番外編2、フィルの過去と夢②
こんにちは
暑い日が続きますねぇ、アイスを食べましょう
昔、フィルにとって、シュアや仲間と過ごした楽しい時間を見せてくれる“夢”は、唯一の救いだった。
フィルが生まれたのは、恐ろしい世界だったから―――。
フィルの親も、その親も、さらにその親も…みんな白髪ではなかった。代々、白髪の子が生まれる家系のシェラトリスと違って、フィルの髪は非遺伝――つまり、突然変異によるものだった。
まあまあ珍しいことではあったけど、フィル以外にもそういう魔女はたくさんいた。
フィルが生まれたある小さな島では、独特の風習があった。
白髪の魔女――通称〈白魔女〉を、“災いを避けるための生贄として扱い、祀り上げる”風習だ。ただし、ここで言う白魔女とは、遺伝による白髪の魔女のみを指していて、フィルのような非遺伝による白髪の魔女は、“純血の白魔女に対する冒涜”だとかで虐げられていた。
まるで“生まれたことが罪”と言わんばかりに、罪人として扱われ、過酷な労働、理不尽な暴力・暴言、人権皆無の暮らしなどを与えられた。それだけじゃなく、非遺伝の白髪の魔女は、血を繋いでいくことを禁じられていて、子供のうちに生殖能力を奪う手術を受けることを強制された。
おぞましい風習だと思う。それでも、あの島ではそれらが当たり前だった。
手術は10歳になる直前に行われる。当然だが、手術は受ける前からとても恐ろしかった。いや、恐ろしいなんていう言葉じゃ足りない。言葉をどれだけ尽くしても、言い表せるようなものではない。
自分の身体をいじられる恐怖だけじゃない。死への恐怖がそれにはあった。劣悪な環境での生活は、手術を受けたからと言って免除されるわけではない。術後、病気になってどこかへ連れて行かれ、二度と戻ってこなかった者を、わたしはたくさん見てきた。
わたしは、その年齢が永遠にこないことを震えて祈った。
だけど、その時は来てしまった。その日の朝、いくつもの注射をされ、変な味のする飲み物を飲まされ、意識がなくなった。
今ではもう、手術後のことをほとんど覚えていない。フィルは、ふらふら、ゆらゆらしていた。意識が朦朧としていたんだろうと思う。時々、きれいな青空を見たような気がする。
痛くて苦しくて辛くてたまらない中、夢現に、シュアが、仲間が、生きろと応援してくれた。そして、わたしを残して、皆消えてしまった。いつも見る夢とは違って、とてもおぼろげで途切れ途切れだったから、それは本当に、ただの夢だったんだろうな…。
後から聞いた話では、フィルは高熱が出ていて、かなり弱った状態で、一人小舟に乗せられ流されていたらしい。そして、その付近を偶然、航海していたこの国の人たち――王室の船に引き上げられたらしい。
目が覚めた時、フィルは見知らぬ人たちに囲まれていた。
だけど、一人だけ、知った顔がいた。真っ黒のはずの髪が白になっていたけど、その顔立ちですぐに分かった。だって、よく夢の中に出てきていたから。シュアととても親しい人物だったから。
ボクは、重怠い身体とよく回らない思考で、そいつに飛び掛かった。胸倉を掴んで、訴えた。「なぜシュアが悪役になることを許してしまったんだ」と。「なぜシュアを見殺しにしたんだ」と。
周りはボクをそいつから引き離そうとしたけど、そいつはされるがままだった。すると、そいつの隣に立っていた人物――今じゃ狂人として有名な、あの第一王子が一言言って、部屋にはボクと王子と第一王子の三人だけが残った。
そいつは「フィル」と声を掛けてきた。悔しいけど、それで涙が止まった。だって、生まれてから一度も個人名を呼ばれたことがなかったから。
そいつは、フィルの両手をとって「すまなかった」と頭を下げて謝り始めた。「僕の力が足りないばかりに…」と語る声が震えていた。そいつの涙がぽたぽたと床に落ちていた。わたしは、また涙が出た。
その後、この国に連れてこられて、王宮で病気や手術痕の治療を受けた。
ある程度回復した頃、王子がフィルを保護しようと言ってきた。「絶対に嫌だ」と拒否したら、第一王子が仮の身元引受人になった。〈フィル・エモー〉という名を与えられて、しばらくは王宮で過ごしたけど、長くは続かなかった。この国は、遺伝とか突然変異とか関係なく、白髪は全員嫌われていたから、居心地が悪かった。夢の中と同じ、ピリピリした空気感もあった。
ボクは怒り狂った。この国はなぜ、こんなことになっているのか。
聞いたら、ハーシュという大罪人のせいだと言う。信じられなかった。怒りを通り越して、ただ、ただ、ただ…虚しかった。
そうして、誰も受け付けなくなったフィルを、第一王子が王宮から連れ出した。着いた先は、クロノタトン邸。オレはそこで、シュアとよく似た女の子と出会った。もちろん、それがシェラトリスだ。
―――フィルは、なぜ生まれたのだろうか。フィルは、なぜ人に生まれたのだろうか。
もう覚えていないほど昔、夢を見始めた頃に、フィルはそう思った。
夢を見た後、わたしは寂しさに襲われた。
獣魔の時、拙者は人になでられるのが好きだった。かわいいと、大好きだと、たくさんたくさん、なでてもらえた。人の姿では、なでられる回数どころか、一緒にいられる時間が減ってしまう。
夢を見た後、ボクは自己嫌悪に陥った。
獣魔の時、わたしは主を守り切れなかった。獣魔では、できることが限られていた。主の命令に従順に、主の望むままに動いたが、結局、主の幸せには繋がらず、主を残して果ててしまった。
…だけど。
人となり、別の方法で多幸感を得られることに気付いた。なでられるより手を繋いでいる方がずっと幸せだと思うようになった。
人となり、できることが増えた。役に立てている実感は以前より増したし、人から何かされることより、することに幸せを感じるようになった。そして何より、この身は、主をより効果的に守ることができる。
今度こそ、主を守らなきゃ。過ちは繰り返してはならない。そうじゃなきゃ、何のために生まれてきたというのか。
フィルは、シェラトリスのためなら何だってする。
主を守り、今度こそ正しい道に進んでもらう。
そうすることで、主を救うことができると気付いたから。
フィルがシェラトリスと距離が近くても許されるのは、シェラトリスを害す心配が一切ないからです。
また、フィルは、国に保護されるまで奴隷や家畜のような扱いだったため、”人らしい”感性があまり育ちませんでした。夢のこともあって、フィルは自分のことを「シェラトリスの”犬”」と位置付けています。
なので、フィルのことはできるだけ犬っぽく表現しているつもりです。そう感じていただけたらいいのですが。




