人名定食屋
奇妙な世界へ……………
俺は椎名貞彦。不思議な定食屋を見つけたサラリーマンだ。
俺は妻がいない。とはいえ、自分で弁当は作らないズボラであり、いつも外で昼飯を済ましている。
なので、その日その日の昼飯はバラバラだ。
うどんだったりそばだったり、カレーだったりカツ丼だったり…まぁ、それがいいのだが。
そんなある日、俺は営業を終え、会社に戻ろうとしていた。
時間は12時半。会社では既に昼休みの時間だ。
ならば、戻る前に昼飯を食べようと、辺りを見回す。
チェーン店に個人営業の店。しかし、そこらは全て俺が行ったことがある店だ。
(仕方ない…ここは安定のあの店で)
そう思った時、後ろから声を掛けられた。
「お兄さん、お兄さん」
「なんだ?」
後ろには恐らく50代くらいの男が向こうの店に指を指していた。
「この店、いいぞ」
それだけ言うと、男は去った。
男が指差した店は『人名定食屋』。不思議な店だなぁと思いつつ、俺はいつの間にか店に入っていた。
「いらっしゃい」
店には誰一人おらず、ただ、50代のお婆さんと若い男が一人厨房にいただけだった。
「お好きな席にどうぞ」
俺はお言葉に甘えて、カウンター席に座った。
「どうぞ、水です」
若男から渡されたコップには、ひんやり冷たい水が入っていた。
「こちら、メニューです」
同じく若男からメニューを渡された。
そこに書かれていたメニューに、俺は驚愕した。
一番上には『田中定食 150円』、一番下には『小野田定食 500円』、真ん中には『倉定食 300円』と書かれていた。
他にも『鈴木定食』、『橘定食』、『二階堂定食』、『山田定食』、『林定食』、『長谷川定食』と、9個の定食があった。これで分かったことは二文字の苗字は150円、一文字の苗字は300円、三文字の苗字は500円という事だった。
まぁ、全て500円以下で済ませられるということは金に困った時でも食べられるということだ。
俺は、取り敢えず一番上の物を頼んでみることにした。
「えっと……田中定食を」
「田中定食ですね、母さん、田中定食一つ!」
「あいよ」
どうやら、お婆さんと男は親子らしい。
それから2分後、俺の前に田中定食が置かれた。
田中定食の内容はご飯と味噌汁、コロッケ2つと千切りキャベツだけだった。これで150円はいい方である。
俺はコロッケを口に運ぶ。
うまい。うまいぞ。美味すぎて箸が進む。
俺はいつの間にか全て平らげていた。
「ふぅ…美味かった…」
「ありがとうね。おばちゃん、嬉しいよ」
俺は150円払い、そのまま店を出た。
(いや〜美味かったなぁ。おのおじいさんにまた会ったら感謝しないと)
俺はハッピーな気分で、会社に戻った。
それからの俺は人名定食屋にハマりにハマった。田中定食の他にも、鈴木定食や山田定食、さらに一文字の定食や三文字の定食も値段相応で、俺はこの店の常連になった。
そんなある日、家を出る前の事であった。朝食を食べながらニュースを見ていると、一つのニュースが流れた。
「次のニュースです。東京都神野川区江島町にて、木島章郎さん32歳が前日の深夜から行方不明となっており、木島氏を見つけた方は下の電話番号に………」
俺は最初、『不幸な事件だなぁ…』とだけ思っていた。
その日の昼。俺はいつもの通り例の定食屋に向かった。
メニューを見ると、何か新しくメニューが追加されているのに気づいた。
『木島定食』
俺は何も考えず、その木島定食を頼むことにした。
それから、月一で行方不明者を探すニュースを見たその日に、メニューが追加されていったのだ。
最終的には13個まで増え、俺は奇妙に感じた。
とある日の夜。俺は飲み会があり、帰りが遅くなっていた。
すると、後ろから鼻と口を抑えられ、そのまま意識を失った。
次に目覚めたのは、暗い部屋。俺は椅子に縛られていた。
(ここは…何処だ?何者かに攫われたのか?)
暫くすると、電気が付き、向こうから何者かがやってきた。
「やぁ、目覚めたかい?」
ソイツは、あの定食屋にいた、若い男だった。
「アンタ…あの…?」
「あぁ、あの時のお客さんか。客が減るのは嫌だが、父さんがまた客を呼べばいいか」
「お前、何でこんなことをする!」
「俺はね。ちょっとした癖を持っていて、人を殺すときに、最後に何を食べたいか聞くのさ。それが楽しくて楽しくて…母さんも父さんも協力してくれるのさ」
「なぁ、俺が初めて来たとき、客がいなかったのは?」
「それはただ単に、ウチの店が不人気なだけ。最近はチェーン店やらコンビニやらてまお昼を済ませようとする人が増えたからな」
「アンタはこんなことをして、楽しいのか?」
「あぁ、快感そのものさ…アンタ、最後に何食べたい?」
男が持っているナイフが俺の声帯を切ろうとする。その時だった。
外で、パトカーのサイレンが鳴った。
「なんだ!?」
そして、警察が突入してきた。
「井上涼!お前を殺人罪で逮捕する!」
「な、離せよ!離せ!」
井上が警察官に手錠を掛けられ、そのまま連行されていった。
「大丈夫ですか?」
「えぇ…なんとか」
俺は縄を解かれ、警察署に行った。
後に分かったことだが、どうやら、井上の母が耐えきれなくなり、警察を呼んだんだとか。
その後、俺はちゃんと会社に行けている。
時々、例の店の前を通ると、残ったままの『人名定食屋』という文字が俺を睨んでいるように感じるのだ。
そして、今でも夢に見る。
自分が殺され、客に椎名定食を提供している井上の姿を。
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