第14章、二つの噂と虐め④
こんなに遅くに出すつもりじゃなかったんですけどね…。
二つ目です。
シェラトリスは、すぐさまフィルに駆け寄った。
フィルはあの日からずっと怒っていた、ようやくそのことに気付いたからだ。
先日の襲撃事件で、襲撃者はシェラトリスを狙っていることを示唆した。あの時、ヴァイルが創った幻のフィルは、シェラトリスも恐ろしく思うほど怒っていたが、本物のフィルは理性的で、冷静にシェラトリスを敵の前から退けていた。
だからシェラトリスは気付かなかったのである。フィルの憤怒を。
怒りに身を任せて攻撃を繰り出すフィルの幻は、ヴァイルが創ったものである。だから、“ヴァイルが想像”のフィルでしかない。また、その際に本物のフィルは、冷静に撤退を促していた。…襲撃者の言葉をフィルは気にしていないと、シェラトリスがそう思うのも無理なかった。
本当は、あの幻は、フィルの胸中をそっくりそのままに表わしていたのだ。
実際は、ずっと堪えていたのだろう。フィルは、静かに怒り狂っている。
「―――フィル!!」
シェラトリスはフィルの腕を掴んだ。そして、ぐいっと引っ張り、身体を己の方へと向き直させる。
「フィル!私は大丈夫よ!だから、落ち着いて!!」
「…。」
フィルはシェラトリスの目をじっと見て、何も言わない。
シェラトリスと正面から向き合ったことで、眉間に皺は寄っているものの、殺意は引っ込んだようだ。間違ってもシェラトリスに苛立ちをぶつけるわけにはいかない、とでも思っているのだろうか。
シェラトリスはそれを瞬時に感じ取り、その健気さと忠誠心の高さに改めて感動しつつ、口を開く。
「ラトクルフ嬢からの攻撃は受けてないし、噂も気にしてないわ!」
「……シェラトリスが気にしてなくても、ボクは気にする。」
フィルが低く唸る。
「だからと言って、このまま他生徒を怖がらせては―――」
逆効果だ、とシェラトリスは言おうとした。
その刹那、フィルに抱きしめられた。
「「「危ない…っ!!!」」」
フィルとチーナ、ヴァイルの声が重なる。
バチィッ、バチィッと大きな音が続けて鳴った。一つ目は敵の放った攻撃魔法、二つ目はそれを防いだ防御魔法による音である。
「何のつもりだ…!!」
フィルが再び低い声を出す。殺気を向ける相手は、リリシィでもその取り巻きではない。
「―――くだらないことで、いちいち騒ぎを起こすなよ。この、〈白ノ魔女〉風情が…!!」
憎しみや軽蔑を込めた目で、フィルを睨む者。
なんと、この学園の教師である。
「ようやく、尻尾を出したか…!」
フィルは挑戦的に笑う。その目にはやはり、強い怒りが宿っている。
「なに?!何が起こってるの、フィル…?!」
シェラトリスはフィルの胸に抱かれたままで、状況が読めない。その痩せ気味な身体のどこに力があるのか、なかなかに強い力で、抜け出せないのだ。
「―――アガサス先生が、攻撃してきました…っ!」
エルルフが〈書〉手に、信じられないものを見る目で正面を見据えながら、シェラトリスに状況説明する。
(え…っ?!!)
エルルフの告げた名に、シェラトリスはその姿を思い出す。
アガサス・ローウェン。三・四年前に赴任してきた、まだ二十代の若い教師である。
主に、一~三年生といった低学年に算数・数学を教えており、シェラトリスは教わったことがない。しかし、それなりに評判が良かったはずだ。特に話題なのが、クイズやパズルを扱う部活についてで、アガサスが顧問をしてからは大会などにおいて好成績を得ていると、校内で盛り上がりを見せていることは、何の関わりもないシェラトリスでも知っている。
(なぜ……そんな教師が?!!)
