第11章、きなくさい空気③
今回長くなりました。おそらく次回も長くなるでしょう。
「どうしたの?」
シェラトリスが緊迫した様子の三人に声をかけた。
「侵入者です。」
レイベルが簡潔に答えた。その言葉にシェラトリスらは一気に警戒心を抱いた。
「どこから?何者?誰狙い?何目的?」
フィルが矢継ぎ早に問う。
「侵入経路は不明だが、寮と第二校舎にいるらしい。寮側にいた連中だけでも十数名はいそうだ。」
アスカルトが鋭い目つきで寮の方向へと顔を向ける。
第二校舎とは、五年生から八年生までの、シェラトリスらも使っている校舎のことである。
「私たちは、ちょうど殿下とこちらへ向かっていたところで騒ぎを聞き…急ぎ、こちらへ避難して参りました。」
緊張感を持って報告をするエルルフ。
「戦い慣れている連中と思われます、身のこなしが武人のようでした。どのような目的があるのか分かりませんが…。どこかへ向かおうとしているのか、何か・誰かを探しているのか…、そのように見えましたね。」
そう言ってそっとカーテンをめくって窓の外を確認するレイベル。
付近に怪しい気配はなかったらしく、すぐにカーテンから身を離した。
「これからどうしましょうか。“アスカルト様”狙いの可能性だって十分あり得ますし。」
クレーメンスが隠しきれない不安を表情と声に乗せて発言した。
「ここで危険が去るのを待つか、〈扉〉を使って学園から離れるか…。」
どのようにこの危機を乗り越えるか思案するシェラトリス。
その時。
コンコン、コンコン
ドアを叩く音が聞こえた。
しかし、随分と軽くて小さな音だ。それも、やや下方から鳴ったように感じる。
「…皆下がって。」
フィルが最前へと出て身構える。
その後ろにシェラトリスとエルルフ、レイベルが立ち、アスカルトを奥に避難させる。その傍にはクレーメンスとメロディが付き、万が一に備えた。
皆が配置に付いたのを確認して、フィルがドアに近寄る。
「どちらさまですかぁ。」
気の抜けるような声で、フィルはドアの向こうに問いかけた。言葉の印象とは反対に、その顔は真剣で、戦闘態勢を保っている。
「コンコン。ボクだよー。ルヴァンの狐、ヴァイルだよー。」
「チーナよ!怖いから早く開けて、フィル!」
少年のようなやや中性的なのんびりした声と、幼い女の子のような甲高い元気な声が返ってきた。
フィルは大げさに肩をすくめて、危険がないことを皆に示した。
そして、ほんの少しだけドアを開けた。僅かな隙間からするりと入ってきたのは、狐とハムスターだった。
「やあやあ、白歴史研究会のみなさん。ルヴァンのお使いで来たよ、はじめまして!」
「ご安心ください、我々はルヴァン・イヴァンシェの使い魔です。」
皆の前でお座りをした狐と、その狐の頭の上で手を振るハムスター。
「ボクはヴァイル。こっちはチーナ。」
「ルヴァンの言いつけで来ました。皆さんをお守りします。」
そう言うと、ハムスターのチーナは狐のヴァイルの首に降りて行った。彼の首輪に取り付けられた通信装置に触れ、それに向かって言葉を発する。
「もしもし?こちらチーナ。応答願います。」
[こちら、メルーンです。どうぞ。]
「フィルらと合流しました。どうぞ。」
[了解。…そちらでしばらく待機していてください。]
「了解。以上。」
(まあ…。)
シェラトリスは驚いた。かなり統制された使い魔たちだ。
驚く面々を余所に、フィルは慣れた様子で話しかける。
「ここで待ってろって?」
「そうみたいだねぇ。ここで守りを固めておけばいいかな。」
「防御魔法を強化しとくか…ん?」
その時、タンタンと天井が鳴った。何か柔らかいもので叩いているような音だ。
「どもども~フィル君。吾輩だ、入れておくれ~。」
渋い低い声。飄々とした話し方をした、年配の男性のようだ。
「ええ~…。」
フィルは少し嫌そうな顔をして天井に手をかざした。すると、急にぽかりと天井に小さな穴が開き、何かが落ちてきた。
「ひょおおおお~!!!」
落ちてきた小さな塊は奇妙な声を発しながらも、華麗に着地を決めた。
「お、驚きましたぞ…。フィル君!年寄りをもっと大事に扱ってくれ!」
「じゃあ天井から来ないで。」
「転移紋は、吾輩用に各天井に設けてあるんじゃ。」
