番外編2、フィルの過去と夢③
少し時間が遅くなってしまいました。すみません。
…ああ、頭が痛い。最近、あまり寝れていないからだ。
研究院やクロノタトンの仕事だけじゃない。第一王子や王子たちと協力して行っている調査もあるし、極秘任務もある。それに、魔法研究会の調査は、ぜーったいに手伝わなきゃ。何て言ったって、主の立ち上げた研究会で、主が一生懸命はたらいているんだから。少しでも役に立つんだ。
とりあえず、今日のことが終わったら、家に帰らせてもらおう。残業はしない。仕事が残っていても、何としてでも早く帰って、シェラトリスに頭をなでてもらおう。旦那さまと、奥さまにも…。
帰りたい。帰りたい…。クロノタトンに、家に、フィルの居場所に…。
「わっ、どうしたんだ、フィル!」
ヴィゼがぎょっとしたような表情で、フィルの腕をつかんだ。
「? なあに?」
「フィル、泣いているぞ…。急にどうしたんだ?」
ヴィゼに言われてはっと気付いた。自分の頬が濡れている。いつの間にか、涙を流していた。ぼーっとしていて気付かなかった。
「ちょっと…疲れちゃって…。」
「…。」
真っ直ぐ見つめるヴィゼの心配そうな瞳が揺れた。
「……ずっと、一人でがまんしていたんだな。すまなかったのだ、フィル。今まで一人でがんばらせて。」
ぎゅっと握ってくれる手が温かくて、涙が止まらない。
「……一人、じゃなかったよ。王子も、レイラも、ユリエーラもいる、から…。」
「…フィル…。」
「……ああ、でも…みんな遠くて…。王子もレイラも、すぐ会えるけど、シュアの獣魔じゃなかったし、ユリエーラはシルバーベルズ城から離れられないから、なかなか会えないし…。」
フィルは、しゃがみ込んだ。ぼたぼたと零れる涙がヴィゼに降りかからないように。この顔を見られないように。
「だから…、何と、言うか…。」
そこで言葉が詰まった。泣きながら話そうとすると、喉が痛い。言いたいことが素直に口にできなくて、喉がしめ付けられる。
中途半端で、何の意味も読み取れないような、そんな拙い言葉の続きを、ヴィゼは読み取ってくれる。
「さびしかったんだな、つらかったんだな、フィル。」
「……うん…っ!」
―――オレは嬉しい。一番の仲間に、こうして再会できたのだから。
ああ、やっぱりこの身体はいいな。親友を抱きしめるなんて、夢の中では一度もできなかった。
「フィル、ふしぎだな!再び会えて、こうしてお話ができる!もうフィルの頭の上にのることはできないけど、つばさではできなかった、手をにぎることも、頭をなでることも、ぎゅーってすることもできる!」
「頭は無理でも、背中とか肩なら乗せられるよ、ヴィゼ。」
「そうか、フィルはあいかわらず大きいからな!」
喜びにあふれた、屈託のないヴィゼの笑顔。姿は違くても、夢の中の様子と重なる。
「―――親友と再会できたようで何よりだ、二人とも。」
突如、聞こえてきた、渋い男性の声。フィルとヴィゼは声の方へ顔を向けた。
「フルーウ!」
しっぽをゆらゆらと優雅に揺らしながら、目を細める猫。どこかにやにやとしているように見える。
「…にゃー。」
フィルは猫に対して猫の真似をした。
猫はフィルを見て、耳を倒した。わざとらしいしょぼんだ。
「いじわるですねぇ、フィルくん。」
「フィルのこと、避けるのはやめたの?」
「おや、君のことを嫌いで避けていたわけではないのですよ?タイミングが悪かったんです。ほら、君は学校へ来るのが不規則ですし、吾輩は絶えず学校の見回りをしたり、生徒と遊んだり、おやつを食べたり、昼寝をしたり、忙しいですから。」
「ふ~ん…。ま、そういうことにしといてあげる。」
フィルはぷいっと顔を背けた。ごまかしは嫌いだ。
「あああ…ほんとですよ?半分くらいは。……実を言うと、吾輩と君は仕事上、会わない方が良かったのです。これまでは、ね。なんせ、君は随分と優秀だと有名な研究者で、吾輩は学園に住み着くただの猫…に見せかけた学園の〈番人〉。我々(われわれ)は、常に動向を監視されている。」
猫は片目を開いた。
「しかし、黒至上主義が本格的に動き出しました。すでに、学園の生徒の何人かがその毒牙に掛かってしまっている。」
猫は両目を鋭く光らせた。
「これからは、なりふり構っていられません。堂々(どうどう)と手を組み、来たる災いに備えましょう。」
猫が片手を差し出してきた。フィルはそれを見て告げる。
「フィルは、主のために、仲間のために、働くだけだ。政治なんて考慮しないから。」
フィルも片手を差し出した。すると、猫はにやっと笑って手を乗せてきた。
「結構!吾輩も、あの方も、愛する者たちのために働いているのです。」
ヴィゼは、フィルたちのやり取りを黙って見守っていた。何の話か聞きたいだろうけど、また後で。
今は、ともかく、あいつと合流して、シェラトリスたちのところへ戻ろう。
「行こう。」
フルーウを肩に乗せ、ヴィゼを抱き上げる。
「…うれしいのか、フィル?」
ヴィゼはぱちりと瞬きをしてフィルに聞いてきた。
やっぱり、仲間にはごまかせないな。
「そうだね。」
8年。8年かかって、フィルは、王の信用を得た。
やったよ、シュア。これでようやく、王家に踏み込める。偽りの歴史を正せるんだ。
やったよ、シェラトリス。これでようやく、王家と対等に交渉できる。今度こそ主を幸せにするんだ。
家に帰るんだ。主と仲間がいる、幸せな家に。
それが、今のフィルの夢だから。




