第13章、増えた友人②
(あら?)
よくよく見ると、フィルもまた誰かを連れている。それも二人。
(あれは…。)
直接の知り合いではないが、あの二人は、この学園において有名な姉妹のはずだ。
「シェラトリス~!」
地面に着地するや否や、シェラトリスに飛びつくフィル。
「ちょ、」
シェラトリスが注意しようとしたその時。
「こら!」
フィルの首の後ろを掴み、引き離した者がいた。
「女性に飛びつくものじゃないよ。相手が主でもね。」
フィルが連れてきた女性の片方が叱った。
「ルチル、フィルの首が締まっている。」
もう一人の女性が叱ったところで、フィルの首根っこを掴んでいた手が離された。
「すみません、ありがとうございます。」
シェラトリスが礼を言うと、フィルを叱った方がにこりと微笑んだ。
「いいや、こちらこそすまない、君の従者を勝手に叱ってしまって。」
フィルは「ううう…」とうめき声を上げながらシェラトリスの後ろに回り、恨めしそうな目を向けながら、連れてきた二人の紹介を始める。
「シェラトリス、こっちのおっかない方がルチル・オルヴェーヌ。あっちのぼんやりしてる方がレノ・オルヴェーヌ。辺境伯家の姉妹で、まぁ、この学園では一応、先輩にあたるよ。」
フィルの適当な紹介に表情を崩さず、ルチルと呼ばれた女性は美しい所作で礼をする。
「ルチル・オルヴェーヌ、十年生だ。よろしくお願いする。」
そして、隣の女性に顔を向けた。
「私の妹、レノ・オルヴェーヌだ。私の一つ下で、九年生だ。」
「…レノだ。よろしく頼む…頼みます。」
レノという女性は、そう、ぎこちないながらも精一杯の丁寧さで挨拶をした。
「シェラトリス・クロノタトンです。よろしくお願いします。」
シェラトリスも優雅に挨拶を返すと、二人はふっと口元を緩めた。
(まぁ…本当にかっこいい方々ね。)
シェラトリスは、この二人の先輩が有名な理由を目の当たりにした。思わず惚けてしまう。
ルチルとレノが有名である一番の理由は、男装の麗人であるからだ。
二人はいつも、貴公子のような服装をし、話し方も行動も雄々しい。一般的な女性より背が高い上に、容姿も良く、それがまた様になるのである。ルチルは美女と呼ぶ顔立ちで、レノより細身で肌が白く、レノは美男子寄りの顔立ちで、ルチルよりやや背が高い。
また、二人とも髪色がステータスのこの国では珍しく、髪を染めており、ルチルは青、レノは緑色だ。根本はあえて染めていないのか、黒に近い灰色だ。そして、目は、それぞれの髪色の色である。
オルヴェーヌ辺境伯家は少し変わった家柄で、白派閥にも黒派閥にも属さず、大昔から中立の立場にいる貴族だ。ただし、最近は白寄りだと噂されている。定かではない。そして、何と言っても、変わっているのは、“強く賢く”なるべく、男子も女子も同じように育てられる点だ。学問、戦闘に関すること、芸術、芸事、家事…。性別に関係なく、幼い頃から、身分に関係のないことまで片っ端から何でも学ばされる。そして、学校に通う頃には、適性がある分野について本格的に学ぶよう勧められるそうだ。このような独特な教育が課されているオルヴェーヌ家は、その多くが優秀、ルチルとレノも例外ではない。むしろ、ここ数十年、中で最も優秀と評されている。姉妹そろって天才など数百年に一度の奇跡、と言うレベルで。
そんなわけで、この二人は有名なのだ。当然だ。容姿端麗で才能もある。そして、独特の魅力とカリスマを具えた者に、人は魅かれる。本人は知っているのだろうか、自分たちが学園のアイドルとして人気を集めていることを。
「君の話はフィルから聞いている。君と、友人になれたらと思っているよ。」
「…。」
「まぁ、困った時には頼ってくれ。先輩として、君の助けになろう。」
「俺かルチルに声をかけてくれ。必ず助けになる。」
優秀と人気、二つの意味で名高い二人からそんな言葉をかけられ、シェラトリスはひどく狼狽える。
「ええと…フィルから何を聞いたのでしょう?お二方にそこまで言っていただけるなんて…私はそんな大層な者じゃ…。」
(いやだわ、フィルったら、私を持ち上げて話す癖があるんだもの!)
