第13章、増えた友人➀
最近、閲覧数が増えていて驚いています。
読んで下さって本当にありがとうございます。
今日は鏡開きですね。たくさん食べるぞー。
過激派 黒至上主義の襲撃を受けた翌々週。
学校に着いたばかりのシェラトリスは、〈古書〉を使った魔法の個人指導を受けるため、午前からルヴァンと待ち合わせの場所に向かっていた。いつもなら賑わっているはずの道を通るが、今日はほとんど人がいない。
襲撃を受けた直後の二週間、学校は閉鎖され、生徒は立ち入り禁止だった。
襲撃により怪我をした者たちの治療、襲撃事件の調査、破壊された建物や屋外の修復、セキュリティの見直し…などなど。大人たちはやることが山積みで忙しかった。
その一方で、襲撃にショックを受けた子供が多く、それもまた問題を生んでいた。家で休養するよう学校から通達があったものの、興奮や恐怖で落ち着かぬ者は多く、友人宅に集まって襲撃事件について好き勝手に推測いた者もいたようだ。また、恐怖で心を病み、家に引き籠ってしまう者もいた。心の傷は深い。一週間なんぞでは到底 癒えず、登校拒否を起こしているという。
最低限の学校運営が可能になるまで急ピッチで作業が進められ、多少の問題を残しつつも、本日ようやく生徒も学校に入れるようになった。しかし、本格的な授業はまだなく、生徒の姿はあまり見られない。その上、学校の安全のために国から派遣された騎士による厳重な警備のせいで、学校には平時とは異なる重苦しい空気が漂っていた。
(私も、個人指導がなかったら学校に来てないわね。)
生徒がほとんどいない中、ここ最近、定期的にスケジュールに組み込まれている個人指導を受けるには最適だ。今日は特別に、校庭を貸切で使えることになっている。
ちなみに、アスカルトとクレーメンス、エルルフは学校に来ていない。授業がない上、これといった用事もなく、学校に行く理由がないからである。むしろ、王族の二人は、特別な用事がなければ、安全な場所にいてもらわねば困るだろう。
また、フィルは、王立研究院の研究員であることから、教師ら職員や国からの派遣調査員に混じって、学校の復旧作業 及び襲撃事件の調査に駆り出されているらしい。そのため、シェラトリスとは基本的に別行動をしているが、今日は後から合流することになっている。
「第二校庭はこの奥よ。」
シェラトリスは隣を歩く青年に声をかけた。
「…はい。」
かなり控えめな声量の返事と共に、小さく頷いた青年。シェラトリスの専属騎士、ユアンである。
なぜユアンが学校に来ているかというと、それはもちろん、シェラトリスの身の安全のためである。
本来、学校に私用の使用人や騎士は連れて来てはいけない決まりになっている。ただし、特別な理由と許可さえあれば、学校に連れて来ることが可能だ。
二週間前に襲撃事件があったことから、一人で学校に行くことを心配した周囲の説得により、シェラトリスは護衛騎士を一人連れて行くことにした。タイミングがタイミングのため、あっさりと許可は下りた。
学校の中とは思えぬほど歩いて、ようやく目的地へと着いた。なんせ、この学校はとんでもなく広い。普段なら移動用ゲートが使えるが、今日に限って使えない。恐らく、襲撃事件の際に、襲撃者による悪用を防ぐために閉じられていたため、それがそのままになっているのだろう。もう安全だとは言われているが、やはり警戒レベルは高い。
さて、待ち合わせの相手はすでに着いていたようだ。
(あら…?)
