第6章、用意されたアドリブ⑥
今日は「魔女の敵」の更新はありません。
シルバーベルズ城の〈絵画廊下〉と〈鏡廊下〉はいくつもの怪談話が付きまとう有名な場所だ。
ここに幽閉された歴代の王族の姿が絵画や鏡に映り込むとか、よそ見をしている間に絵画や鏡が移動しているとか、絵の具の代わりに血液を使ったと言われる絵画の貴婦人のドレスから時折血が滴り落ちているとか、一方的に騎士から想いを寄せられていたお嬢さんがその騎士によって殺された際にも持っていたという手鏡が飾られているとか、功績を他人に横取りされた職人が自殺した焼跡から唯一 無傷で出てきたという美しい鏡が紛れ込んでいるとか、制作中に作者が気が狂って亡くなったという描きかけの危険な絵画があるとか、拷問を受けている魔女が涙を流しているという絵画は魔女の頬が濡れているとか、沈没船から引き揚げられた宝の一つである鏡には海藻や髪が巻き付いていて取り除いても取り除いてもいつの間にかまた絡みついているとか―――。
とにかく“いわくつき”の物が多い。
一方通行の廊下の仕組みだけでなく、そのような気味の悪い美術品は、その手の研究家たちにとって非常に興味深いものではあるが、シルバーベルズ城が王家の所有物である上、王族の厄介者を収容する場であるから、なかなか調査はされていない。
問題があるとしてこの城に住む王族はそれほど頻繁に出るわけではない。
しかし、この城の手入れや警備のために絶えず使用人や騎士は駐在している。決して多くはない人数の彼らが、何かの怪奇現象を目撃したのか、あまりの気味悪さに面白がって話を作り上げたのか。
ともかく、この城で働いたことがある限られた者たちが怪談話を広げ、それを聞いた者たちがこぞって噂したために、それが有名になったのだろう。
確かに怪談話の一つや二つが考え付きそうな場所である。
シェラトリスも、行きでは、「大罪人処刑図」という題名の絵画で胸に剣を突き刺されている人物の〈書〉が光ったような気がしたし、帰りでは、全身が写る大鏡に一瞬だけ“見たこともない誰か”が映り込んだ気がした。が、噂で聞くような、血や涙のような液体が滴っている様子の物は一つもなく、古びた物でもよく手入れされていた。
(やっぱり、怪談話は創作なのかもしれないわね。)
不思議な廊下への興味が勝るとはいえ、ホラーはシェラトリスも苦手だ。そのため、安心しながら〈絵画廊下〉と〈鏡廊下〉が本当に一方通行であることを検証した。
もちろん無事にナルフェーリヤに会え、その後スティルグ伯爵も来たため、これで任務終了とし、王宮へ報告に帰るとヴァリオらに挨拶をした。どうやらヴァリオはシルバーベルズ城に残るらしい。「お気を付けてお帰り下さい」と告げてレイジオンの元へ戻って行った。帰りはくたくたで、スティルグ家と馬車が異なることを幸いに、クレーメンスと肩を寄せ合うように寝た。
何の懸念もなくシルバーベルズ城を後にしたシェラトリス。
―――だが、シェラトリスが遭遇したと思われる怪奇現象のうち一つは気のせいではなく、本当のことだった。とはいえ、実際に怪奇現象が起きたのではなく、実体を持った者の仕業であったのだが。
「はわわ…。」
たくさんの馬車が王宮へと飛び立つところを見送る一つの影が、ぶつぶつと呟く。
「こ、こんなに来ていたのか…。今日来るって聞いてなかったせいで少年少女たちと危うく出くわすところだったじゃん…。いや、聞いてなかったのは自分のせいだけど…。仕方ないじゃん、本に夢中だったんだって!そのせいで…ううう…、女の子に俺の姿を見られたかも…。こんな化け物みたいな奴を視界に入れて申し訳ない…よりにもよってあんな美少女に……。本当に申し訳ありません…二度と見せないのでどうか忘れて…絶対に忘れて―――というかそもそも見ていませんようにっ…!!」
長い紺色の髪を振り乱し、あまつさえ天に祈りだした青年。情緒不安定なその様子に声をかけるのも躊躇うであろうところを、容赦なくその背中に体当たりした人物がいた。
「どーーーんっ。」
「ひえええぇぇぇぇぇっ!!!」
