第1章、禍(わざわい)の白④
シェラトリスは自分の専属メイドであるララノアに荷物を渡すと、彼女を連れて自室へ行った。そこで、自宅用の簡素なドレスに着替え始める。
「ララノア、ご機嫌ね?」
先程からニコニコしているララを見て、シェラトリスは声を掛ける。
「あ、気付かれちゃいましたか?先程、奥様から使用人にまでクッキーをくださったんです!」
幼い頃からクロノタトン家に仕えているララノア。特に年の近いシェラトリスとは仲が良い。
「そうだったの、良かったわね。」
「はい!」
クロノタトン家は代々、白髪の者である。忌み嫌われがちな家系だが、意外と使用人は少なくない。クロノタトン家は、真面目に働く気持ちがあるならどんな者でも受け入れるからである。白髪で仕事になかなか就けない者も、病気で長時間働けない者も、ケガや病気で容姿に問題があるために迫害された者も。
そういった者たちが集まるため、クロノタトンの結束は他のどの家よりも固い。
ララノアも然り。彼女は、実は男爵家の娘として生まれたのだが、ある時、事故で大怪我を負った。それは一生消えることのない大きな傷として背中に残り、そのせいで彼女は家族から見放された。貴族社会において、騎士などの、怪我が当たり前の職業にでも就いていない限り、大怪我を負った者はキズモノとして嫌われることが多々ある。家族からも見放されたララノアだったが、幸運にもクロノタトン家に拾われて、年の近いシェラトリスの専属侍女となれた。
ララノアは、シェラトリスの髪を整えながら声を掛けた。
「……アスカルト殿下から聞きました。今日、水を掛けられたそうで…。」
「ええ。アスカルトが魔法ですぐに乾かしてくれたおかげで大丈夫よ。」
「…はい。ですが!」
元気付けるように笑顔を見せるララノア。
「そのような面倒な方々と関わって、お疲れでしょう。今夜のご夕食はご期待ください。料理長に、シェラトリス様お好みのメニューにしてもらうよう頼んでおきましたから。それに、ご入浴はお任せくださいね。最高のお風呂をご用意します!」
シェラトリスはララノアに微笑んだ。
「ありがとう。」
そんなやり取りをしてから、シェラトリスは、アスカルトたちの待つ場所へと向かった。
「あら、おかえりなさい、シェラトリス。」
「ただいま帰りました、お母様。」
紅茶を片手に、談笑するシェラトリスの母・ナルフェーリヤが笑い掛けた。
「ラトクルフ伯爵令嬢たちに嫌がらせをされたそうですね。」
「ええ。」
ナルフェーリヤは目を落とした。
「根も葉もないこと言うようなお家ではなかったはずですが…。変わってしまいましたね…。」
「ラトクルフ伯爵は相変わらず、謙虚な方ですよ。」
「そうね…。きっと伯爵夫人を早くに亡くされてから、ラトクルフ嬢を甘やかして育てられたのね。」
アスカルトを王子としてではなく、友人の子として接する様子は、クロノタトンでは当たり前の光景だ。アスカルトも王族としての態度を求められず気楽に過ごせるため、王宮よりずっと楽しいと常日頃から語っている。
「なぜあのような振る舞いができるのでしょうね。魔力が低いと侮っているようですが、白髪の者はそうではないことくらい、貴族なら当然知っているでしょう。」
髪色が白に近付くほど魔力が低い傾向ではあったが、実は、完全なる白を持つ者は例外だった。下手をすると、完全なる黒の王族と同等、もしくはそれ以上の力を持つ場合すらある。
しかし、白い髪を持つ者たちは、余計な争いに巻き込まれないようにと、その実力を隠したがっている。それでも、ある程度は知られてしまっているのだが。
「この間のテストで、不正をしたのではと疑われたわ。その時に聞いてしまったのだけど、ラトクルフ殿はどうやら最下位だったらしいの。きっとお勉強が苦手なのね…。」
「ああ、シェラトリスがクラストップのスコアだった時のかな?他のクラスにまであの騒動が伝わってしまっていたから、僕も知ってるよ。自ら己の至らなさを暴露していて、あまりに滑稽だった。あの時より、ラトクルフ嬢の傍にいた令嬢の人数が減っていたね、人付き合いも苦手そうだ。」
げっそりした様子で話すシェラトリスと反対に、アスカルトはリリシィへの嫌悪感を隠さない。
「アスカルト様。」
たしなめるように名を呼んだナルフェーリヤは、一呼吸おいて話題を変えた。
家族ぐるみの付き合いって憧れますね。家族みたいに仲の良い友達とか羨ましいです。
ですが、シェラトリスとアスカルトは、友人(幼なじみ)というより親戚みたいな感覚かもしれないですね。