「あいつの使い魔はちゃんとドアから来たのに。」
「それはお行儀が悪くてすまないな。」
「それで?アナタはなぜここに?―――“フルーウさん”。」
そう、落ちてきた塊は、〈扉の館〉の居候猫―――もとい、フルーウだった。
フィルとヴァイル、チーナ以外は、初めてその声を聞いた。話せるとは知らなかったため、衝撃が大きく、皆一様にポカンとしている。
「そりゃ、殿下の御身の安全を確かめるために決まってるじゃないか。」
そう言ってにんまり笑った顔をアスカルトの方へ向けるフルーウ。
「殿下方、ご無事でしたか。」
「あ、ああ…。」
「それは何より。さあ、帰るべき場所へお帰りなさいませ。道中の安全は、このフルーウが確保いたしますから。」
「あ、ああ…。…あ、いや、しかし…。」
衝撃が抜けないアスカルトは、了承の返事をしたが、すぐに我に返って、躊躇う素振りを見せた。
「ここにいた方が安全ではないですか?」
クレーメンスが咄嗟にそう質問した。
フルーウは首を横に振る。
「どうやら奴らの狙いは複数あって、その一つがアスカルト殿下に関することである様子。敵の人数も多く、ここもいつ襲撃されることか分からないですぞ。」
「なるほど…。分かりました。ではここにいる皆で一度 王宮に避難しよう。」
「え、えっと…ワタシたちも、ですか…?」
「ああ。学園から逃げるために、図書館の〈扉〉を使うなら王宮一択になるし、〈扉の館〉を使う場合も、それぞれの家の〈扉〉の部屋に行く皆の安全を確保する余裕はないからね。」
「あ、いえ、その…。」
メロディは口ごもる。
「ワ、ワタシはあまり走れないので…危険が去るまでここにいます。み、皆さんはワタシのことは気にせず、どうぞ避難してくださいませ…。」
「そう言えば以前…〈古書の儀式〉の際、メロディ様の代わりにメアさんとルヴァン先生が取りに行っていましたものね…。激しい運動はできない、ということですか?」
「そ、そうなんです…。足手まといになってしまいますので…。」
「いくらここの結界が強いとは言っても、限度はあるよ。一人で立て籠もっているところに侵入者に襲撃されたら突破されてしまうし。」
「そうですよ。…そうだ、差し支えなければ、私が抱えていきますから。」
「そうね、エルルフに頼みましょう。」
「そ、そんな…侯爵家の方にそんなことしてもらうのは…。」
「いえ…魔法の腕にはまだ自信がなくて戦力になりませんし、付いていくのが精一杯なので、これくらいはさせてください。」
苦笑いを浮かべるエルルフ。
メロディをエルルフが抱えていくことがほぼ決まった空気となり、ヴァイルとチーナが通信装置を使って、フルーウと共に〈扉〉を使って避難することを伝える。
その間に、クレイが質問する。
「図書館と〈扉の館〉、どちらに行きますか?」
「近いのは図書館だけど…侵入者がいるという第二校舎の方向なのよね…。」
「第一校庭を突っ切って〈扉の館〉に行きますか?寮側にいた侵入者と出くわす危険性がありますが…。」
「…ここはやはり、一番近い図書館に―――」
そこで、チーナが声を発した。
「待ってください!図書館はだめです!」
皆がチーナに注目する。
[こちら、図書館のシン!図書館に集まってきている不審者は、第二校舎にいた侵入者のようだ!図書館に来るのはやめた方がいい!どうぞ!]
[こちら、メア。主らと共に、寮にいる侵入者と応戦中です。――ヴァイル、チーナ、我々が食い止めている間にアスカルト殿下方の避難警護を頼みます。どうぞ。]
「こちら、チーナ。了解!以上。」
フィルは皆の顔を見回した。
「決まったね?じゃあ、さっさと行くよ。フィルとチーナが先頭、その後ろがシェラトリスとクレイで、その後ろがアスカルト王子とエルルフ&アンドロ、その後ろがスティルグとフルーウとヴァイルね。」
フィルが提案した陣形に、全員が頷き了承すると素早く配置に付いた。エルルフとメロディ以外の全員が〈書〉を出した。
エルルフが「どうぞ」と一言告げ、メロディに背を向けてしゃがみ込んだ。「すみません…、お願いします」とメロディがその背に乗る。「しっかり掴まっていてくださいね」とエルルフが言ってアスカルトの横に並んだ。
全員の準備が整ったのを見て、フルーウが声を張る。
「行こう!」




