第11章、きなくさい空気⑥
寒いですねぇ。皆さま、お体ご自愛下さい…。
「…クレイ!!」
シェラトリス部屋の中に向かって叫んだ。「はいっ」とすぐにクレーメンスが返事をする。
「あなたも鍵は持っているわね?先に家に帰っててちょうだい、私はフィルとチーナを回収してすぐに戻るわ!」
「今、あの二人を連れてこれませんか?!」
「―――ダメね!敵が増えた…!!」
シェラトリスはフィルの方を見て、低い声で言った。
クレーメンスは苦い顔をしたが、決意したようにすぐに返事をする。
「~~~っ、分かりました!先に私たちは戻っています!」
その言葉を聞いて、シェラトリスはフィルの元へと駆けだす。
「すぐに来てくださいね!どうかご無事で!!!」
バタンと〈扉〉が閉まる音を後ろから聞いたシェラトリスは、〈古書〉を構え、フィルの横に立つ。チーナが跳躍し、シェラトリスの肩に戻った。
「ちょっと!ボク、逃げてって言ったよね…っ?」
フィルが怒った。
「こんな状況であなたを置いて行けないわ。」
(残って良かった。)
押されつつあるフィルの顔色を見て、シェラトリスはそう思った。
シェラトリスは深呼吸をして〈古書〉を見つめた。
(シュア…。あなたがもし、歴史で言われているような大罪人ではなく、婚約者や国を守るために力を揮ったのなら…私にその知恵を貸して。)
「―――〈古書よ、私に力を〉」
〈古書〉が輝き、シェラトリスの手元から浮き出す。
パラパラと軽い音を立ててページが抜け落ち、〈古書〉を一周しながら配列を変え、また〈古書〉へと戻る。
表紙の布が剥がれ落ち、これも一周して、今までとは裏表反対に〈古書〉に貼り付く。
キラキラと光の粒子が溢れ、〈古書〉の全体にまとわり付いた。
やがて光は収まったが、それは、それまでの姿をしていなかった。
しかし、シェラトリスにそれを気に留めている時間も余裕もなかった。
(…文字が、輝いてる。)
〈古書〉のページの文字がところどころ光り輝き、ゆらゆらと浮いている。
―――シェラトリスは“分かった”。その魔法を使えばいいのだと。
「―――〈言の葉よ、私に従いなさい〉」
文字をなぞるようにページをなで、言葉を紡ぐ。
「〈我が敵を捕らえよ〉―――。」
文字がページから抜け出し、フィルの結界を出て敵の元へと駆け巡る。
「なんだ?!」「くそっ!」「これは何なんだ?!」
敵は、自らにまとわりつく文字を払おうと腕を振り回すが、全く効果がない。
文字は、敵一人一人の身体の周りを飛び、螺旋を描き始めた。すると、敵の動きがぴたりと止まった。当然、攻撃も止む。
「しゅ、」
チーナが何か言いかけたが、フィルの言葉にかき消された。
「シェラトリス…。」
その時、近くで〈扉〉の開く音がした。シェラトリスたちより少し敵側に近いところだ。
見知らぬ生徒が一人、出てきた。
「…。」
その生徒がシェラトリスの方を見たかと思うと、目を丸くした。
「危ないから、にげ―――」
刹那、シェラトリスに向かって、生徒がナイフを振りかぶってきた。
「死ね、白ノ魔女。」
「―――っ!!!」
咄嗟に反応できないシェラトリスに代わって動いたのは、チーナだった。
「させないわ!!!」
杖を向け、至近距離から魔力光線を放った。その生徒は吹っ飛び、天井に激突して地面に落ち、気絶した。
「皆、無事ですか?!」
後ろから、バタンと勢いよくドアを開ける音がして、エルルフの声が聞こえてきた。しかし、彼に返事をする余裕は、二人と一匹にはなかった。
「どういうことなの…。」
「本当、最悪なんだけど…。」
「なんで…。」
