第10章、危険な秘密③
ロマとルースリーフの二人と別れ、一同は、王立研究院に移動する。
「みて!あれが、フィルが壊した壁だ!」
ヴィゼがある壁を指差し、声を上げ、生き生きとした顔をシェラトリスに向ける。
「わっ、言わないでよ、ヴィゼ!」
慌てた様子のフィルがヴィゼの肩を掴む。
「…どういうことかしら?」
真顔で問うシェラトリス。
(聞いてないわ、そんなこと。)
「直したよ、自分で!ちゃんと!」
事の詳細が明かされる前に、早くもシェラトリスに弁解するフィル。
「ふふっ、あれは、フィルが王立研究院に入った直後のことですね。」
レイラが笑いながら話し出す。心底 愉快そうな、満面の笑みだ。
「なになに、なにがあったのー?」
興味津々(きょうみしんしん)で続きを急かすローズマリンが、ヴィゼと手を繋いでいる方の腕をぶんぶんと振った。
「“名誉ある王立研究院の正職員にスカウトされたにも関わらず、それを断るなど、研究院を軽んじているのか?!やる気もなく中途半端な立場で働くくらいなら、今すぐ辞めろ!”…って、どなりこんできた人がいたのを、フィルがげきたいしたんだ!」
「ええ、見事な一撃でした。」
「いやだって、入りたくないのに色々あって入らなくちゃならなくて、すっごくイライラしてたところに変な奴が来て、ぐちゃぐちゃ、ごちゃごちゃ、うるさかったからさ。一発ドーン!と水魔法をぶつけて、その後、雷魔法を…。あ、当ててない、人には当ててないよ!」
「たしかに、雷魔法はへんしつしゃに当ててなかったな!ダーツみたいに、きれいにぐるーっと一周するように壁にうちこんでいた!」
楽しそうに笑うヴィゼ。
シェラトリスは言葉も出ない。
(二人のこの言い方だと、水は当てているわね…。)
「レイラ、おこってないみたい。どうして?」
ローズマリンが珍しいものを見る目で、レイラに訊ねた。
「ふふ。実は、フィルに突っかかってきた者は、常連の侵入者で。」
常連の侵入者。何やら奇妙な言葉の組み合わせだ。
「魔法の腕だけは一丁前で、その他はちょ~ダメダメなアホだったんだよ。何と言うか、脳筋?みたいな。それなのに毎年、懲りずに研究院の試験を受けては、当然 落ちてて。」
「それだけなら良かったのですが…、その者は、研究院に忍び込んでは、職員に直談判しに来ていたのです。」
ふう…とレイラはため息を吐いた。
「あ、レイラおこってる。」
「当然です。何が足りていないのか、なぜ研究院に入れないのか、それをきちんと理解できず、強引な手段で押しかけては私たちの時間を奪ったのですから。」
何やら怒気のような迫力がある笑みを浮かべるレイラ。
「ぼくもいやだったぞ!自分のしゅちょうが通らないからといって、力でおし通ろうとするなんて!」
ぷんぷんと怒った様子のヴィゼ。
(魔法を使ったのかしら?)
