第11章、きなくさい空気⑤
遅れてしまい、申し訳ありません。
階段を駆け上がる。建物内に侵入者がいるのかいないのかは定かではないが、建物内のどこか遠くや外からは、ひっきりなしに悲鳴や攻撃の音が聞こえてくる。
(王宮への〈扉〉は、私たちの一つ上の階…!)
アスカルトから聞かされていた情報を思い起こし、迷いなく上へ上へと進む。
この〈扉の館〉は、身分によって〈扉〉の設置されている階層が異なる。
二階は、実家が裕福だったり、特殊な事情があったりする平民用である。三階は下級貴族、四階は中級貴族、五階は上級貴族用だ。そして、六階・七階のどちらかに王宮・宮殿へと繋がる〈扉〉があるが、たくさんの〈扉〉の中で正解はたった一つだけ。他は全てフェイクで、監獄や森など、どこか適当な場所に繋がっている。
ちなみに、一階はロビーとラウンジ、最上階は広間のため、〈扉〉は設置されていない。
「「「はぁ、はぁ、はぁ…っ。」」」
皆、息を上がらせながらもスピードを落とさない。
ただ、その中で一人、特に呼吸が苦し気な者がいた。エルルフだ。メロディを抱えて散々 走った挙げ句、階段を上り、そろそろ限界が近い。
「エルルフ、替わるよ。」
二階に到達した時、フィルが声をかけた。有無を言わさぬような雰囲気で、間髪入れずに続けて言葉を発する。
「エルルフ、そのまま走って。アンドロ、一瞬 浮くけど大丈夫だから。」
そう言ってフィルは魔法を使った。メロディの身体が浮き、エルルフから離れると、身体の向きが変わってフィルに横抱きに抱えられた。
「ありが、と…!」「すみません…っ!」
息も絶え絶えにエルルフが礼を言い、メロディはひどく申し訳なさそうに謝った。
「別に。危ないからしっかり掴まってて。」
フィルは淡々と返した。
(こういう時のフィルって、意外と、結構、仲間に優しいんだな…。)
普段 揶揄われてばかりのエルルフは、心の中で泣いて喜びを噛みしめた。信頼の積み重ねを感じる瞬間である。
(あと少し…!)
六階に到達し、慎重になる。
(この外は安心かしら…。)
非常用階段ゆえに窓は一切なく、外の状況は分からない。階ごとにドアが設置されており、おそらくそこから出れば、いつものフロアに入れるのだろう。
(着いた…七階ね。)
シェラトリスが、全員が息を整える時間を設けた。
「スティルグ、替わって。」
フィルがメロディを下ろし、シェラトリスの隣に並んだ。レイベルはフィルの指示通り、後方に回ってメロディを抱き上げた。
全員の顔を見回し、フィルは次の指示を出す。
「最初にフィルが確認するよ。シェラトリス、3・2・1でドアを半分開けて。もし侵入者がいたらすぐに引き返すけど、危険がある時はフィルのことは無視してドアを閉めるんだよ。あと、アスカルト王子がドアを開けている間に異常が発生したら、皆すぐにここに戻るよ。」
皆が頷く。
「じゃ、行くよ…3、2、1。」
シェラトリスは、音を立てないよう気を付けながらドアを半分ほど開けた。
人はいない。廊下は静まりかえっており、何の異常もなさそうだ。
フィルはそっと中央階段まで行き、確認してシェラトリスに合図した。
「オーケー。」
シェラトリスとクレーメンス、アスカルトが素早く正解の〈扉〉まで走る。一瞬 遅れて他メンバーもその後に続く。
正解の〈扉〉は、フィルより二つほど手前にあった。
アスカルトが懐から鍵を出した次の瞬間。
ガシャンと大きな音が鳴った。
ぎょっとして音の方を見ると、廊下の奥、フィルの向こう、不審者が窓ガラスを蹴破ってこのフロアに入って来ていた。
ガシャン、ガシャンと、続けて音が鳴り、侵入者が増える。
計六人の侵入者と対峙することになった。
「最悪!」
フィルはそう吐き捨てながら素早く防御結界を張った。それとほぼ同時に、侵入者は攻撃を放ってきた。
「いい加減にしてくれる?こっちは暇じゃないんだよね!」
フィルが苛立ちを含んだ声をぶつける。
「…アスカルト殿下とクロノタトン嬢を引き渡せ。そうすればお前たちを見逃してやろう。」
敵の一人が静かな低い声で言葉を発した。
(―――!!)
