第7章、仲間を求める⑤
更新お待たせしました。今日も「魔女の敵」はお休みです。
申し訳ありませんが、しばらくは更新できません。次の更新は8月になるかと思います。
(確実に飛び級できる能力があるのに…。)
だが、能力があってもそれを生かす本人の意思がなければ無駄である。飛び級には最低限の出席日数を満たし、定期試験と飛び級用試験に合格しなければならない。欠席ばかりするフィルにはある意味難しい。
周囲はもったいないという言葉を幾度となく掛けてきたが、この青年にはどんな常識だって通用しない。
現に、周りの言葉を一切聞かずにシェラトリスをここまで強引に連れて来たのだから。
しかし、シェラトリスにここまで気安く接しているのにも関わらず、クレーメンスやエルルフが強く注意しないのには理由がある。
フィルは、エルルフ同様、かつてはクロノタトン家の使用人として雇われた人物だ。ある日、急に屋敷に迎え入れられ、年の近いシェラトリスの遊び相手に任命された。しかし、出身不明・プロフィール曖昧な彼は奇妙な言動が多く、情緒不安定としてシェラトリス専属からすぐに外された。非常識なフィルがそれでも解雇されなかったのは、レイジオンの頼みで預かっているから、フィルの知的能力の高さと学問探求心の強さが買われていたからである。そこで、フィルはクロノタトン家専属の研究者となり、様々な研究を行うことになった。クレーメンスの変装に用いられている髪染めは、実はフィルが製作したものだ。このような高い研究成果を上げるフィルを王家に戻そうとしたこともあったが、レイジオンがそれを拒否したこと、何よりフィル自身が名誉にも報酬にも興味がなく、クロノタトン家に居続けたいと希望したことから、その話はなくなった。とはいえ、やはり天才の頭脳を一貴族家が独占するわけにもいかず、フィルは派遣という形で王立研究院に勤めている。今着ているローブの紋章は王立研究院のものだ。大方、着替えるのが面倒で研究院からそのままの格好で来たのだろう。
クレーメンスにとって、フィルは王家の協力者のようなもの。エルルフにとって、フィルはクロノタトン家における行儀見習いの先輩のようなもの。そして、シェラトリスにとって、フィルは友人や兄弟のようなものなのだ。シェラトリスがフィルの図々しさを許しているからこそ、周囲はたしなめる程度にしか叱らない。
そんな仲の良い二人ではあるが。
(どれだけ一緒にいても、フィルのことが分からない時があるわ…。)
フィルは自分について全く語らない。過去に何があったのか、今何を思っているのか……しかし不思議と詮索する気にはなれない。きっと、シェラトリスの世話係として常に傍にいた頃、嫌な夢を見たと異常なまでに泣いて震えていたあの姿を知っているからだろう。そんな時は、決まってシェラトリスの姿を見れば落ち着いたものだ。
シェラトリスは黙ったままのフィルの顔をじっと見つめる。
(最近はちゃんと寝れているのかしら。)
「?」
きょとんとしているフィル。シェラトリスは質問し直す。
「なぜ、許可された研究室ではなく、ここに?」
フィルは無邪気ににっこりと笑った。
「シェラトリスが学校から明け渡された研究室を見たら、狭くて何もない部屋だったからさ、これじゃあシェラトリスが研究するのに相応しくないと思って。フィルも入部するんだし、色々物が増えるだろうから、フィルの権限でもう少し広い部屋をもらったよ!」
(職権乱用にならないかしら…。)
「フィル、私たちは歴史研究をするのよ?実験室や檻はいらないでしょう…。」
「それは分からないよ?“黒魔女”と“白魔女”の魔力対比実験をするかも!魔法生物の生態観察をするかも!」
「必要な時は学校の実験室を使えばいいでしょう。」
いつものフィル独特の言い回しを無視して、シェラトリスは話を続ける。〈黒魔女〉・〈白魔女〉という呼び方は、フィルの癖なのだ。
「それに、魔法生物の飼育は危険なのだから、学生だけでやるのは―――」
「それはフィルがいるから大丈夫。」
フィルは自身のローブを引っ張ってバッチを見せた。それは、王立研究院の中でも特に高位な研究者に与えられるものだ。
「…そうね。でも、だからといってこんな広い部屋にする必要は―――」
「フィルが今まで使ってた部屋は返したよ。シェラトリスはここにいるし、フィルもここに来るし、あの部屋いらないなって。あ、後から今まであっちに置いてた道具と資料持ってくるね。」
シェラトリスはまだ反論しようとしたが、少しうなって腕組みを解いた。
「……なら仕方ないわね。」
「諦めちゃうんですね。」
今まで部屋を見ていたクレーメンスがツッコんだ。
「研究者が使うという建前なら、もういいかなって。」
シェラトリスの答えにクレーメンスは苦笑いした。
「いや待ってください、フィルさんの荷物ってとんでもない量があるじゃないですか。ここに運んで来るのはマズイですよ。」
エルルフも口を挟んだ。彼はクレーメンス以上に熱心に見ていたのだが、フィルの言葉に慌てだしたのだ。
「魔法でちょちょいのちょい。」
フィルは人差し指をくるくると回した。
「違う、そういうことじゃなくて。フィルさん、物がとても多いのに全然片付けないじゃないですか。こんなに広いからといって、屋敷の部屋みたいに溢れさせたら足の踏み場もないですよ!」
エルルフは大げさなジェスチャーで必死に訴える。
そう、なぜならエルルフはフィルの部屋の散らかし具合を知っているのだ。
クロノタトンには、屋敷の使用人全員が住む施設がある。学校の寮みたいなものだ。研究者のフィルはその中でも広い部屋を与えられているのだが、足の踏み場もないほど物で溢れかえっている。
今はノーア家に住んでいるエルルフも、かつてはクロノタトン家に住んでいた。エルルフやフィルのような若者の働き手は少なかったため、貴重な年の近い者同士、交流があった。エルルフが部屋を訪ねた際、部屋の奥にいるフィルに会いに行くのにとても大変だったことが未だに忘れられない。なんせ、姿が見えないところから「飛んできて~」と言われたのだ。衝撃を受けずにはいられない。高く積み上げられた本の山は、ちょっとでも触れれば崩れ落ちそうだったし、ぷかぷかと浮いたよく分からない球体は、蒸気を上げている。まるで何かの罠をそこら中に張り巡らしたかのような部屋を、エルルフは気を付けて飛んだのだが、最後のところで奇妙な光の糸に触れて天井から氷水が降ってきた。突然のことに驚いて悲鳴を上げた。仕方ないことだったと後から大人にフォローされたものだ。
さて、こういうわけでエルルフは慌てたのだが、シェラトリスはきょとんとしている。
「あら、フィルは別に部屋を散らかさないと思うのだけど…。」
「えっ。」
「もちろん、シェラトリスが来る時は片付けているよ。フィルの部屋は危ないからね~。」
「えっ。」
「いつも片付けておきなさい。」
「は~い。」
敬礼して見せるフィルに、エルルフは開いた口が塞がらなかった。
この章は⑥まであります。




