プロレスラーと賄賂
奇妙な世界へ……………
俺は猪原裕平。今の時代を彩るプロレスラーだ。
俺はリングという名の舞台の上では、『死神の猪原』と呼ばれている。特に俺のハイキックは、『悪夢の鎌』と呼ばれていて、それを食らった途端、相手はひとたまりもなく倒れるのだ。これが死神の猪原と言われる由縁だ。
そして、俺はあるものが嫌いだった。それは賄賂だ。何故なら、たった数十万で勝敗が決まるのが嫌なのだ。それには理由がある。
それは数年前の事。俺の師匠であった、山岡力がよく賄賂を貰っていたからだ。しかも何回も貰い、貰った賄賂の数は尋常じゃない。そして、バチが当たったのか、山岡は、彼のアンチと名乗る男に殺されてしまった。
山岡の葬式に出たときは全然悲しくなかった。というより、葬式に来たのは、山岡の遺族と俺だけだった。
俺は、山岡の二の舞にならないように、俺はどんな奴でも賄賂は貰わないようにしている。していたのだが………
とある日、俺の家にある客人が来た。その男は何故かジュラルミンケースを持っていた。
「はい」
「どうも、どうも、猪原さん。私、デスナックル御子柴こと、御子柴智司の付き人、磯島遼と、申します」
デスナックル御子柴というと、俺が次の試合で戦う相手の名ではないか。その付き人が一体なんのようであろうか?
「あの…どんなご要件で?」
「はい。その前に、リビングに入ってもよろしいでしょうか?」
「……………わかりました」
嫌な気がするも、俺は磯島をリビングに入れた。
「にしても、大きなお家ですねぇ…」
「はは、自分、息子が結構お転婆で…」
「そうですか………じゃあ、本題に移りましょうか」
すると、磯島は手に持っていたジュラルミンケースをテーブルの上に置き、それを開けた。
「これは…」
「一応、一億はありますが……………」
一瞬、まさかな…と思いつつも、俺は磯島に質問した。
「あの…これって…」
「はい。賄賂です」
そう、まさかだったのだ。俺はテーブルに拳を打ち付けた。
「磯島さん!俺は賄賂を貰うつもりなんかありませんよ!」
「えぇ、私の方も承知しています。ですが、どうかこれを受け取ってください」
「あの…」
「何でしょう?」
「この事を御子柴は承諾しているんですか?」
「……………」
「違うんですか?」
「……………実は………」
「実は?」
「実は、御子柴の家族が、拉致されてしまって……………」
「ら、拉致!?」
「はい。そして、そして、御子柴の家族を攫った奴らのリーダーが、結構な御子柴のファンで、次の試合である、貴方との試合で、御子柴が勝ったら家族を返すと言っているんです!どうか、この通り!」
すると、磯島は、地面に額を付け、土下座をした。
「お願いします!これを貰ってもらわないと、あの人達は、殺されてしまうんです!お願いします!」
「…………………………」
俺の頭の中では天使と悪魔が戦っていた。天使は『賄賂を貰っちゃいけません!どんなことであろうと、貴方は勝つのです!』悪魔は『貰っちまえよ、あの家族が死んでいいのか?』と言っている。
数分による審議の結果、最終的に悪魔が勝ってしまった。
「……………わかりました…磯島さん…これを受け取ります…」
「いいのですか?」
「はい…その代わり、マスコミにこの事を言わないでくださいね」
「わかってます…では…」
そして、磯島は家から出た。
家に残されたのは1億もの大金と、俺だけだった。
「あぁ、受け取ってしまった。山岡さん、あなたもこんな感じで賄賂を貰っていたのか…」
10日後、試合は始まった。
「赤コーナーーーー!猪原裕平!」
俺はリングに上がると、両手を上げた。
「青コーナーーーー!御子柴智司!」
御子柴がリングに上がり、俺を睨みつけた。
「両者がリングに上がりました!さあ、死神とデスナックル!どっちが勝つのでしょうか!?」
そして、ゴングが響いた。
まず、御子柴が張り手をかましてきた。それをくらい、俺はわざとらしく倒れた。
「おっと?猪原、倒れたぞぉ!」
「1…2…3…4…5…6…7…8…9…10!」
「なんと、死神!デスナックルの張り手に敗れたぞ!」
「おい!猪原どうした?」
付き人の関が問い詰めてくる。
「関さん、たまたまですよ…」
「だからって…」
そして、ラウンド2が始まった。
次に御子柴は、タックルをしてきた。勿論、俺はそれを食らい、また倒れた。
ジャッジが1から10を数え、ゴングが響いた。
「なんと、死神、悪夢の鎌を出す間もなく試合が終わってしまった!」
そして、俺はまた、関に心配された。
「お前、今日調子がおかしいぞ!?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。次の試合で勝てば良いんですから」
ある日の夜、俺は人気の無い道で思い詰めていた。すると、後ろから声をかけられた。
「猪原さん。あなた…何で負けてしまうんですか……」
その男は何故か泣いていた。
「へっ、チャンプだって、負けるときがあるさ」
「ですか、私は悲しいですよ!でも、こうすれば、二度とあなたの失態は晒されない!」
すると、男はナイフを出すと、俺の腹に刺した。
「うっ…」
「これで、これでいいんだぁ!アッハハハ!」
男はナイフを刺したまま、そこを去った。
雨が降ってきた。
「あぁ、山岡さん、今すぐそっちに行きます」
俺は倒れた。あの時のように、倒れた。
御子柴は家で飲んでいた。すると、客人が来た。
「はい…」
「御子柴さん、一緒に飲みませんか?」
客人は付き人の磯島だった。
「にしても、あんな結末で良かったんですか?」
「あぁ、良かった。あのホラを吹かなかったら、奴は金を受け取らなかった。まぁ、最終的に奴は死んだから、あの事がバレることがない。デスナックル御子柴は、永遠だ!ってね」
「……………」
御子柴は、哀しく酒をあおった。
読んでいただきありがとうございました……………