狙いはどうやらアスカルトだけではなかったようだ。
「―――はあ?」
それを聞いたフィルは、怒りを露わにする。
「は?シェラトリスも?…じゃあ、なおさら負けられないね!」
普段の飄々とした態度や淡々とした態度がどこへと吹き飛んだ。
並みの者には出せぬだろう恐ろしい殺気を放ち、凄みを利かせる。
「……主を傷付ける奴は許さない。絶対に、絶っ対に。」
フィルの〈書〉が光をまとう。キラキラとした光の粒子がフィルの周りに漂う。
「―――殺す。」
静かな声と共に、強烈な魔力光線を放ち始めたフィル。
フィルは、一人で六人を相手するつもりだ。それも、ルヴァンやその使い魔、フルーウなどの目を掻い潜ってきたであろう強者共を。
(だめ、だめよ、フィル。)
防御結界と同時に凄まじい攻撃を行っている。魔力消費は尋常ではないはずだ。それでなくとも、これまでに大量消費してしまっているだろうに。
(そのまま一人で戦ったら死んじゃうわ…!)
「フィル……っ!!!」
シェラトリスは、フィルの傍に駆け寄ろうとした。
が、後ろから誰かに腕を掴まれ、口を塞がれ、強い力で後ろへと引きずられる。
「―――大丈夫だよ。フィルはここにいる。」
背後で囁かれた声にシェラトリスは驚く。
(フィル…!)
いつの間にかシェラトリスの背後にフィルがいた。しかし、前にもフィルがいる。
「静かに戻るよ。」
状況を完全に把握できたわけではないが、フィルに手を引かれ、非常口階段へと戻るシェラトリス。すでに他のメンバーはそこへ引き返しており、ヴァイルが門番のように立っていた。口から煙を吐き、身体やその周りには、狐火が上がっている。
「ヴァイル、そろそろいいよ。そのまま後ろに下がって。」
フィルはシェラトリスと共に下がると、ヴァイルに声をかけた。
ヴァイルはフィルの言葉通り、後ずさりをして身を引っ込めた。
「いくよ…3、2、1!」
ヴァイルの合図で狐火が消え、同時に、敵と戦っていたフィルの姿が消えた。
敵が動揺した一瞬のうちに、フィルがバタン!!とドアを勢いよく閉めた。
(そういうこと…!ヴァイルが魔法を使って幻影を見せていたのね!)
一体いつから使っていたかは分からないが、ヴァイルが幻惑魔法を発動し、フィルが皆を誘導して戻らせたのだろう。
「五階に戻ろう。シェラトリスとエルルフの〈扉〉がこの階段を出てすぐの場所にあるはずだから。」
そうフィルが告げ、シェラトリスと共に先頭に立って階段を駆け下りる。
「アスカルト様、何かあったのですかっ?」
階段を下りながら、シェラトリスが問う。幻惑魔法が発動されていたのなら、あのまま〈扉〉を開けることができたのではないだろうか。
「異常が重なったせいで、鍵が回らなかった!」
アスカルトは簡単に答えた。シェラトリスはそれがどういう意味か、全てを理解した。
実は、王宮・宮殿に繋がる重要な〈扉〉は、アクシデントが発生すると、一定の条件下でしか開かないようになっている。今回の場合、窓ガラスが割られ、侵入者が入り、魔法が使用されたことで、開錠に制限がかかったのだろう。
このような時に〈扉〉を開けるには、〈番人〉や管理人が傍にいるとか、侵入者を追い出す、もしくは殲滅するとか、特別な呪文を唱えるとか、そういったことが必要になる。〈番人〉も管理人も近くにいないし、フィルと学生だけでは強力な侵入者を殲滅どころか追い出すこともほぼ不可能だし、特別な呪文は長くて、それまで幻惑魔法や防御魔法が持ちこたえられるかどうか怪しい。それゆえに引き返すことに決めたのだろう。
緊張と不安が続き、多少の差はあれど、全員に疲れが見え始める。
「メロディ嬢、大丈夫かい?」
アスカルトが隣を見て声をかける。
「だ、大丈夫です!ワタシなんて、ただ守られているだけで…!」
しかし、その声に、部室にいた頃のような元気さはない。顔色も少し悪い。
(メロディ様にも負担がかかってしまっているのね…!)
