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§1.3. 妬みと呪い

 翌日。朝また志穂と待ち合わせて学校に行く。

 出てきた私をひと目見て、志穂が眉間にしわを寄せる。カツカツと足音を立てながら私に近づいてくると、問い詰めてくる。


「律? どうしたのその怪我」


 ぐっと近づいてきた志穂からシナモンのいい香りがするなぁ、なんてのんきに思っているが、志穂の口調は真剣だ。


「……わかる?」


 あちこち怪我してるけど服の下だし、足の怪我もタイツ履いてるから目立たないと思うんだけどな……

 私が愛想笑いをしてると、志穂の眉間のしわが深くなる。


「わかるわよ。動きが少しぎこちないもの。またなんか無理してきたんでしょ」


 志穂との付き合いは長い。ちゃんと説明したことはないが、志穂はなんとなく私が普通は見えないものが見えてることを察してる。私が時々、よくわからない怪我をしてくることも。


「まぁ……ちょっとね」


 志穂ははぁ、とため息をつく。


「もう……。あんまり心配させないでよ。ほら、カバン持つから、貸して」


「えっ、いいよ、大丈夫」


「大丈夫じゃないでしょ、怪我したとこ庇ってるの、わかるんだから。治るまでは安静にしててよね。ウタさんとカナデさんのリードも、私が持つから」


 志穂は強引に私の手からカバンと姉さんたちのリードを奪い取る。これで私は荷物が無くなって手ぶらだ。

 正直なところ、まだ息する度にズキズキと痛みが走る。カバンを持ってもらうのはめちゃくちゃありがたい。怪我の原因が説明できない以上、医者にもかかりづらいし。一応、応急処置はして痛み止めは飲んできたけど。


 ウタ姉とカナデ姉は志穂の足元にじゃれついてる。付き合いが長いのもあって、姉さんたちも志穂には心を許してる。


「行きましょ」


 志穂は私に負担にならないように気遣いながら歩調をあわせてくれる。気にせずグイグイと先に行こうとするウタ姉のこともちゃんと御してて、流石だ。


 学校に着き、教室に着く。


「おっはよー、りっちゃん、いいんちょ」


 華が元気に抱きついてくる。とはいえ私の肋骨が折れてるのを知ってるから、触れるか触れないかの優しい力加減だ。よかった。いつもみたいにおもいっきり飛びつかれたら痛みで悶絶してたと思うから。

 怪我をしてる私に抱きつく華に眉をひそめつつも、志穂も華に挨拶する。


「おはようございます、華さん」


「おはよー、いいんちょー」


 ゆるふわ低めツインテ、丁寧に作られた控えめのナチュラルメイク。華は昨日とは打って変わって、いつもどおりのバッチリ決まった格好で――


「――え?」


「りっちゃん、どうかした?」


 華を見て固まる私に、私の両肩に手を置いたまま華が首をかしげる。


「なんで……」


 なんで、華にまた呪いが憑いてるの。

 昨日祓ったばかりだというのに、華の背後には暗い紫色の塊のような呪いが憑いている。昨日のものとは別の呪いだ。昨日の呪いがぼんやりと大きな呪いだとしたら、この呪いは小さいけどギュッと濃縮されている。

 昨日の呪いと違って、やたらにでかいわけじゃない。大きさはバスケットボールくらいのサイズに見える。だけどその濃さが尋常じゃない。靄の塊のはずなのに、反対側が見通せないほどに小さな空間にキツく詰まってる。まるで空間に穴が開いてるみたいに、暗くて深い。


「華、体調はどう? 大丈夫?」


「うん! 昨日みたいなひどい気分はもうすっかり抜けたよ」


「体は? どこかが痛いとか、重いとか」


「心配し過ぎだよー」


 華は元気にくるっとその場で回ってみせる。後ろを向いた時に気づいた。


「ちょっとごめん」


 華の襟を捕まえて、ぐいっと引いて後ろから覗き込む。


「きゃっ、ちょっ、何?」


 華のうなじから背中にかけて、うっすらと奇妙な模様が浮かんでいる。暗い紫色で、薄くて分かりづらいけど、二本の腕に見える。それが背中からうなじに向けて背を這って伸びてきている。

 なんとなくだけど、すごく嫌な感じがする。この腕、華の首に向かって手を伸ばしてるんじゃないだろうか。まるで首を絞めようとしているように見える。


 華の襟から手を離して、考え込む。

 普通、同時に二つの呪いを産むことはない。人間、呪いが生まれるほど真剣で重い悩みをいくつも抱えられるようにはできてないからだ。

 昨日の呪いは間違いなく華の悩みから生まれたものだった。ということはこの呪いは多分、別の人から生まれたものだ。別の人間の、「華に対する悪感情」から生まれた呪い。


 華は誰かに呪われている。


「律、どうかした?」


 私の様子が尋常でなかったのか、志穂も怪訝そうに尋ねてくる。


「えっと……なんでもな――くはないけど、上手く説明できない」


「そう。無茶しないでね」


 志穂との付き合いは長い。下手な誤魔化しは効かないけど、こう言えば深く追及はしてはこない。


 今すぐになにかできるわけじゃない。華に直接の害が出てないなら、しばらく様子見をするしかない。

 その後は一日、華の様子を気にしながら過ごした。


 放課後。私は華に話しかける。


「大丈夫、華?」


「今日、めちゃくちゃ心配してくれるね、りっちゃん」


 華は柔らかく笑う。その表情には余裕があるが、そりゃ心配にもなる。だって私には華の後ろに憑いてる、どす黒い紫色の球体みたいなヤバい呪いがずっと見えてるんだから。


「そりゃ、まぁ……昨日の今日だし」


「大丈夫だよー」


 華の首元を見る。やはり奇妙な痣のような模様が浮き出ている。……朝見たよりもこころなしか濃くなっているような気がするし、首に向かって進んできているように見える。気のせいだといいけど、多分違う。