同じ学校の生徒に狙われた、そうショックに浸る間もなく、その生徒が出て来た〈扉〉から、続々とマント集団がやってきていた。
フィルとチーナが身構え直そうとしたが、その横を颯爽と通り過ぎ、二人と一匹をかばうように前に立った者たちがいた。
それは、クロノタトンの騎士たちだった。
「お疲れ様でございました、お嬢様。後は我々にお任せください。」
「フィル、お疲れ様。あとは私たちが引き受けるわ。」
フィルは、味方が新たに防御結界を張ったのを見て、自分の張った結界を解除した。そして、シェラトリスに向き、その目を見つめた。
(もう、大丈夫ね。)
シェラトリスも魔法を解除した。その途端、敵にまとわりついていた文字は、ぽとぽとと床に落ち、じわりと霞んで消えていった。それと同時に、〈古書〉に文字が戻った。ただし、輝きは失われ、ただの文字と化している。
「シェラトリス!」
フィルに引っ張られながら、エルルフが待つ〈扉〉へと駆ける。二人と一匹が逃げ込むように入ると、エルルフが廊下に顔を出して叫んだ。
「後はお願いします!」
騎士の一人が「承知しました!」と返したのを聞いて、エルルフはドアを閉め、鍵を差し回した。
再びドアを開けると、そこは見慣れた玄関ホールで、シェラトリスはほっと胸を撫で下ろした。
「ご無事ですか!お嬢様!」「大丈夫ですか?!お怪我などは…!」
クロノタトン家の使用人、騎士がわらわらと集まった。
「私は大丈夫だから、早くフィルを治療室へ。」
無事に家に帰れた安心感に浸る間もなく、指示を出すシェラトリス。
「かしこまりました。―――フィル、治療を受けながら報告してくれ。」
「待って。それより、ヴァイルは?」
「狐の獣魔のことだったら、先に治療室に…―――」
モーリスがフィルと共に治療室へと向かった。
シェラトリスがその姿を見送る中、冷静さを保ちながらも酷く心配した顔のララノアに話しかけられる。
「シェラトリス様。シェラトリス様も治療室へ…。」
「かすり傷程度よ、安心して。」
「…かしこまりました。では、そのお手当とお着替えをいたしましょう。」
「ええ。…エルルフ、あなたもきちんと診てもらってね?」
「僕は全く怪我をしていないので大丈夫です。ですが、ヴァイルや他の皆が気になるので、治療室へ行こうと思います。」
「頼んだわ。」
「はい。では失礼します。」
エルルフと別れ、シェラトリスはユアンとレナードに付き添われながら、シェラトリスは自分の部屋へと向かう。すると、途中でククア隊のメンバーと遭遇した。
「シェラトリス様!お帰りになられて何よりです。お怪我はされていませんか?」
「私はかすり傷 程度です。アスカルトとクレイも…大きな怪我をしていなかったと思いますが、どうでしたか?」
「おかげさまで、軽傷です。よく、守り抜いてくださいました…。」
「いえ、私だけの力ではないですから。…皆さま、お気をつけてくださいね。私たちの研究会のメンバーが来ていますので…。アクア隊はどこに?」
「ああ、そのことなんですが…。」
チェーナが苦い顔をした。
「実は、殿下方がお着きになられた際、クレイ様が慌てていらしたせいで、アクア隊がここにいることを話してしまい…。」
「ええっ?!!」
「アスカルト様も、誤魔化さずそのまま明かされてしまい…堂々とされています。」
「もう…。」
シェラトリスは驚きと呆れで何も言えなかった。
「クレイの正体とククア隊のことは…?」
「そちらは大丈夫です。ですので、私たちはこっそりこちらで控えさせていただこうと思います。」
「分かったわ…。皆さま、お気をつけて。」
(どこから説明しましょうか。)
シェラトリスは部屋に入った途端、大きくため息を吐いた。




