第12章、綱渡り②
応接室に入り、ソファーに腰かけたシェラトリスは、ヴァイルを膝の上に乗せた。ヴァイルは、シェラトリスに首を撫でられ、嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らした。エルルフは、チーナをシェラトリスの座る隣に下ろし、自分はその隣のソファーに腰を下ろした。チーナは、ヴァイルに近寄り、その小さな手でヴァイルの鼻先を「良かったね」と撫でた。
「さて、まずは。」
ナルフェーリヤがシェラトリスとエルルフを見つめた。
「シェラトリス、エルルフ、お疲れさま。よく殿下方を守り抜き、無事に帰って来てくれましたね。」
「はい…お母さま。」「はい…!」
労いの言葉に、ほっと気が緩み、涙を浮かべる二人。
「そして。」
そこで言葉を区切り、チーナとヴァイルを見た。
「はじめまして、小さなお客様方。私はナルフェーリヤ・クロノタトン。現当主の妻であり、シェラトリスの母です。…イヴァンシェの方々(かたがた)が付いていてくださらなかったら、この子たちは、殿下方を守るという使命を全うできなかったどころか、無事ではなかったでしょう。ありがとうございます。」
「ボクたちは力を貸しただけで、シェラトリス様たちの力あって為し得たことです。…はじめまして。ルヴァン・イヴァンシェの獣魔、ヴァイルです。」
「ヴァイル様、娘の力不足でお怪我をさせてしまい、申し訳ありませんでした。」
「それは違います。これは、ボクの慢心による怪我です。どうぞお気になさらず。」
「そうですよ、ヴァイルがおっちょこちょいなんです。…はじめまして、アタシはチーナ。ヴァイルと同じく、ルヴァンの獣魔です。」
自己紹介が終わったところで、ノックの音が響いた。
「お呼びと伺いました、フィルです。失礼します。」
着替えたフィルが姿を現した。顔や手など、見える範囲に治療の跡がある。
フィルは、当然のようにシェラトリスの隣に座った。チーナがフィルの背中を駆けて肩に移動する。
「お疲れ様、フィル。怪我をしたそうだけど、大丈夫?」
「大した怪我ではありません。お気遣い、ありがとうございます。」
「よく働いてくれました。すぐに休んでほしいところですが、今回の件の後始末のため、あと少しだけ、頑張れますか?」
「はい、問題ありません。」
ハキハキと答えるフィル。ナルフェーリヤを上司として敬っていることが明らかである。
基本的にフィルは、身分や立場が自分より上の者相手でも、へりくだらない。さすがに公の場では態度を改めるが、普段は平等にくだけた態度を取ることが多い。しかし、唯一絶対的な主として認めているシェラトリスはもちろん、その家族には、とても真面目で謙虚な姿勢を見せる。
「終わったら、皆で一緒にお茶の時間を取りましょうね。」
「…!」
ぱあっと目を輝かせるフィル。その様子を見ていたシェラトリスとエルルフは、フィルに犬の耳と尻尾が付いているように感じた。
「さて、では本題に入りましょう。今回の襲撃事件について報告を、最初からお願いします。」
シェラトリス、エルルフ、フィルは、何が起こってどう対処したか、事細かにナルフェーリヤに語って聞かせた。途中、ヴァイルやチーナも口を挟み、これ以上語ることは出てこないというほど、全てを洗いざらい報告した。
報告が終わると、ナルフェーリヤは書き留めていたメモを複製した。
「―――なるほど。皆ありがとう。後はこちらで何とかするわ。」
そして、傍にいた自身の護衛騎士を呼びつけた。
「この情報を皆で共有しつつ、学校や宮殿に送ってちょうだい。それと、学校や宮殿から何か連絡が入っていないか確認してきて。」
「かしこまりました。」
騎士は部屋を出た。
その間、チーナとヴァイルは通信機で連絡を取っていた。
[―――こちらのことは気にしないでください。あちこちから増援が駆けつけてくれたので、もうすぐ完全鎮圧します。チーナはいつ戻って来てもいいですが、ヴァイル、あなたは安静に。後ほど主が迎えに行きます。どうぞ]
「チーナはヴァイルに付いているわ。皆、頑張って。以上。」
[了解。以上。]
通話が終わると、チーナとヴァイルはナルフェーリヤを見上げた。
「夫人、アタシたちはここで待たせてもらっていいですか?ルヴァンが来るまででいいんです。」
「ええ、もちろん。ゆっくりしていってくださいな。…シェラトリス、フィル、エルルフ、お客様を頼んだわよ。」
「「「はい。」」」
「今、学生の方はクレイがもてなしているでしょう。あの子たちも一応、先生が来てから帰った方がいいでしょう。お家に連絡を入れておくから安心するよう伝えてちょうだい。」
「分かりました。では、お母さま、後はお願いします。」
「ええ。皆、お疲れさまでした。」
シェラトリスが再びヴァイルを抱えたが、部屋を出てすぐに、フィルに「ちょうだい」とヴァイルを奪われた。
「フィルは少し用事があるから。終わったらそっちに行くよ。また後でね。」
それだけ言ってすたすたと去ってしまった。残されたシェラトリスとエルルフは、顔を見合わせる。
「私たちはアスカルトたちと合流しましょう」
「そうですね。確か、ティールームを借りるとおっしゃっていましたね。」
「ええ、ティールームに行きましょう。」
「やあ、待っていたよ、シェラトリス、エルルフ。」
アスカルトが親し気に呼んだ。
(秘密を知られたからって、素をさらしすぎじゃない?全く…。)
シェラトリスはやれやれと言った表情を隠さず、席に着いた。
「まるで我が家のような振る舞いですね、アスカルト殿下?」
シェラトリスの軽口に、アスカルトは肩をすくめて軽口を返す。
「ああ。ここは第二の我が家、いや、こちらが本当の我が家のようなものだからね。」
「そーですね。…あ、フィルとあの二匹は後から来るそうよ。」
「そうか。こちらは、我々の関係がバレてしまったから、それについて少し説明していたのと、僕らの昔話をしていたよ。」
「昔話?…何を話したの。」
「おままごとでシェラトリスが姫役、僕が騎士役になったこととか、フィルを驚かそうとして動物に変身したけどすぐに見破られた話とか、クレイが風邪で寝込んでいる時に僕たち二人でおかゆを作ろうとして薬まで入れてしまって、クレイがあまりの不味さに吐き出してしまった話とか。」
「全く、もう…そんなことまで。」
シェラトリスとアスカルトが親しく話すのを見て、また、クレイとエルルフがそれを平然と受け入れているのを見て、レイベルとメロディは衝撃を受けた表情をしていた。
シェラトリスはそれについては触れず、二人に話しかけた。
「レイベル様とメロディ様は、体調は大丈夫でしょうか?後でルヴァン先生がいらっしゃるそうなので、それまで安全のため、どうぞ我が家でお過ごしくださいね。お家の方には連絡しておきますので。」
「あ…、ありがとうございます。」
「では…お言葉に甘えて。」
レイベルとメロディがシェラトリスに頭を下げる。
そして、二人が顔を上げると、アスカルトはにっこりと笑った。
「では、今から部活を始めようか。」




