第7章、仲間を求める⑥
お久しぶりです、随分とお待たせしてしまい申し訳ありません!
今回も「魔女の敵」はお休みです。
お盆ですね。暑い中、帰省や墓参りをされる方は熱中症にお気を付けて。ついでに虫刺されにお気を付けて。
「……ふふふ。」
突然クレーメンスが笑い出した。
「すみません、急に笑ってしまって。」
そう言いながら、クレーメンスは何だか楽しそうだ。
「何だかおかしくって。」
控えめな声量ながら、満面の笑みを浮かべるクレーメンス。
「ふふふっ。」
(そう言えば、クレーメンスはあまり他人と関わる機会がなかったわね…。)
シェラトリスは楽しそうなクレーメンスを見てしみじみと思った。
クレーメンスは小さな頃からずっと病弱な王女を演じていた。そのため、学校はおろか、他人と交流する場がとても限られていた。身近な年齢の近い者と言ったら、使用人数名で、友人と呼べるような存在はシェラトリスだけ。しかし、どんなに仲が良くても、使用人は使用人。同じ“立場”にはなり得ない。
ゆえに、正体を偽ってでもこうして学校に通えて、友人ができることが嬉しいのだろう。
「フィルさん、少しレイジオンお兄様に似ていて不思議な方だなって思っていたんですけど……とても面白い人なんですね!」
親しみを覚えたようで、クレーメンスはフィルに握手を求める。
「?」
「これからよろしくお願いしますね!」
フィルは取りあえず握手に応じ、握った手をぶんぶんと上下に大きく振った。
「何かよく分からないけど、よろしく~?」
「せっかくだから、さっそく荷物を運んで―――」
コンコン
「あら、誰かしら。」
「ぼくが出ましょう。どちら様でしょうか?」
使用人だった時の癖で、エルルフが率先して取次ぎ役を買って出る。
エルルフが出てくれる間、三人は話を続ける。
「やっぱり、部屋の使用許可が下りてないんじゃないかしら。」
「も~大丈夫だって。許可はもう貰ったって。」
「あ、帰ってきましたよ。」
「やあ、お邪魔するよ。」
エルルフが連れてきた相手は、アスカルトだった。レイベルとメロディもいる。
「ご機嫌麗しゅうございます、アスカルト殿下。」
シェラトリスが作法に則った挨拶をし、二人も続く。
「ここで堅苦しい挨拶はいいよ。僕もこの研究会のメンバーなのだから。」
「ありがとう存じます。」
礼の姿勢から直るシェラトリスたち。
「これからは仲間だから…そうだな、君たちのことは名前で呼ぼうかな。僕のこともそうしてくれ。」
「かしこまりました。アスカルト様と呼ばせていただきます。」
アスカルトが気さくな人物であることは有名だ。この流れは自然だろう。
「ありがとう。ところで、シェラトリス嬢が王立研究院の研究者に強引に連れ去られたとこの者たちから聞いたのだけど。」
犯人を見ながらあえてそれを言うアスカルトはきっと楽しんでいる。
アスカルト同様、レイベルはここに来て犯人が分かったようで苦笑いしている。フィルの破天荒さは学園内でかなり有名だからだ。
ただ一人、メロディだけが状況が分からずおろおろとしている。彼女は身体が弱くて学校を休みがちだと聞いた。ならば、あまりフィルのことを知らないのかもしれない。
「皆様ご心配をお掛けして申し訳ありませんわ。この者…フィル・エモーのことですね。彼は王立研究院に所属する研究員でありますが、そもそも我がクロノタトン家に勤めている者でして、私とは兄弟同然に育ちましたの。ですから、彼の性格をよく知っていまして、マナーには少々目を瞑っています。」
「そ、そうでしたか…。お騒がせして申し訳ありません皆様方。クロノタトン様が無理矢理連れ去られているご様子でしたので…ワタシ、勘違いを…。どうしたら良いか分からず、知り合いも少ないので…っ。思わずスティルグ様に相談を…っ。途中でアスカルト殿下に会いましたのでご報告してしまい…っ。」
少しパニックになりながら事の顛末を話すメロディ。
「落ち着いてください、気にしていませんから。」
すかさずフォローを入れるレイベル。アスカルトもそれに続く。
「大丈夫だから落ち着いて。むしろ、僕にも相談してくれて良かったよ。本当に人が連れ去られていたら問題だったからね。」
