第1章、禍(わざわい)の白⑤
「ところで、そろそろ〈書の儀式〉があるのでは?あなたたちがどんな〈書〉を持つのか楽しみだわ。」
「そうですね…。私は少し緊張しています。私の〈書〉は、どんなものになるのか…。」
〈書の儀式〉とは、個人に合った魔法道具〈書〉を見つける儀式である。〈書〉は、効率良くかつ精度の高い魔法を使うための道具である。〈書〉を得て、初めて一人前の魔女と言えるのだ。
この世界では、身分によって学校は違えど、皆十歳で入学し、それから十年間、魔法の勉強をする。
一年生の内は基本的な魔法の知識を学び、二年生になるとその魔法の活用、つまり実践をする。三年生の内は応用魔法の知識を学び、四年生になるとその魔法の実践をする。そして、五年生で〈書の儀式〉について学び、六年生でようやく〈書の儀式〉を受け、本格的に魔法を使用する。七年生から八年生で、〈書〉を使いこなすための訓練をみっちり受け、九年生から十年生で、魔法の使い方のオリジナリティーを確立する。ちなみに、卒業までにオリジナル魔法を生み出せる者は、毎年、全体の三十パーセントもいない。しかし、オリジナル魔法を生み出せるかどうかは、さほど重要ではなく、〈書〉を使いこなせるかどうかが大切とされている。
今年で六年生になるシェラトリスとアスカルトは、入学する前から、この年をずっと待っていた。いや、シェラトリスとアスカルトだけではない。毎年この時期の六年生は、期待と不安で胸がいっぱいだ。
「二人とも十分に魔法を使いこなしていますから、安心なさい。きっと素晴らしい〈書〉を手にするでしょう。」
「お母様、お母様の〈書〉を見せてくださいませんか。」
「僕も見たいです。ぜひ参考にさせてください。」
「ええ。もちろんいいわよ。」
ナルフェーリヤは、手のひらを差し出すと、どこからともなく一冊の本を出現させた。
ナルフェーリヤの〈書〉だ。彼女の髪のような、白にほんの少し灰色がかったような薄灰色の表紙に、彼女の目のような、海色のリボンが縫い付けられている。また、そのリボンには銀の刺繍が施され、背表紙にも同じ色の装飾が施されている。一見、目立たないように思われる色の組み合わせだが、太陽などの明かりに反射してキラキラと輝く様は美しい。
シェラトリスはナルフェーリヤから〈書〉を受け取ると、アスカルトにも見える位置に移動した。
そして、表紙の美しさを堪能した後、ページをパラパラとめくった。持ち主以外に内容を読むことができないのは承知していたが、ページ端の模様を眺めることはできるため、それを確認したかったのだ。一ページ一ページに付けられた細かな模様すらも、いつ見ても憧れる。
(ページまで装飾された〈書〉はそう多くはないわ。魔法の腕が良いほど、魔力が強いほど、〈書〉は立派だと聞くけれど…、そうだとしたらお母様のお力は相当よね。私もこんな立派な〈書〉に出会えますように…。)
(質素に見えて、確かな重厚感…。おばさんの静かなイメージと揺るぎない強さをそのまま表したような〈書〉だ…。僕も、素晴らしい〈書〉に巡り合えるような人物に…。)
二人が熱心に〈書〉を眺めているのを見て、ナルフェーリヤは微笑みながら紅茶を飲んだ。
そこへ、駆け足で近寄る子供がいた。
「ごきげんよう、皆さま。おじゃましてもよろしいでしょうか?」
美しく長い黒髪を白のリボンでまとめ、くりくりとかわいらしい金色の目をした、アスカルトによく似た顔立ちの少年。アスカルトの四歳離れた弟、クレーメンスだ。公には”存在しない”ことになっている第三王子である。
「ええ。」
「クレーメンス、こちらへどうぞ。」
シェラトリスはナルフェーリヤに〈書〉を返すと、隣の席を勧めた。ちょうどアスカルトとも隣になれるように。
「失礼します。」
クレーメンスは嬉しそうに席に着いた。
「久しぶりね、クレーメンス。クッキーはいかが?」
ナルフェーリヤは、紅茶とクッキーをメイドに指示して取り分けさせた。母専属のメイドは、慣れた手つきでミルク差しを添えた。ミルクたっぷりの紅茶を好むことをよく知っているのだ。
そう、クレーメンスもまた、クロノタトン家の世話になることが多い人物だ。
「三か月ぶり…か、こちらに来るのは。」
「はい。これから二、三週間はこちらに…。お世話になります、クロノタトンの皆さま。」
ぺこりとシェラトリスとナルフェーリヤに頭を下げた。
「ええ、クレーメンス。」
「休日の日は一緒に遊びに出かけましょう。」
「そうだ、明後日の休みは馬で出かけないか。ピクニックにしよう。」
「それはいいわね。お母様とお父様のご都合はどうでしょうか?」
「残念だけど、私たちは無理ね。あなたたちで楽しんでらっしゃい。」
「分かりました、ナルフェーリヤ様。」
こうして三人は、休日の予定を立て始め、楽しいティータイムが過ぎていった。
この世界では、杖の代わりに本で魔法を使います。しかし、簡単な魔法は本がなくても発動できるようです。