第10章、危険な秘密④
結構長くなりました。
「ここが魔女・魔力研究を行っている研究室だよ。」
フィルが説明し、その間、レイラが自分の首に下げていたネームプレートをドアに当てた。
カシャン…と小気味好い音が響き、その動作で開錠したことが分かった。
「さぁ、入って!」
ローズマリンとヴィゼが先に入り、皆に向かってそう言った。
「…。」「失礼するよ。」
一番ドアに近かったルヴァンとアスカルトが中に入り、フィルとシェラトリスがその後に続く。そして、クレーメンスとレイベル、エルルフが入り、最後にレイラが中に入り、ドアを閉めた。
中は、いかにも研究室という感じの設備が整えられていた。学園にある〈白歴史研究会〉の研究室よりも、広く立派であるのはもちろん、クロノタトン家にある専属研究団の研究室やフィルの自室のように、部屋を埋め尽くすほどほど物の数は多いが、ここはかなり整頓されている。研究に関係のないインテリアは一切なく、秩序を感じられる配置だ。
圧倒される機器の数、見たことのない物体や装置、それらが総じて醸し出す威厳に、フィル以外の研究会のメンバーはそわそわしだす。不躾にならない程度に、あちこちへ視線を動かす。
そんな中、こほんとルヴァンが咳払いし、きょろきょろと忙しなく目を動かしていた者たちは、はっとして気を引き締め、ルヴァンに注目する。
「“これから話すことは、公には知らされていないことや、極秘事項とされる非常に重要なことだ。〈白歴史研究会〉と王立研究院、双方の研究のため、今後の国のために明かすが、決して外部にもらしてはいけない。”」
皆は、真剣な表情で頷いた。
「“では話そう…。まずは、これを見なさい。”」
ルヴァンがレイラのほうへ向いた。それを合図に、レイラが通信装置のような手のひらサイズの箱型の装置を取り出し、それを起動した。よく見ると、それは映像記録媒体だと分かった。
「こちらです。」
そう言って、その装置を壁に向けた。
映し出された映像は、実験室のような場所で、様々な魔法生物がカプセルの中に閉じ込められている様子を捉えたものだった。
「さっき、黒ノ魔女と白ノ魔女それぞれの魔力が魔法生物におよぼす影響について、結論をだしていましたよね?」
ローズマリンが指示棒を持ってきて、映像の中の魔法生物を指し示した。
「これが、黒ノ魔女が魔力をあたえ、せわした植物型・動物型それぞれの魔法生物です。これが、白ノ魔女が魔力をあたえ、せわした植物型・動物型です。なお、あたえた魔力量、せわをした人数はすべて同じです。」
両者には、明らかな違いがあった。黒ノ魔女が関与した方が、植物型・動物型共にかなり凶暴化しており、逆に、白ノ魔女が関与した方が、奇妙なほどおとなしくなっている。
(私たちの推測は正しかったんだわ。)
シェラトリスが考えたことは、他のメンバーも同じだったようだ。ローズマリンが皆の反応を見て、話を続ける。
「つづいて…。」
映像が切り替わる。
「こちらが、黒ノ魔女が魔力をあたえ、それいがいのせわを白ノ魔女がおこなった植物型・動物型です。こちらは、そのぎゃくで、白ノ魔女が魔力をあたえ、そのほかのせわを黒ノ魔女がおこないました。」
こちらは、顕著な違いはなかった。
「見ためではわかりにくいが、黒ノ魔女が魔力をあたえたほうが、よりたかい変異魔力――つまりは瘴気をもっていたぞ。」
いつの間にか指示棒を手にしていたヴィゼが、解説に加わった。
「もっとも重要な発見は、この次です。」
映像が終わり、別なものが映し出される。今度は画像のようだ。いくつかのグラフや表が並び、それに細かく文字・数字が書き込まれている。
「これは、詳細な比較研究のまとめです。」
「黒から白まで、髪色の濃さを段階的にわけて、先ほどみせた映像の実験と同じ実験をしたぞ。」
(!!)
髪色の濃さまで考えが及んでいなかったシェラトリスらは、驚く。
「結果、一般的に黒髪とよばれる濃さのものたちがかかわった魔法生物は、瘴気の保有量がふえ、白髪とよばれる濃さのものたちがかかわった魔法生物は、瘴気量がへりました。」
(!!)
