第15章、深い溝④
今回、かなーり長くなりました。
シェラトリス支隊―――それは、シェラトリスのために、シェラトリスの有益になると判断した任務しか行わない、クロノタトンの騎士団とは独立した組織である。
ちなみに、“支隊”という名である理由は、護衛・戦闘に限らず、特別な任務を行い、一般的な軍隊のような指揮系統から独立して行動するためである。
クロノタトンの騎士団は、クロノタトン一族全員に仕えているが、クロノタトンの当主であるシェラトリスの父を筆頭主とし、優先的に命令を聞く。ユアンらシェラトリスの専属騎士も、クロノタトン騎士団に属しており、雇用主はクロノタトン当主だ。
しかし、このシェラトリス支隊は違う。シェラトリスを主とし、シェラトリスのみに従うのである。
シェラトリス支隊は、例外的な組織だ。
本来、この国では、私兵を持つことは許されない。家を守るために、“家”に仕える騎士団を持つことは許されているが、“個人”で持つことは許されていない。
そのため、シェラトリス支隊も、軍隊ではなく、特殊な仕事内容の従業員集団という枠組みで設立されている。名目上は、便利屋・雑用係である。
なお、兵か否かは、軍事教育・練習が行われているかどうかで判断される。さらに言えば、専門家や現役が指導しているかどうかだ。シェラトリス支隊のメンバーは、戦闘の心得があり、自主練をこっそり行ってはいるものの、“クロノタトン家”で教育や鍛錬は受けていない。
“戦闘を行える”従業員…という、ギリギリセーフ…?な組織である。
なぜ、シェラトリス支隊などというものがあるのか。
それは、支隊メンバーが、クロノタトンの管理下に置かれることになった際、シェラトリスに仕えることを望んだものの、シェラトリス以外の命令を決して受け付けないと主張したからだ。従者や騎士という立場となると、クロノタトン家当主に雇われることになり、当主の言葉を優先する義務が生じる。だが、彼女らはそれを良しとしなかった。
だが、彼女らを正式に雇わないのもまた、危険だった。なぜなら、彼女らは、とても危険な犯罪者だったからだ―――。
時は十三年前、シェラトリスが僅か三歳の頃の話である。
ある闇組織に所属する三人の子供がクロノタトン邸に侵入し、シェラトリスを誘拐したのである。
決して、警備に穴があったわけではない。ただ、その三人の子供は、プロの騎士もたじろぐような、超腕利きの暗殺者だったのだ。
三人の子供の任務は、クロノタトン家の一人娘を殺し、妻に重傷を負わせること。それも、シェラトリス暗殺は、最優先の任務だった。
……だが、シェラトリスは殺されなかった。
その場で殺すことができたはずだが、何の心変わりか、暗殺者は傷一つ付けずにシェラトリスを誘拐した。
それどころか、シェラトリス及び犯人の居場所を突き止めた騎士団が突入した際には、彼女らがシェラトリスを「姫」と呼び仰ぎ、まるで国宝のように大切に丁寧に扱う光景を見せた。
騎士団は目を疑った。暗殺者にとって、今までの数多の犠牲者同様、その幼子はただの狩るべき相手であったはずだ。だが、むしろ、自分たち以外の全ての人間から守るように、暗殺者は騎士団に立ちはだかったのだ。それも、自らの命に変えても主君を守るように、覚悟を決めた様子で。
それは、異様な光景だった。
衝撃を受けた騎士団だったが、すぐに警戒心をマックスにした。何せ、相手は子供と言えど、厳重な警備の中で貴族の子女をさらった、技量の高い暗殺者。いつまた気まぐれを起こして、大切なお嬢様を手にかけるとも限らないのだから。
……しかし、騎士団の予想に反して、暗殺者はあっさり捕まった。
相対直後は、油断一つない、戦闘のプロである大人の集団に、子供三人は互角の戦いを見せたが、シェラトリスが泣くのを見て、好戦的な姿勢をやめ、騎士団と少しだけ言葉を交わすと降伏したのだ。
意外にもあっけなく降伏した三人は、騎士団の問いにもすんなり答えた。
それは、裏組織の者なら死んでも吐かない、任務の内容、組織の情報ですらもだった。
いや、むしろ、子供三人は、進んで情報を開示した。「シェラトリスを狙う者を根絶やしにしなければならない」、そう言葉を零して。それは、ぞっとするほど冷たい表情と高い殺意、それに、異様なほど強い執着だった。
捕まった子供たちは、牢に送られた。
その様子は、気味が悪いほど大人しい……というわけでもなかった。一人は、返って、犯罪者にしてはふてぶてしい態度だった。他二人は、比較的 大人しく、その子供をなだめる役に回ることがほとんどだったが、やはり、もう一人同様に厚かましい要求をした。
―――その要求とは、シェラトリスの下僕になることである。
大人たちは頭を抱えた。
犯罪者が、何を言っているのかと。それも、三人の子供は暗殺者だ。その手は、すでに血塗られていた。
だが、無視できない事実は、他にもあった。
そう、この小さな暗殺者が、任務や己の身命の危険を顧みずに、シェラトリスを守り救ったことである。さらに言えば、大きな闇組織の壊滅にも一役買ったという功績もある。
この功績は、無視できないほど大きかった。何せ、この三人の子供は、進んで騎士団に協力し、闇組織の壊滅作戦にも大役を負って活躍したのである。
子供たちの処罰については、様々な意見が飛び交った。
まだ子供だ、更生の機会を与えるべきだ…という意見。
れっきとした犯罪者だ、厳正に裁いて刑罰を課すべき…という意見。
貴族の娘の命を狙った、いつまた狙うか分からん…という意見。
しかし、なぜかその娘に仕えたいと望んでいる、むしろ手元において監視すべし…という意見。
子供たちなしには、闇組織の壊滅にまだ難義していただろう、その功績により減刑が認められるべきだ…という意見。
大人たちは悩みに悩んだ。そしてその末に、クロノタトン家に判断が委ねられた。
もちろん、クロノタトン内でも複雑な議論が交わされた。
そして最終的には、三人の子供は、三年間の懲役とその間を含む五年の再教育を受けるまでに減刑された。その上、厳重な警備の元、シェラトリスに仕えることなった。やはり、子供であることや、降伏したこと、闇組織壊滅への協力の姿勢などから、子供たちを死刑や終身刑にはできず、また、長々と服役させたり更生プログラムを受けさせたりしても、その後は釈放が待っており、これほどの危険人物三人を世に放つのはよろしくないという結論にまとまったのだ。
この話をシェラトリスが聞かされたのは、十歳を過ぎてからだった。
三人は、懲役を終えた直後からシェラトリスと面会できるようになっており、シェラトリスは、彼女らと定期的に顔を合わせ、すでに三人に慣れていた頃だった。
シェラトリスは、彼女らが元犯罪者と知って驚き、そのことに恐ろしく思ったが、不思議と彼女ら自身に恐怖を感じたことはなかった。…彼女らが暴走してしまわないか不安に思うことは多々あったが。
そして、それは今も変わらない。シェラトリスは、三人のことを、“少し特殊な従者”程度にしか思っていない。…周りに見境なく力を揮わないか心配することはあっても。




