第12章、綱渡り➀
今日も少し遅れてしまい、すみません。
それでも読んで下さる方々に感謝を!
「そう言えば…この子はどうされたんですか?シェラトリス様。」
ララノアがチーナを見て言った。チーナは差し出されたララノアの手に飛び移り、自己紹介を始めた。
「はじめまして!アタシの名前はチーナと言います。黒白薔薇学園の教師、ルヴァン・イヴァンシェの獣魔です。」
ぺこりとおじぎをした礼儀正しいハムスターに、ララノアは自然と笑みをこぼす。
「何てかわいいんでしょう!私はララノア、シェラトリス・クロノタトン侯爵令嬢の専属メイドです。」
「ララノアさん、とお呼びしても?」
「ええ。では、私はチーナちゃんと呼んでも?」
「もちろんです、ありがとうございます。」
一通り会話を終えたところで、シェラトリスが口を挟む。
「チーナ、私が着替える間、ここで待っていてくれる? …あ、あなたに怪我はない?」
「アタシに怪我はない…です。」
なぜかもじもじしながら答えるチーナ。シェラトリスは、先ほどまでと様子が違う彼女に心配になった。
「本当に?」
「ほ、ほんと!」
シェラトリスが訊ねると、チーナは慌てたように答えた。
「では、ここで待っていてくださいね。」
ララノアがそっと鏡台にチーナを下ろした。
「ねぇチーナ、あなたはアスカルトが我が家に住んでいることを知っていた?」
「はい。ルヴァンはレイジオン王子と友達で相談役なので、ある程度の情報は共有されています。」
「そうなの…。」
着替える間、シェラトリスは親交のため、世間話の代わりに気になっていることを訊ねた。チーナはハキハキと答える。
「なら、心配するのは研究会のメンバーのみね…。」
「ええ…。クレイ様がうっかり口を滑らせてしまって、アスカルト王子がこの家に住まわれているということが、研究会の方々(かたがた)に知られてしまったんですよね……。なので、シェラトリス様とアスカルト様の仲が良いということもバレてしまいましたね…。」
「じゃあ、クロノタトン家と王家が本当はとっても仲が良いっていうこともバレてしまいましたか?」
「はっきりとそこまでは明かされていませんでしたが……おそらく皆さま、気付かれているかと。」
「まぁ…。メンバーにはどこまで説明したらいいかしら…。」
二人と一匹が頭を悩ませている間に、シェラトリスは軽い傷の手当てと着替えを終えた。
「仕方ないわ。早く皆の元に行きましょう。」
シェラトリスはチーナに手を差し出した。
「…。」
チーナはシェラトリスを見上げると、おずおずとその手に乗り、また見上げた。
「? どうかしたの?チーナ。」
「…あ、えと…ヴァイルとフィルの様子が気になって…。」
「そうね、まず治療室へ向かいましょう。」
治療室のドアの前で、クレーメンスとアスカルト、そしてアクア隊が集まっていた。彼らはシェラトリスが近付いて来ることに気付くと、苦笑いを浮かべた。
「…申し訳ありません、シェラトリス様。」
しゅんとした様子でクレーメンスが頭を下げた。
「取りあえず僕からは注意したから、説教は後で。」
「…ええ。今は、メンバーや騎士と話をしなくてはならないもの。」
そして、シェラトリスは治療室の中へと入った。
「ヴァイルとフィルはどこ?」
チーナがキョロキョロと頭を動かす。
「奥だ。」
アスカルトが告げ、シェラトリスはそこへ足を運ぶ。
「ここです。」
クレーメンスがカーテンを開けると、研究会のメンバーもそこにいた。
「シェラトリス様!ご無事で何よりです…!!」
すぐ傍に座っていたメロディが立ち上がり、シェラトリスの手を取った。そして、シェラトリスの顔をまじまじと見てほっとした表情を浮かべ、涙を零した。
「ご心配をおかけました。」
シェラトリスが微笑むと、メロディも微笑み返し、ハッとして握っていた手を離した。
「す、すみません…っ。」
そこで、「シェラトリス様!」と呼ぶ声がして、シェラトリスは顔をそちらへ向けた。呼んだのはエルルフだ。
「シェラトリス様、ヴァイルがシェラトリス様とチーナさんを心配していて…。」
「ヴァイル!」
エルルフの元へ近寄れば、布やクッションが敷かれた台の上に丸まるヴァイルがいた。チーナは、シェラトリスの腕から飛んでヴァイルに駆け寄る。
「わー、チーナ!良かった!」
「なーに敵の攻撃受けちゃってんの!!このおバカ!」
「わー、ごめんってー。」
ペチペチとヴァイルの鼻先を叩くチーナ。ヴァイルは全く痛くなさそうだが、シェラトリスはチーナの身体をそっと包むように抱き上げ、引き離す。
「大丈夫?ヴァイル。」
声を掛けると、ヴァイルはじっとシェラトリスを見た。
「ご主人さま…。」
「え?」
戸惑う人間たちに気付かないのか、ヴァイルは包帯の巻かれた痛々しい身体で立ち上がり、よたよたとシェラトリスの傍へ歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、ヴァイル?」
シェラトリスは慌てて手を伸ばし、ヴァイルの顔に触れる。
「どうしたの?」
シェラトリスが覗き込むと、ヴァイルは「キュ、キュ」と鳴き始めた。
「わ~っ!!」
そして、涙を流してシェラトリスに縋りついた。
シェラトリスは混乱しながらもヴァイルに負担がかからないようそっと抱きかかえた。
(どうしたのかしら?私を見て「ご主人さま」なんて。ヴァイルの主人はルヴァン先生でしょうに。…チーナも様子がおかしかったし…。)
わけも分からぬままヴァイルをあやすシェラトリスに、アスカルトが声をかけた。
「シェラトリス、フィルの元へ連れて行ったらどうだろう。」
「そうね。…あら、フィルは?まだ治療中かしら?」
エルルフが隣室を指差した。
「フィルは、治療が終わって、向こうで着替えていますよ。」
ちょうどその時、誰かが部屋に入ってきた。
「シェラトリスとエルルフはどこにいるかしら。」
(お母様だわ。)
騎士に案内されたナルフェーリヤが顔を見せた。
「あら、皆さんおそろいで。」
真剣な表情から一変、ふわりと微笑を浮かべたナルフェーリヤ。
「申し訳ないけど、シェラトリスとエルルフを借りますね。皆さんは、安全が確認されるまで、どうぞ我がクロノタトン邸で過ごしていってくださいね。」
「ナルフェーリヤ様、ティールームを借りてもいいですか?」
アスカルトが遠慮なく言えば、ナルフェーリヤも慣れた様子で頷いた。
「ええ、構いません。それでは私たちは失礼します。」
ナルフェーリヤが踵を返し、シェラトリスとエルルフがその後に続く。
「お母様、フィルの様子を見たいのですが…。」
シェラトリスがナルフェーリヤの隣に並び、そう告げれば、ナルフェーリヤは娘を安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫、私のところへ連れてくるよう言ってあるわ。」
ほっとしたシェラトリスに、エルルフが声をかける。
「シェラトリス様、チーナさんだけでも僕が預かりましょう。」
そこでシェラトリスはハッと気付いた。
(二匹とも連れて来てしまったわね…。)
「ええ、お願いするわ。」
エルルフが手を伸ばすと、チーナはさっと飛び移った。
ヴァイルはいつの間にか泣き止み、すっかりシェラトリスに身体を預けている。
(二匹の様子がおかしかったこと、フィルに聞かなくてはね。)
そこで、ナルフェーリヤの部屋に着いた。