「魔法でこっそり侵入して来たのはもちろんだけど、その問題を家の権力でうやむやにしてたんだよ、そいつは。貴族の家柄だったらしくて。」
フィルがシェラトリスの表情を見て何かを察し、説明した。
「本人が積極的に行っていたわけではなく、お家の方が気を回していたようですが。しかし、フィルに嫉妬したのか、フィルの態度に我慢がならなかったのか、フィルには権力を振りかざして脅迫を始めたのです。」
「そんな…。」
シェラトリスはショックを受けてフィルを見た。
「大丈夫…だったのよね?」
「ん~何だっけ? “お前が研究院の職員なんて間違ってる!必ず辞めさせてやる!”だっけ?」
「それも言われていましたが…。アナタが怒ったのは…アナタのお家のことを言われたからですね。」
「ん~覚えてないな~。すごく腹が立つことを言われたっていうのは覚えてるんだけど…。」
「おこりすぎてわすれたのか?フィル。」
「そうかも。」
ケラケラと笑うフィルを見て、シェラトリスは考える。
(家……私たちのことかしら?そうでなければ、フィルがそこまで怒らない気がするわ…。)
シェラトリスの視線に気付き、フィルは笑顔を作る。
「安心して、シェラトリス!そいつはフィルが懲らしめておいたから!」
「…何をしたの?」
(聞きたくないけど…。)
「さっきも言ったけど、魔法を使ってフィルの力量を見せた。あと、言葉には言葉をってことで、言い返したんだよ。“お前がどんな手を使おうとも無駄だよ”って。“お前らごときでは相手にならない”ってね。」
(それはそうね。フィルほどの天才はなかなかいないし、宰相一族や王家に保護されているから、手出しのできる者はいないでしょうね。)
「結局、あの者は、騒ぎを起こした罰として捕まりました。その上、それまで何度も侵入していたこと、それを隠蔽しようとしていたことが公になって……侵入者本人には刑罰が科され、お家は没落しました。」
「フィルのおかげで、うまく問題がかいけつしたな。」
すっきりした表情で頷く二人。
「えー、フィルが魔法を使ってへんしつしゃをたおすところ、わたしも見たかったなーー! ねぇ、そんなおもしろそーなこと、なんで今まで話してくれなかったのー?」
「フィルが、あまり大事にしたくないって言ってたから。シェラトリス様にしんぱいさせたくないって。」
「でも、言ってしまいましたね。」
「本当だよ、もう…。」
むくれるフィルの前にやって来て、手を握るヴィゼ。
「ごめんなのだ。ゆるしてほしい、フィル。」
「えー、どうしよっかなー。」
親しい様子の二人に、シェラトリスは微笑んだ。
「研究院でのフィルの様子を教えて下さりありがとうございます、ヴィゼ様。」
シェラトリスの言葉に、ヴィゼは悲しげな表情を浮かべた。フィルがそれに気付いて、ヴィゼの頬を自分の手でぎゅっと包んだ。ヴィゼははっとして気持ちを切り替え、人懐っこい笑みをシェラトリスに向けた。
「ふふ、どういたしまして?なのだ。…そして、ぼくに敬語は不要なのだ。どうか、ヴィゼ、とよんでほしい。」
後半、どこか遠慮がちに言葉を紡ぐヴィゼ。
(…?)
ヴィゼの様子にどこか引っ掛かりを感じながらも、シェラトリスは了承した。
「では、私のことはシェラトリスと呼んでね、ヴィゼ。」
ヴィゼが一瞬で輝く笑顔を浮かべた。
「ああ…!」
「シェラトリス様、私のことも、ぜひ呼び捨てで、気楽にお話ししてくださいね。」
「? ええと…、レイラ?」
見た目や雰囲気からして、明らかに年上のレイラを呼び捨てにするのは気が引けたシェラトリスは、躊躇いがちに名を呼んでみた。
「はい、シェラトリス様。」
「私のことも呼び捨てにしてくださいな、レイラ。」
「いえ、私はこのままで。」
「まぁ、私にだけ呼び捨てにさせるつもりですか?レイラ。」
「ふふ。では、シェラトリスさん、と。」
「まぁ…。」
ヴィゼとレイラの距離の詰め方に少々 戸惑いながらも、二人の親しみやすさにシェラトリスは和んだ。
「? 変なのー。」
ローズマリンが、いつもと様子の違うヴィゼとレイラの様子に、頭を傾げていた。
「おや…、いつの間に仲良くなったんだい?」
ルヴァンと共に、先に目的の場所に着いていたアスカルトがシェラトリスらを見て言った。
「ふふふ!」
ヴィゼは、フィルとシェラトリスを見上げて幸せそうに笑った。
「フィルたちは元から仲良しだもんねー。」
フィルは、穏やかな顔でそう語った。