「華、今日は部活?」


「行くよー、昨日休んじゃったし」


「じゃあさ、部活終わるまで教室で待ってるから、一緒に帰ろうよ。駅前にできたパンケーキ屋さん、行きたいんだよね」


「え、いいけどー、結構遅くなるよ? いいの?」


「うん、適当に暇つぶして待ってるから」


「まーりっちゃんがいいなら私はそれで。じゃあ部活行ってくるね」


 華を見送る。志穂は今日はフルートの教室があるから先に帰った。一緒に帰れなくてごめんって謝ったら、別にいいけどちゃんと休みなさいねって釘を刺された。


 華の部活を待ったのは、できればもう少し様子を観察していたいからだ。あの呪いはヤバい。見ればわかる。


 だけど他者からかけられた呪いっていうのは、どうにかするのが難しい。まず第一に、そもそも誰から産まれた呪いなのか特定しないといけない。そうして正体を特定して名付けないと、あのレベルの呪いは祓えないだろう。

 あれほどの暗い感情を他人から向けられる心当たりが、華にあるとは思えない。華に直接尋ねるのは最後の手段だ。できれば呪いの話はしたくない。ただでさえ呪われているのに、呪われてること自体を気に病み始めると、事態を悪化させかねない。


 華を待ってる間、ダメ元でなにか手がかりになるようなものがないか、学校中を見て回った。

 でもやっぱり、何も見つけられなかった。そもそも私は呪いに関しては完全に独学だ。こうしてちょっとややこしい事態になると、すぐ無力であることを痛感する。

 凹んだので教室に戻る前にウタ姉とカナデ姉を撫でに行く。


 カナデ姉は自分からは絡んでくるくせに、私からやたらに撫でると嫌がる。逆にウタ姉はこういう時、おとなしくされるがままになってくれる。表情からしかたないな、と思ってることが伝わってくるが、それに甘えさせてもらう。

 ウタ姉を一通り撫で回して、制服についた毛を払い落としながら教室に戻る。


 すぐに華が部活を終えて戻ってくる。


「おまたせー、りっちゃん」


 すぐに首元を確認する。……気のせいじゃない。やっぱり痣のような模様が喉に向けて徐々に進んできている。

 あまり気は進まないけど……訊くだけ訊いてみるか。


「ねえ華、つかぬことを訊くんだけど、誰かから恨まれるような心当たりってあったりする……?」


「何、急に……」


 華はスン、と急に真顔になる。


「……あるかないかでいえば、あるよ。昨日も言ったけど、私のこのキャラ、結構同性からのウケよくないから。具体的に誰ってほどじゃないけど、私のことよく思ってない人はまぁ、そこそこいるんじゃないかな」


 違う。そういうレベルじゃなくて、もっとはっきりと強く華を目の敵にしてるくらいじゃないと、こんな呪いにはならない。


「なんでそんなこと訊くの? 昨日の今日だからって言っても、今日のりっちゃんやっぱり変だよ。なんか、あるよね?」


 華がじとーっとした目で私を見てくる。これ以上隠しておくとかえってこじれそうだ。おとなしく白状する。


「できれば黙ってたかったんだけどさ、今日になっても華に呪いが憑いてるんだよね……」


「え、でも私……」


 華はペタペタと自分の顔を触る。


「うん、だから、華から産まれた呪いじゃないの。誰か他の人から産まれた呪い。誰か他の人が『華に対して』抱いてる強い負の感情から産まれた呪い」


 私は自分の腕をぎゅっと握りながら華に真実を告げる。

 華はスッと自分の首を手でさする。


「それでかな。なんとなく、息苦しいんだよね。これって、私のことを誰かが殺したいほど憎んでるってこと?」


 私はコクンと頷く。この段階まで大きくなった呪いは、もう周囲の負の感情を片っ端から吸い込んで際限なく大きくなっていく。どうにかして祓わなければ、まちがいなく命に関わる。


「そっかー……。私、誰かにそんなに憎まれてるのか。私に訊いてきたってことは、りっちゃんもそれがだれかはわかってないんだよね?」


 華は背中で指を組みながら、おどけた仕草で私に尋ねてくる。


「うん……ごめん」


「大丈夫! 頼りにしてるからね、りっちゃん!」


 私達は結局そのままパンケーキを食べてから帰った。

 その間呪いを近くでじっくり観察していたけれど、手がかりになりそうなものは見つけられなかった。


 ――ただ一つだけ気になったのは、別れ際に華から、というか呪いから、ふわりとシナモンの匂いが漂ってきたことだった。



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