シェラトリスは混乱する。
頭が真っ白になる中、聞きなれた穏やかな声が聞こえてきた。
「シェラトリス様…!どうしましたか…?!」
クレーメンスだった。今日は何か、個人的な用があるとかで、シェラトリスよりも早くに家を出ていたのだ。
ヴァイルが知らせたのだろうか、それとも騒ぎを聞いて駆けつけてきたのだろうか。息を切らしてシェラトリスの元へ。
「クレイ! …実は、アガサス先生が、私たちへ攻撃を…。」
やっとフィルの腕から逃れたシェラトリスがクレーメンスをこれ以上前へ出すまいと、手を引いて下がる。
「教師が?!」
クレーメンスも信じられないものを見る目でアガサスへ向ける。
すると、注目を浴びるアガサスが口を開いた。
「…悪党は仲間を呼ぶのが早いな。」
シェラトリスらは息を呑んだ。
「せ…先生…?」
はっと鼻で笑うアガサス。
「白だの黒だの馬鹿馬鹿しいと思っていたが、騒ぎの中心にいるのはいつも〈白ノ魔女〉だ!今回はとうとう、他生徒に危害を加えたな!お前たちの悪行もここまでだ!退学にする!」
未だ凍ったままのリリシィを見て、声高に告げるアガサス。その内容に、シェラトリスらは青ざめていく。
(まさか、教師まで…!)
「“―――何の話だ。”」
そこで、またもや聞きなれた声がした。
シェラトリスが振り返ると、ルヴァンが来ていた。その後ろにはルチルとレノがいて、二人はシェラトリスの元に駆け寄り、「無事か?」と声をかけてきた。シェラトリスが頷くと二人はほっとしたような表情を浮かべた。そして、すぐに緊張感を持った真剣な顔で、シェラトリスをかばうように前に立った。
その間にも、ルヴァンは前へ前へと進み、アガサスと相対する。
「“何をしているんです、ローウェン先生。”」
「これはこれは、イヴァンシェ先生。可愛い仲間の元へ来るのが少し遅いんじゃありませんか?」
「“何の話です。”」
「とぼけないでください。そちらの〈白ノ魔女〉さんたちを擁護しに来たんでしょう?」
「“…擁護? 本当に、何の話をしているんですか?私は騒ぎを聞きつけてここに来ただけですよ。…それより、生徒と一緒になって何を騒いでいるんですか、ローウェン先生。教師なのだから、生徒を静める側でしょう。退学などという不穏な声も聞こえましたが。」
アガサスの嘲笑するような態度にも冷静に言葉を返すルヴァン。そして、その言葉に、逆にアガサスが苛立ちを見せる。
「また〈白ノ魔女〉が騒ぎを起こしたので、ここに駆けつけたんですよ!見てください、この生徒たちを!かわいそうに、氷漬けにされてしまって!私はそれを罰するために魔法を放ったのに過ぎません!!」
「…。」
ルヴァンはアガサスの大声にもひるむことなく態度を崩さない。
「“…はぁ。つまり、生徒に向かって魔法を使ったということですか。…これは厳しい処分になりますよ、ローウェン先生。”」
「私は正当な措置を取ったに過ぎませんよ!厳しい処分というなら、あの者たちですね!」
「“落ち着いてください。それは状況を整理してからでしょう。”」
「あなたこそ!悪行が露呈して、焦っているのでしょう!お仲間の子どもたちも、こうして問題を起こしていますから、尻拭いですか、大変ですねぇ!」
シェラトリスらは、アガサスの言っている意味が分からない。いや、理解が追いつかない。
(まさか、本当に教師まで噂を信じて…っ。)
そこでシェラトリスははっと気付く。この場の空気が冷たくなっていることに。この冷気を発しているのは、シェラトリスをかばって前に立つフィルやルチル・レノ、そして獣魔たちからだ。
ルヴァンの纏う空気も変わっている。