ルヴァンもまた、人を連れている。クレーメンスより小さな……10歳程度の子供である。
濃い灰色の長い髪をリボンで一つに結び、フリルシャツにベスト、短パンとソックスガーターといった、子供らしいファッションながらも、色などのデザインがやや大人っぽい落ち着いた服装だ。首にはループタイ、耳には大きなイヤリング、そして大きなレンズのモノクルが印象的である。目は髪と同じ色で、ややたれ目だ。
「おはようございます、ルヴァン先生。」
「“おはよう、シェラトリス・クロノタトン。”」
いつもと変わらぬ“ルヴァン先生”の様子だ。長いローブのフードで顔を隠し、肩に乗った鴉のメアに拡声機の代わりをさせている。
「“…本当に護衛は一人で良かったのか。”」
騎士の同行について、シェラトリスは、ルヴァンを経由して学校から許可をもらった。申請書を提出した際に、騎士が一人だけで大丈夫かと聞かれたが、ここでもまだ心配しているようだ。
「はい。すでに学校は安全だと聞いていますし、ルヴァン先生や後から来るフィルがいれば、安心ですから。」
シェラトリスの言葉に、ルヴァンはぴくりと小さく頭を動かしたが、「そうか」と言っただけで後は反応を示さなかった。
「クククッ…。」
ルヴァンが連れている子供が愉快そうに笑った。
すると、ルヴァンは頭を動かした。どうやら子供を見ているようだ。また、ため息を吐いたのだろう、ルヴァンの肩が下がった。
「“…自己紹介をしろ。”」
子供は「ああ」と返事をすると、シェラトリスに向き直った。
見定めるような目と、挑戦的な口元。随分と生意気で偉そうな態度の少年だ。
「ルヴァンの助手、レオンです。どうぞお見知りおきを。」
非常に簡潔な自己紹介と共に仰々しいお辞儀を送られたシェラトリスは、内心、面食らいながらも挨拶を返す。
「はじめまして、私はシェラトリス・クロノタトンです。こちらは私の専属騎士、ユアン。どうぞよろしくお願いいたします。」
年下相手にここまでするかというほど、丁寧に自己紹介をしたシェラトリス。このレオンという少年の堂々たる様を見るに、何かの事情を抱えた高貴な身分の者ではないかと推測したのだ。そもそもシェラトリスは侯爵令嬢。かなり高い身分ではあるが、その上には公爵と王族がおり、自分より高い身分という可能性は残っている。リリシィのように身分を理解していないという可能性も、あるにはあるが、目の前の少年には知性も理性も備えている風格がある。得られる情報は少ないが、この少年は只者ではなさそうに思える。礼儀を尽して損はない。
「ええ、よろしくお願いします。」
手を差し出され、その手を握るシェラトリス。レオンの笑みに、なぜだか既視感を得たが、どこで見たものか、誰のものだったか思い出せない。
「“挨拶はこれくらいにして、さっそくシェラトリス・クロノタトンの指導に入ろう。”」
ルヴァンが自身の〈古書〉を取り出し、シェラトリスもそれに続く。
「“お前たちは少し離れたところで見学するといい。”」
ユアンは一礼してシェラトリスの傍から数歩離れた。しかし、レオンは「ああ」と一言 告げて、スタスタと歩いて行く。どこまで離れる気なのだろうか。
一人離れていくレオンを心配したシェラトリスは、ユアンに対し手で合図を送った。ユアンはシェラトリスの意図を正しく読み取り、頷いてレオンの傍へと駆けて行った。
レオンは、シェラトリスとルヴァンからかなり離れた場所で、腕を組んで立っていた。
そして、そこから一人分の空間を空けて、ユアンはレオンの隣に立つ。
(これで安心ね。)
シェラトリスは、心置きなく指導を受けられると、ルヴァンへと向き直った。
「よろしくお願いします。」
「ありがとうございました。」
シェラトリスは感謝を込めてお礼を言うと、ルヴァンはこくりと頷いた。
指導が終わったことを察したのか、ユアンとレオンがシェラトリスとルヴァンの元へやって来た。
「長い時間 付き合わせてしまってすみません。」
ユアンはシェラトリス以外に口を開かない。いや、正しくは、話せない。話すことに関して何か問題を抱えているのか、声を出しにくいらしい。このような事情ゆえに、ユアンは他者と会話などできるわけもなく、話し相手になれない。退屈だったかもしれないと思い、シェラトリスは謝罪したのだ。
「いや、退屈はしませんでしたよ。」
レオンはにっこりと笑う。どこかうさんくさい。
「〈古書〉を使うことに抵抗感があると聞いていましたが、今日を見る限り、そのような感じは薄いですね。何か心境に変化が?」
好奇心を携えた瞳に見つめられ、シェラトリスはたじろぎながら答える。
「先日の襲撃事件の際に…襲撃者に追い込まれて、何とかしなくてはと…。〈古書〉を使わずして勝てる相手ではないと思って魔法を使ったことがきっかけでしょうか…。」
あの日、シェラトリスは、フィルを始めとする大切な友人たちが危険にさらされるのを目の当たりにし、自分もまた「このままでは助からない」という強い危機感や恐怖を感じたことで、〈古書〉に抱いていた忌避感が吹き飛んだ。〈古書〉を使って、魔法を使うことに精一杯になった。それはもう無我夢中だったのだ。
「もちろん、それ以前に、ルヴァン先生や王立研究院の方々(かたがた)に不安を解消して頂いたことが大きいですね。」
ルヴァンらが、ハーシュは悪人ではなかったと教えてくれなかったら、根気強く導いてくれなかったら、きっと今も〈古書〉を扱うことに不安を感じて魔法を使えなかっただろう。
(先生、本当にありがとうございます。)
シェラトリスは「ありがとうございます」と感謝を込めてルヴァンに伝えたが、ルヴァンは首を横に振った。
「“私は大したことはしていない。君が〈古書〉で魔法を使えるようになったのは、君自身の力だ。君が不安や恐怖を乗り越えようと努力したおかげだ。”」
いつもの淡々とした口調だったが、シェラトリスにとってこれほど感激した言葉はない。
「なるほど」とうんうんと頷くレオン。
「…さて、そろそろ交替かな。」
独り言のように呟いたレオンの視線の先で、箒に乗ったフィルが手を振ってこちらに向かって来ていた。