「ほ、本当に申し訳ありません…っ!とんだご無礼を…!」
ぺこぺこと頭を下げるメロディ。
「いえ、彼が紛らわしくも王立研究院のマントを羽織ったまま登校しているので、無理ないかと…。…フィル、だから学園に来る時は着替えなさいと言っているでしょう。」
「ごめんなさーい、シェラトリス。」
全く反省していない様子で、フィルは指をパチンと鳴らした。鎖とリボンが巻き付けられた白銀の〈古書〉が現れ、その手に落ちる。そして、〈古書〉を何もない空間に、まるで壁に貼り付けるように浮かべると、〈古書〉がぐにゃりと歪んで大きくなった。表紙の中央にある紺色の刺繍の円に腕を突っ込むと、至ってシンプルな白衣を取り出した。今まで着ていたマントを乱雑に穴に押し込むと、〈古書〉は元通りの大きさになってパッと消えた。
「ところで、殿下はクロノタトン様が立ち上げられた研究会に入られたと聞きましたが…。」
フィルがきちんと学園の生徒の証であるブローチが付いている服を着たのを確認して、レイベルは研究会の話題を出した。
「ああ。君たちも入らないかい?メンバーがまだここにいる五人だけなんだ。」
アスカルトがさっそく勧誘する。
「いいのですか?実は、噂を聞いて気になっていたんです。」
「どうだい、会長?」
茶目っ気たっぷりにアスカルトがシェラトリスに尋ねた。
「もちろん歓迎しますよ、スティルグ様。」
「どうぞ、レイベルと。」
「ではよろしくお願いします、レイベル様。私のことはシェラトリスと呼んでくださいね。」
二人は握手を交わした。
「あ、あの…ワ、ワタシ…は…。」
おどおどした様子のメロディに、シェラトリスは微笑む。
「無理にお願いしませんわ、メロディ様。メロディ様にご負担が掛かるのはよろしくありませんもの。」
身体が弱くて学校に来るのもままならないというのに、研究会に入れというのは酷である。
「そ、その…ワタシは、もちろん加入したい気持ちはあるのですが…皆様にご迷惑をお掛けしてしまうと思うので…。」
しょんぼりした様子のメロディに、それまで黙っていたクレーメンスが歩み寄る。
「…入りたい気持ちがあれば、大丈夫だと思いますよ。」
「し、しかし…。」
「もちろん無理には言いませんが…。私も幼い頃は身体が弱くて遊べる友人なんていなかったので…、その、こういうのが憧れでした。これを言うのは我儘でしょうが…ずっと羨ましかったのです…。」
「「…。」」
クレーメンスには我慢を強いていた。そのストレス発散に、クロノタトン家に滞在する間はできるだけのびのびと過ごせるようにと周囲は配慮していたが、やはり“普通の体験”をさせてあげることだけはできなかった。
「―――あなたも…諦めないでくださいね。」
行動を制限される者同士、どこか通じるところがあったのかもしれない。
「少し…考えさせてください。」
メロディの瞳は揺れていた。
「もちろんです、お待ちしております。」
クレーメンスは晴れやかに笑って見せた。
「―――では、これにて解散としよう。」
アスカルトの言葉に、皆それぞれ部屋を後にした。
後日、シェラトリスらが研究室に行くと、すでにフィルの荷物が運ばれてきていた。
かなり整理整頓されているようだったが、用心のため、一番乗りで部屋の中を確かめたエルルフは、「檻の部屋にだけは入らないでください」と言った。
悲鳴を上げながら戻って来たエルルフの髪と服が焦げているのを見て、シェラトリスはフィルを問いただすと、フィルはあっけらかんと、
「死なないから大丈夫。シェラトリスが入るんだったら止めたけど。」
そう答えた。
まだ煙が上がっているエルルフの服の焦げを消しながら、クレーメンスは、
(王族でも止めてくれないんだろうな…。)
と、もう一人の狂人の顔を思い浮かべて苦笑した。
狂人王子として知られるレイジオンですが、実はフィルを手本にしています。そのため、クレーメンスは二人が同じ空気を纏うと感じたのでしょう。
レイジオンは素で狂人的な面がありますが、より狂人さを増すようにフィルを真似しているようです。