「では…。」
クレーメンスが思わず声を発すると、ローズマリンが続きの言葉を察し、頷く。
「ひとまず、こちらをみてください。」
別の画像に切り替わる。
「これは、同じ髪色の濃さの黒ノ魔女をいくつかのグループにわけて、それぞれあたえる魔力量をかえるという実験をおこなった結果だ。」
「ごらんのとおり、あたえた魔力量が多ければ多いほど、瘴気量はふえました。」
「まだあるぞ。」
別の画像に切り替わる。
「こんどは、魔力をあたえず、せわだけをして、そのせわをする人数をかえるという実験だ。」
(!! そこまで実験したのね…。)
シェラトリスらはかなりの衝撃を受けた。
「結果、人数がふえればふえるほど、とても小さな差ではありますが、瘴気量がふえました。」
「…おそらく、魔女はそこにいるだけで魔力を放出していることが関係しているんでしょう。」
レイラがそう補足説明した。
「白ノ魔女でも、これらと同じ実験をしたぞ。結果はもう予想がついているだろうが、瘴気量がへる、という点いがいでは同じ傾向がみられたぞ。」
そこで、画像が消された。ヴィゼが指示棒を畳みながら口を開く。
「つまり、シェラトリスたち〈白歴史研究会〉と王立研究院の仮説は正しかったのだ。」
ローズマリンも指示棒を畳みながら口を開く。
「魔法災害の原因――魔法生物の狂暴化の原因は、黒ノ魔女の魔力にあると、かくじつにいえます。」
やはり、という空気が流れる。
「否定の余地がありませんね。」
レイベルの言葉に、レイラが頷く。
「驚くべきことに、この事実はおよそ800年前――ハーシュが生きていた時代には、すでに発覚しています。我々(われわれ)は、よりたしかな事実として示すため…、つまり、実証のための実験を行ったに過ぎません。」
―――沈黙。
(何ですって…?)
「ハーシュの時代にはそれがすでに実証されていた…?」
アスカルトが驚愕した様子でレイラの言葉を繰り返した。
「まさか…。そんな…。」
「800年…。それほど長い時間、なぜ、どうして、秘匿されたんでしょう?黒至上主義者が妨害してくるからと言っても、この事実さえ公表されれば、白ノ魔女に対する偏見や差別は広まらなかったのではないですか?」
シェラトリスはやや感情的になって言った。
“黒髪こそ、最も優れる魔女の証”―――。それが、黒至上主義者たちの長きにわたって唱えられてきた主張だ。
しかし、その黒ノ魔女こそ、全ての魔女を脅かす魔法災害の原因だった。
しかも、黒至上主義者たちが見下してきた白ノ魔女こそ、世界を救う鍵だったのだ。
こんな皮肉があるだろうか?
黒至上主義者のせいで、白ノ魔女はいつの時代も肩身の狭い思いをしてきた。そして、それはハーシュのせいで加速したと言えるだろう。
もし、ハーシュが罪を犯す前に、白ノ魔女に対するネガティブイメージを払拭できていたら?ハーシュと他の白髪の魔女が結び付けられて迫害を受けることもなかったかもしれない。
シェラトリスをはじめとする、その場にいた白ノ魔女全員が憤りを見せる。
「―――…できなかったんだよ。」
言葉を発したのはフィルだった。苛立っているような苦悶の表情で、低く唸るように言葉を絞り出す。
「できなかったんだよ。……当時の、事実を知る皆が。」
そして、ゆっくりと、ギラギラとした目をルヴァンに向ける。
「…ほら、早く言いなよ。」
「……。」
ルヴァンは、ゆったりとした動作で自らの〈古書〉を出現させると、それが皆に見えるように持ち上げた。
「“以前、話したことを覚えている者もいるだろうが…、私の〈古書〉は、ハーシュの時代に生きた王族のものだ。”」
シェラトリスとレイベルが頷く。
ルヴァンは、慎重に言葉を紡ぐ。
「“…厳密に言えば、当時の王子であり、ハーシュの混乱を鎮め、後に〈賢者〉と呼ばれる王となった男の〈書〉だ。”」
(!!!)
「“そして…この〈書〉には、ハーシュの混乱の真実が記してある。”」
(ハーシュの……真実?)
シェラトリスは両手を握りしめた。
「“大罪人ハーシュと呼ばれる魔女の、本当の名は……‘シュア・キュロンターン’。”」
ルヴァンが顔を上げた。相変わらず深いフードで顔を見ることはできないが、シェラトリスに視線が向けられていることを一同は察した。
「“ヴァリオ・クルシェン・アーチェスト王子の婚約者であり―――”」
そこで言葉が区切られた。が、すぐさま言葉が続く。
「“シェラトリス・クロノタトン、……君の、祖先にあたる。”」
仲間の息を呑む声。
シェラトリスは、ふと意識を失った。