居た堪れない気持ちでそう話すと、ルチルはふっと笑った。
「フィルからは、君が如何に優しいかと言うことだけだよ。」
(…!!)
シェラトリスは瞬時に顔が赤くなった。誰もいないところに駆け込んで叫びたい衝動に駆られたが、そんなマナーに欠ける行動を取るようなことはしてはいけないと、何とか自分をなだめた。
そんなシェラトリスを見ながら、レノが口を開いた。
「あとは、あんたの〈古書〉がシュアの物であると聞いただけだ。」
(…!!)
今度は、シェラトリスの顔が青くなった。一気に呼吸が苦しくなる。
「え…、え…?」
ショックでそんな声しか出ないシェラトリスの様子を見て、レノも青ざめる。
「落ち着いてくれ、俺たちは―――」
「この阿呆!」
レノの言葉の途中で、ルチルが怒りだした。怒りの表情を露わに、レノの腕を強く掴む。
「気にしている本人に伝えるな…!!」
「いや、俺は、仲間として認められようと思って…大丈夫と伝えたくて…!」
「タイミングが最悪だ!!初対面なんだぞ!」
「あ、あ、すまない…!」
レノは、シェラトリスに対して深く頭を下げた。
「…い、いえ…。」
レノの一生懸命な謝罪を見て、少しずつ冷静になったシェラトリスは、はっと違和感に気付いた。
「シュア…、シュアって、言いました…?」
ハーシュではなく、シュア。その呼び方をするということは、ハーシュ及びシュアの研究に絡んでいるのかもしれない。世間には、ハーシュがシュアという貴族の少女であったことは知られていないのだから。
(あら…そう言えば、この二人、この〈古書〉について嫌がっている様子はなかったわね。)
レノの話したこと、ルチルが怒っている内容から察するに、この二人はシュアに対して悪印象を抱いているわけではなさそうだ。
「シェラトリス、勝手に話してごめんね。でも、この二人は大丈夫だよ。」
そこでようやくフィルが口を開いた。真剣な顔でシェラトリスと向き合う。
「この二人の家…オルヴェーヌ家にはね、シュアに関する記録が秘密裏に残っているんだよ。」
「え……っ!!!」
シェラトリスは思わず驚きの声を上げた。
「実はね、オルヴェーヌ家はヴァリオ王子の側近の子孫なんだよ。だから記録が残っていた。本当は誰も見るはずがなかったけど、この二人が暴いちゃった。だからシュアのことをよく知っているよ。ね、だから大丈夫だよ、安心して。」
フィルは平然と言ってのけ、二人はうんうんと頷いている。
「シェラトリスには安心できる仲間がもっと必要だ。つい最近、不穏なこともあったし。だから今日、この二人を連れて来たんだ。」
フィルは視線を落とす。
「ごめんね、シェラトリス。勝手にシェラトリスのことを二人に話してしまって。」
嫌われる、捨てられるとでも思っているのだろうか。フィルはぐっと何かを堪えるような顔で謝罪する。
(分かってる。フィルは、ちゃんと私のことを考えてくれているって。)
シェラトリスはショックだっただけで、秘密をバラされたことを怒ってはいない。
フィルは他人に対して非常に、本当に、警戒心が強い。そして、シェラトリスのことを主としてとても大切に思っている。ゆえに、シェラトリスの益にならないことは絶対にしない。シェラトリスは、これまでのフィルの献身から、フィルのことを心から信頼している。
「フィル、大丈夫。」
シェラトリスは、フィルの頭をなでた。
「フィルが私のためになると思ってしたことなんでしょう。大丈夫、分かっているわ。」
シェラトリスの言葉に、フィルは泣きそうな顔で笑った。
「うん…っ。」
そして、フィルは照れくさそうにルチルとレノの背後に回り、その間に割って入るようにして二人の腕を取った。
「この二人はとても信用できるよ、シェラトリスもきっと信頼できる。」
「「…!」」
言われた二人は、とても嬉しそうに頬を染めた。
「あ、そうそう。それとね、今日この二人を呼んだのは、シェラトリスと会わせるのはもちろんだけど、シェラトリスの獣魔契約に立ち会ってもらおうと思ったからなんだ。」
「……………ん?」
三人の微笑ましい様子を見て顔を綻ばせていたシェラトリスだったが、言われたことが理解できず、間を置いて首を傾げた。




