第9章、それぞれの調査⑥
「前の、持ち主の、記憶…?」
シェラトリスの〈古書〉の前の持ち主、それはハーシュだ。
「……。」
(あまり…というか、できれば知りたくないわね…。)
どれほど恐ろしい光景をその目に映していたのか、想像だけでシェラトリスは身の毛がよだった。
そんな中、ルヴァンは、シェラトリスに助言をする。
「クロノタトン嬢、君は〈古書〉を使いこなすための特別レッスンを受けた方が良いだろう。」
突然の話にシェラトリスは軽く目を開いた。
「特別レッスン、ですか?」
「ああ。クロノタトン嬢は、魔法実践の授業でも〈古書〉を使いたがらないと先生方から聞いてね。」
(うっ…。)
それは図星だった。シェラトリスは、ハーシュの〈書〉であったこの〈古書〉を警戒し、あまり使わないようにしていた。
「しかし、それでは、いつまで経っても〈古書〉を使いこなすことはできないだろう。…君は、あのハーシュの〈古書〉を手にしたことで、扱いに困っているんじゃないか?」
「…はい。…どうしても、これを使うのが恐ろしいので…。このままではいけないということも、分かってはいるのですが…。」
シェラトリスは、不安を吐き出した。
「―――大丈夫だ。」
力強い言葉に、シェラトリスは顔を上げた。
ルヴァンは、確信を持った瞳でシェラトリスを見つめていた。
「大丈夫だ。君はきっと、この〈古書〉を使いこなせる。何も恐れることはない。」
「―――。」
(不思議…。なんだか、妙に説得力を感じるわ…。)
「安心なさい。僕は、僕たちは、君をサポートするためにいる。」
「? どういうことでしょうか?」
戸惑うシェラトリスに対して、ルヴァンは安心させるように微笑んだ。
「君が安心して〈古書〉を使えるよう、僕たちが個人指導しよう。」
「…!!」
「ここにいる全員と、僕の知り合い、それと、君がすでに知っている〈番人〉方…ソフィニア様やアーリン様、ロマ様、ルースリーフ様たちも協力してくださる。」
「そ、そんな大勢の…皆様お忙しいのでは…。」
錚々たるメンバーに、シェラトリスは恐縮する。
「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。」
横からレイラが口を挟んだ。
「名誉ある〈古書〉を手にした方へのサポートは、私たちの仕事の一つでもありますから、どうぞお気兼ねなく頼ってくださいまし。」
レイラが柔らかい笑みを浮かべてそう言ったが、シェラトリスはまだ尻込みしていた。
「しかし…。」
「いざという時、きちんと〈古書〉を使いこなせない方が問題です。」
今度は、ローズマリンが口を挟んだ。
「つね日ごろから〈古書〉による魔法を使う練習しておくべきです。何かあってからでは遅いんです。それに、わたしたち王立研究院は、危険物に対して、十分なそなえをしなくてはならないです。クロノタトン様だけの問題ではありません。わたしたちも、時間をさいて関わるだけの理由があります。」
急に大人びた発言をしたローズマリン。自分より幼い子供にきっぱりと告げられ、シェラトリスは一瞬たじろいだ。
(さすが、王立研究院の所長ね…。)
しかし、その言葉に決心がつき、ルヴァンに向き直った。
(こんなに小さな子にはっきり言われては、遠慮している場合じゃないわね。)
「ご指導よろしくお願いします、ルヴァン先生。」
そして、ローズマリンとレイラの方へ向く。なぜかフィルとヴィゼがいない。
(あら、いつの間に…?)
部屋を出て行った気配を全く感じなかった。それはローズマリンも同じだったようだ。
「あれ、ヴィゼいない。フィルもいない!」
「あの二人は少し用があって、この場から離れました。大丈夫ですよ。」
レイラが事情を説明した。
(仕方ない、後であの二人にも言いましょう。)
「お二人も、これからよろしくお願いします。」
「かしこまりました。」
「はーい!」
(今まで何かあった時に他の人を巻き込むのが恐くて使えなかったけど…。私個人のためにこんなに立派な方々(かたがた)に傍に付いてもらえるなら、安心ね…。)
授業では、先生一人が何人もの生徒を同時に見ている。それはつまり、懸念事項のあるシェラトリスだけを注視してもらえるわけではないということだ。先生の見ていない瞬間に、何人もの生徒が近い距離にいるというのは、シェラトリスにとって不安が大きかった。
しかし、優秀な魔法の使い手であるルヴァンやフィル、〈番人〉、王立研究院の所長に見てもらえるならば、万が一のことが起きても、対処してもらえるだろう。
それは、シェラトリスにとって願ってもないことだ。
「では、そろそろ皆のところへ戻ろうか。…これから休憩としてお茶の時間にするのだが、二人も一緒にどうだろうか。フィルとヴィゼには僕から伝えて、後から来てもらうから。」
ローズマリンがキラキラした目でレイラを見た。レイラは微笑み答えた。
「お邪魔でなければよろこんで。」
「わーい! …あ!」
喜びの声を上げた後、ローズマリンが何か思い出したような声を出した。
「レイラ、危うく言い忘れるところだった!“あれ”を出して!」
「いえ、あれはクロノタトン様だけでなく、研究室の皆さまの前でお渡しする方が良いでしょう。」
二人は、シェラトリスが研究室の活動で宮殿に来ていることや、彼女が仲間と共に書類庫で調査していたことも把握しているようだ。
「そっか。じゃあ、後でだね!」
気になる発言だったが、今この場で話してはくれなさそうだ。
「食堂で飲み物と食べ物をもらいに行くと言って抜け出してきたんだ。手ぶらでは戻れない。僕があの二人に声を掛けて来るから、クロノタトン嬢は食堂に行ってほしい。二人とも、招いておいてすまないが、クロノタトン嬢に食堂への案内を頼めるだろうか。」
ルヴァンの言葉に三人は頷く。
「はい。」
「かしこまりました。」
「はーい!」
そしてルヴァンは、再びフードを被り、顔を隠すと、一人どこかへと向かって行った。




