第12章、綱渡り⑤
あけましておめでとうございます。(新年一発目の投稿で遅刻してしまいました。すみません。)
皆さまにとって幸せな一年になりますように。
そして、今年もよろしくお願いします。
「…確認したいことって?」
ややぶっきらぼうに、でもいくらかの気遣いが見える声がフィルから発せられた。
「“襲撃についてだ。”」
そして、フィルとルヴァンの獣魔二匹は、ルヴァンと別れてからクロノタトンの屋敷に避難するまでに起きたことを全て話した。無駄なく、淡々と話をするフィルたちからは、“報告慣れ”を感じる。
「“…やはり、生徒が手引きをしていたか。”」
ため息には、疲れや呆れ、怒りの他に、悲しみが混じっていた。
「…先生も、そう思いますか。」
アスカルトも同じ色をにじませ、目を伏せた。
ルヴァンは「“まちがいないだろう。”」と重く頷く。
「“……学園に、危険分子がいる。―――過激派の黒至上主義者だ。”」
皆の中に緊張が走る。
しかし、ルヴァンとフィル、獣魔二匹は冷静だ。それも異常なほど。警戒心も見えるが、それはとても研ぎ澄まされていて、ちょっとやそっとじゃ動じぬ雰囲気を醸し出している。
…だが、それが本当は、追い詰められ肥大化した責任感や焦燥感から来るものだと、本人たち以外の誰が分かっているだろうか。
「“…少し前から学園に異常が出ていて、怪しいとは思っていたが、これほど大規模な襲撃を行える段階まで来ているとは思わなかった。学園の内部に危険分子が紛れ込んでいる場合を考えて、信頼できる少数の者で内密に調査していた。…それが裏目になって、今回の襲撃の対処に時間がかかったと言えるかもしれないが。”」
「学園に異常…とは?」
アスカルトが質問した。
「〈扉〉や防御結界などに僅かな歪みが生じていたり、一度は異常と出たにも関わらず、一般職員が調べても異常とは分からない、微かな綻びがあったり…だ。」
「一般職員が分からない…ということは、先生には分かったんですね。」
クレイが口を挟む。
「“ああ。一見、偶然か故意か分からないように細工はしてあったが、人の手がかかっていることが分かったからな。”」
「先生は、早い段階から、危険分子が紛れ込んでいたと分かっていたんでしょうか?」
シェラトリスが質問する。
「“百パーセントではない。だが、可能性としてかなり高く見ていた。”」
ルヴァンはそこでその話題を終わらせ、フィルに話を持ちかけた。
「“フィル、今回の襲撃者の手ごたえはどうだったか。”」
フィルはどこか遠くを見ながら、少々 不満げに答える。
「思っていたより強かった。…というか、相手の準備が周到で、こちらの準備が足りなかった。相手の戦力が…スパイの数が把握できてなかったせいで、満足に動けなかった。」
そこでフィルはルヴァンに視線を向けた。
「でも、もう分かった。次はもっと余裕で対処できる。」
そして視線をちらりとどこかに向けた。
「スパイの目星はついたんだから、後はフィルの出番じゃないでしょ? …ま、頑張って。」
一瞬のことだったが、フィルは誰かを見たようだ。
「フィル?」
シェラトリスがその意味深な発言と視線について掘り下げようとしたが、
「ん?フィルはルヴァンの協力者だよ?…ずっとね。」
どこかはぐらかすようにフィルは告げた。
「フィルもボクたちも、学園の異常とか危険分子の存在の可能性とか、知っていたんだよ。」
ヴァイルがそうフォローした。
どうやら、先ほどのルヴァンが言った〈信頼できる少数の者〉に、フィルも含まれていたらしい。
「そう。それで、スパイをあぶり出すために、ちょっと手を抜いた。」
フィルがさらりと口にした言葉に、シェラトリスは食いつく。
「手を抜いた…?」
シェラトリスの様子の変化に気付いたフィルは、慌てて弁解しようとする。
「手加減、というか何というか…。あ、シェラトリスたちが危険な目に遭わないよう、フィルにだけ危険が向くように、ちゃんと調節したんだよ!だから安心して!絶対にシェラトリスたちのことを危険に晒したわけじゃないから!」
(何てことを…。)
シェラトリスはわなわなと震えた。
「それじゃあ、あなたは、こんなに怪我をしなくて済むはずだったの?私たちを守っておきながら、自分をおざなりにしたの?」
「え?あ、え?」
フィルはおろおろと本格的に慌てだした。きょろきょろと周囲に助けを求めるが、誰も助けない。助けられない。
ヴァイルが空気を読んでシェラトリスの膝の上から立ち退こうとして、それに気付いたクレーメンスが手を貸した。
これでシェラトリスが気遣うものは何もなくなった。
「フィル!! 私は心配したのよ!あんなに追い詰められた様子を見て!こんなに怪我をして!!」
「は、はぁい…。」
「それに、見て見なさい!ヴァイルを!ヴァイルのことは守り切れてないじゃない!」
「“あー…。いや、ヴァイルとチーナには自分で身を守るように言ってあるから…フィルの守りの範囲には入ってなかったんだ…。”」
「先生!先生は、自分の生徒や獣魔がこんな危険な目に遭うのを許したんですか!」
シェラトリスの怒りは、とうとうルヴァンにまで向いた。
「落ち着け、シェラトリス…。」
アスカルトが声をかけ、クレーメンスはヴァイルとチーナと共におろおろする。
この場は、完全に混沌と化していた。
そう、皆、シェラトリスが何に怒り、何を言わんとしているのかが分かっていたため、下手に口を開けなかったのだ。
シェラトリスに問い詰められたルヴァンは、メアに手を伸ばした。メアは主をじっと見つめ、肩からその後ろのソファーの背もたれに移動した。
「―――多少の危険は覚悟していたよ。…フィルやヴァイルがこのような怪我を負うことは、薄々 分かっていた。…危険は避けて、怪我は最小限に――なんて言っても、聞かない子たちだから。」
穏やかな、されど凛とした強さを持つ人の声。
「先生、―――…ヴァリオさん。」
シェラトリスが一気に冷静になった。
その様子を見計らったように、ルヴァンがフードを取った。困ったように微笑みながらも、その目は真剣だ。
「クロノタトン嬢、僕らは危険を承知で、リスクを冒してまで、成したいことがあって、行動している。フィルも、覚悟を持って、僕らと共に動いている。どうか、僕を咎めていいから、フィルの行動を責めてやらないでほしい。」
叱られ、しゅんとしていたフィルもシェラトリスへ顔を向けた。
「シェラトリス、これは意味のある、必要な賭けなんだ。」
何かを訴えるような目に見つめられ、シェラトリスは黙った。
「―――全ては僕が責任を負いましょう。」
尋常ではない覚悟を秘めた目が、再びフードで隠された。
シェラトリスには何も分からない。
「…綱渡りは、何もフィルたちだけがしてることじゃないよ。」
ぼそりと呟いたフィルの言葉に、シェラトリスはもう訊ねなかった。きっと、それ以上の言葉はくれないだろう。…それに。
シェラトリス以外の全員が、何を指すのか分かっていたようだった。
(きっと聞いても、誰も何も言ってくれないのでしょうね。)
何か仲間外れにされていることがある。シェラトリスはその空気を感じて、ただ唇を噛みしめた。
シェラトリスは、心の中で、自分が仲間外れにされる理由を探した。その理由は、ポジティブなこともネガティブなことも見つけられた。それらは、半分 納得でき、半分 納得できなかった。
ただ、ただ、仲間外れが悔しかった。