自分で走らずとも、長時間も荒っぽく運ばれていれば、多少は体力を削られるだろう。それに、何より、精神面での負担がメロディには大きいのかもしれない。人に庇われているだけだと罪悪感を抱えているようでもあるし、それが身体に悪い影響を及ぼしているのかもしれない。
「がんばりましょう、あと少しです…!」
クレーメンスがメロディに声をかけた。
「はい…っ。」
メロディの顔と声に、微かに気力が戻った。
「さっきと同じだよ。行くよ…3、2、1!」
シェラトリスがドアを開け、フィルが確認する。そのフロアには生徒がちらほらといた。皆、必死になって自分の〈扉〉を開け、中に駆け込んでいる。
「シェラトリス!」
フィルの声を合図に、シェラトリスは大急ぎで自分の〈扉〉の前に立ち、鍵を差し込んだ。そして鍵を回そうとした次の瞬間。
バチバチバチ…!!
耳を劈くような大きな音がすると思った次の瞬間、後ろからぐいっと引っ張られた。倒れそうになったが、支えられて無事だった。
「ほんっと、しつこい!!」
フィルが〈書〉を片手に対峙しているのは、マントに身を包んだ不審者である。
それを見て、シェラトリスはショックを受ける。
「フィル…!!」
フィルの片腕と片脚から血が流れ、ぽたぽたと床に垂れていた。
「シェラトリス、逃げて!」
フィルが叫び、再び魔法を使用する。
「ヴァイル、もう一度…っ?!」
魔法をお願い、と言おうとして、シェラトリスは再びショックを受ける。ヴァイルは、後ろ足の腿から血を流して倒れていた。
「ううう~っ…。」
痛みに悶え鳴くヴァイル。エルルフがおろおろとハンカチを取り出し、出血箇所に強く押し当てた。
その近くでは、なぜかメロディとレイベルがひっくり返って倒れていた。がばっとレイベルが身を起こし、その下になっていたメロディに「大丈夫か?!すまない!!」と声をかけている。
「ふざけんな!」
甲高い声で叫んだチーナが、シェラトリスの肩から飛び降り、フィルの隣で魔法を使って攻撃を始めた。
「よくもフィルとヴァイルを!」
そう言いながら、チーナがとめどなく攻撃を繰り出している。
シェラトリスは混乱して動けなかった。しかし。
「シェラトリス、早く〈扉〉を開けるんだ!」
背後からアスカルトに声をかけられ、シェラトリスははっと意識を戻した。
どうやら、先ほどシェラトリスの身体を引いて助けてくれたのは、アスカルトとクレーメンスのようだった。アスカルトは、攻撃がかすったのか、頬から少し血を流しながらシェラトリスを見つめており、クレーメンスはシェラトリスの腕に抱き着き、震えていた。
(ぼうっとしている場合じゃないわ!!)
シェラトリスが復活したのを見たアスカルトは、万が一に備え、〈書〉を構えてシェラトリスとクレーメンスを守るように立った。
シェラトリスは素早く〈扉〉に張り付くと、差しっぱなしの鍵を回した。カシャンと音がして開錠できたことを確認すると、その〈扉〉を開けた。
「入って!」
最初にクレーメンスとアスカルトが入り、その次にメロディとレイベル、ヴァイルを抱きかかえたエルルフが入った。
「フィル!チーナ!」
シェラトリスが促すと、チーナがちらりと視線を寄こした。そのまま流れるようにフィルへと視線を向ける。何か気遣うような視線だ。
「フィル?!早く!!」
シェラトリスがもう一度声をかける。
「…シェラトリス、チーナ、先に逃げてて。」
フィルは静かにそう返した。
「…。」
シェラトリスは、フィルが全て引き受けるつもりだと察した。
この章ももう少し続きます。




