第11章、きなくさい空気②
今回は結構 長いです。
「入るぞ。」
ノックの後、一言告げて部屋に入ったソフィニアにシェラトリスも続く。
「失礼します。」
中には、いつものフード姿のルヴァンがいた。肩には当然、カラスのメアがいる。
「“来たな、クロノタトン。準備はいいか?”」
話し方も“ルヴァン”だ。
シェラトリスは、以前ルヴァンとヴァリオが同一人物であると明かされた時のことを思い出した。
(「時が来たら全て説明する。だから、このことは他の皆にはまだ秘密だ」…。そう、ルヴァン先生は仰っていたわね。なぜ、あの姿の時は賢王の名を使っているのかも、謎のままだわ…。)
ルヴァンという本名を隠すための偽名として、ヴァリオ王の〈古書〉を持っていることからその名を使っているのだろうか。やや安直にも感じるが、ヴァリオという名は少なくない。賢王にあやかって欲しいと、我が子に付ける名としていつの時代も一定の人気を誇るからだ。
(ルヴァン先生は、先生と医者という立場を持って、一体何をしようとしているのかしら。)
それも、同一人物だとバレたくないようだ。偽名を使ったり素顔を隠したりまでして。
(人脈も広いようだし…。)
宮殿図書館の〈番人〉、レイジン第一王子とその騎士、王立研究院の研究員と〈番人〉…。
(しかも、貴族ではない…のよね?)
一介の教師あるいは医者にしては、あまりにも情報量が多い。ルヴァンの正体に迫る度に謎が増える。この様子では、未だ全体像すら掴めていなさそうだ。
ルヴァンはかなり素性の怪しい人物ではあるが、シェラトリスには不思議と彼に対して警戒心が湧かない。冷淡な発言や態度とは反対に、生徒を慮る行動を取っているからだろう。その上、ヴァリオとしての対応は柔和で優しく、むしろ、彼の素はヴァリオなのではないかと思われる。
そういうわけで、シェラトリスはルヴァンを信用し、ルヴァンの二つの顔の使い分けに何の抵抗もなく付き合っていた。
「はい。よろしくお願いします、ルヴァン先生。」
「“よろしい。”」
ルヴァンの言葉を代弁しながら、メアが満足そうに笑ったような気がした。
今日の個人指導では、かなり簡単な内容で、今まで散々、授業でも日常生活でも使ってきた簡易魔法を〈古書〉を用いて発動するというものだった。火、水、雷、氷、風など…それらを直接 発生させるのではなく、〈古書〉という媒体を通して発生させるのだ。
それは低学年レベルの魔法で、いわゆる生成魔法と呼ばれるものだが、〈古書〉を用いて魔法を使うという点で、シェラトリスの心のハードルは高い。
(良かったわ…いきなり操作魔法をやるなんて言われなくて。)
生み出したものやすでに存在するものを操る魔法、即ち操作魔法も低学年レベルだが、それでも生成魔法より難易度が高いことは確かである。基本的に、生成魔法の後に操作魔法を学ぶ。この個人指導でもその段階を踏むとなれば、シェラトリスの〈古書〉に対する不安感も和らぐ。ルヴァンもそれを見越して一から始めてくれたのだろう。
同学年の者は、すでに〈書〉を用いて簡単な操作魔法を使う段階を経て、高度な操作魔法を使う練習に入っており、シェラトリスはかなり後れを取っている。が、それを気にしてすぐにでも追いつこうとすれば、魔法の練習で事故を起こす危険性が高くなる。焦らず段階を踏んでいくことが大切だと、最初にソフィニアにも告げられた。
「“これからは、お前の魔法の調子や心の状態を鑑みて、指導を進めよう。”」
昼休みが終わる頃、個人指導は終わった。次の個人指導の日程を告げられ、シェラトリスは二人にお礼を言って別れた。
その日の放課後。
シェラトリスたちはメンバーが集まるまでの間、部室で談笑していた。アスカルトとエルルフ、レイベルがまだ来ないうちに、メロディは現れた。
「お待ちしておりました、メロディ様。」
「ごきげんよう、皆さま…。ええと、その、シェラトリス様…本当に、よろしいのですか?ワタシが入部しても…。」
おずおずと最後の確認を取るメロディ。シェラトリスは微笑んで歓迎の意を示した。
「もちろんです。さぁメロディ様、こちらに署名をお願いします。」
入部届とペンをわたすと、メロディは安心や喜びが混ざったような顔でそれに記入した。
「よ、よろしくお願いします…!」
やや興奮した様子で用紙をわたすメロディ。
「はい、確かに受け取りました。…これからもよろしくお願いします、メロディ様。」
シェラトリスが手を差し出すと、メロディはその手を取り、そっと握手を交わした。
「さあメロディ様、こちらへどうぞ。」
シェラトリスが勧めた椅子にメロディが腰かけ、クレーメンスがお茶を出した。
「全員集まってから始めますから、それまではお茶とお菓子を楽しみましょう。」
「はい。」
それからしばらくは、メロディを中心に会話が繰り広げられた。
最初に、メロディの体調について話題になると、部活動に参加するにあたって自分たちに知っておいてほしいことなどはあるかとクレーメンスが聞くと、メロディは懸念事項を語った。話を聞くに、幼い頃から病弱で、それに関して大分苦労してきたようだ。クレーメンスが同情的な姿勢を見せると、メロディは安堵の表情を見せた。どうやら理解者がいると分かって安心したようだ。
同性のシェラトリスと親身なクレーメンスとだけとの会話ということで、メロディは段々と打ち解け、リラックスした様子を見せるようになった。
―――和やかな雰囲気の中。そろそろ全員揃ってもおかしくない時間。事件は起こった。
それまでシェラトリスらから少し離れた位置で、一人自由にダラダラとお菓子を食べていたフィルが、急に立ち上がった。
「…。」
〈書〉を出して魔法でカーテンを閉めると、部室の結界を強固にした。そして、ピリピリとした緊張感を持って、いつでも動けるようにといった感じで、シェラトリスの傍に控えた。
その素早い行動に驚くシェラトリスらが言葉を発する前に、フィルが告げる。
「外の様子がおかしい。」
次の瞬間、勢いよくドアが開いて、アスカルト、エルルフ、レイベルの三人が駆け込んできた。




