を塞いで、幻聴だったと自己暗示をかけて理性をギリギリに保つ。


 「聖地巡礼の補佐を務めさせていただきます、オルカ・フィー・アデスタントです」


 【フィー】は上級神官にしか与えられない名前で、【アデスタント】は原作通り神からの名前。一気に醜い穢れが私を襲い、部屋を埋め尽くす。


 過呼吸を起こし涙が止まらなくなった私に歩み寄ったのは他でもないオルカだ。


 「大丈夫ですか、聖女様」

 オルカに触れられたところから穢れが内側に入り込んで私を侵食してしまう感覚に吐きかける。


 「っはぁ…っ、はぁっ…! っ…!」

 「少し失礼致します」


 そう言うとオルカは四つん這いになった私を抱き上げてベッドに運んだ。


 「部屋にいる者は全員下がって下さい」

 何を勝手に命令しているのだろうか。下がらないでと言いたいのに握られたオルカの右手から無言の圧がかけられ口を開くのも億劫だ。


 「ですが教皇閣下からの言いつけが…」

 唯一反論したのは閣下から直々に配属した私専属の女神官。これに助長しようとした矢先、先手を打たれてしまった。


 「まずは聖女様の安静です」

 こんな状況でも笑顔を崩すことなく女神官に有無を言わさぬ命令をして、結果私はこの悪魔と二人部屋に残された。


 「でてって…」

 上半身だけを起こし、まともに顔を見ることもできずうつ向きながら声を捻り出した。


 「一年振りの再会だっていうのに酷いな…。ねぇ、シルティナ」

 私が怖れていることを知っているくせに、何事もないかのように私の髪を結って遊ぶオルカ。


 「またわたしのくびシめたら、きょうこうかっかに言うから」

 「…ふぅん。いつになく強気になったね、シルティナ?」


 髪で遊んでいたオルカの手が、徐々に私の首に近づくのが感触で伝わるのに、身動き一つできない。本当に、『躾け』られた犬のように…。


 「もっ…、やめて…。ぃゃ…っ…! いゃぁ…っ、ぅぅ゛…」


 「本当に泣き虫は変わらないなぁ。ほら、可愛い顔がグシャグシャだ」

 オルカは私と無理やり視線を合わせさせ溢れでる涙を拭われるが、妙に冷たいオルカの手は悪寒を身に纏わせるだけだ。


 「やっ…、やぁ…ッっ…!」

 瞳をキツく閉じて首を横に必死で振る。オルカから逃れようと両腕でオルカの胸を押して抵抗するがビクともしない。


 「シルティナ、我が儘はいけないよ。首を差し出しなさい」

 背筋に氷柱でも射された気分だ。首を差し出すというのは、最大級の隷属を意味すると言っても過言ではない。それを自ら行わせることでオルカはいつも私に躾を行っていた。


 だから、いわば『合言葉』のようなものに似ている。普段は心優しく面倒見のよいオルカが、狂喜的なサディストに変わる兆しの言葉。


 最初は幾らでも逆らっていた。だけどそれが無駄だと気づくのに三日も掛からなかったのは言うまでもない。


 「っぅぅ゛…、ぅうッ…っ。っぁッ…う」

 だから私は今もこうやって…、涙でしゃくりあげながら絶対的強者に自ら首を差し出しているのだ。


 「うん、いい子だ。本当に、丸呑みにしてしまいたいほど愛狂(あいくる)しいよ」


 そう言ってオルカはたおやかに微笑み、私の首に冷たい手をあてぎゅぅう…とまるで抱き締めるかのように、締め付けた。


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