周りを全く気に留めていなかった青年は、突然の衝撃に甲高い悲鳴を上げた。
「やっほー、元気?」
「ちょっと!!心臓飛び出るかと思いましたよ!!何てことしてくれんの!!」
青年はすぐさま振り向きつつ、脅かしてきた人物から距離を取る。ぼさぼさの髪の間から、緑色の目がきらりと覗いた。その目には若干涙が。
犯人はそんな青年にお構いなく距離を詰める。
「元気だねぇ。」
「どこをどう見て言ってんの?!不健康すぎて化け物みたいでしょ?! …というか近寄らないで!離れて!顔が……眩しい!!」
「キミは相変わらずボクの顔が好きだね、面食いだ!」
「自分で言っちゃう?!…でもそんな台詞も合いますね…俺とは大違い…。」
「卑屈になるな、ルギウス。君は相変わらず不規則な生活を送っているようだね?だからそんなに不健康で、お化けみたいだと自分で感じるんだよ。規則正しい生活を送って身なりを整えれば君だってかっこいいだろうに、残念だな。」
彼がいるなら大抵 彼もいる。今度は驚かずに青年・ルギウスは振り向いた。
「…こちらもキラキラで相変わらずデスネ…。それはそうと、あなた様がいるならこの方を止めて欲しかったデス。」
自らの手で目を塞いだルギウスは、完全に髪を玩具にされている。そろそろ編み込みが終わるだろう。
「できた。ねぇ、リボン持ってる?」
やはり。ものの数分で、今ご令嬢方の間で流行っているかわいい髪型にされてしまった。
「いや、レースのシュシュなら。」
「なぜ持ってる?!いや、やめてくだされ、俺はこのままでいいのです~!」
自分の髪に触れる手を振り払うルギウス。
「ざんねーん。ルギウス令嬢化計画が頓挫してしまったよ。」
「こわっ!!そんな計画なんてそもそも企画するもんじゃない!!」
「残念だね、せっかく持ってきたのに。」
「こわっ!!本当にレースのシュシュ持ってるんですけど、この方!!」
忙しなく叫ぶルギウス。その様子を見て二人はくっくっと喉を鳴らすように笑った。
「ごめんごめん、これはもちろん君への贈り物じゃないよ。」
「キミの姉君…ユリエーラに。最近王都で流行っている髪飾りだよ。」
差し出されたシュシュを、一度躊躇う仕草を取って受け取るルギウス。
「…ありがとうございます、あのアホ姉にわたしておきますね。」
苦笑するルギウスは、真剣な雰囲気で二人に問いかける。
「これからどうするおつもりですか。」
二人もルギウスをからかっていた時の雰囲気とは一変して、真面目なトーンで話し始める。
「せっかく王宮から離れられたし、この国のあちこちを見て回るよ。」
「君には一層 気を張ってもらうことになって心苦しいが、“彼”の身代わりとしてここに置いて行く“獣魔”をフォローして欲しい。」
「―――かしこまりました。」
恭しく頭を下げたルギウス。
「頼んだよ、ルギウス。」
「お気を付けていってらっしゃいませ、レイジオン。」
レイジオンはにっこり笑った。腹の内が読めない笑顔だ。
「…さて、最初はどこに行こうかな。君の職場はどう?」
「やめてくれ。手続きが面倒だ。」
「それはお互い様だろう。あの時ボクが口添えしなければ―――」
「はいはい、分かったよ。僕の助手として部屋が借りれないか申請してみよう。」
「そうこなくっちゃな。ま、今日は君の部屋にこっそり入れてくれ。」
「僕の? 構わないけど……僕の獣魔を虐めるなよ。」
「虐めたことなんかないよ。ただ、あまりにも君そっくりに変身できるから、どれほど力が強いのか興味深くてね。」
「だから、それが彼らを困らせてるんだって…。」
ため息を吐くヴァリオ。
「まあいい。早く帰って身代わりを解消してやらないと。今日は“教師の仕事”が詰まっていなかったとはいえ、長かったからきっと疲れているだろう。」
「一人二役―――いや、“一羽”二役か。確かに疲れそうだ。」
二人は再びルギウスに向き合う。
「それじゃあ、ボクらは帰るよ。後は任せた、ルギウス。」
「君への土産はいつものところに置いてある。読書はほどほどにして睡眠と食事の時間はしっかり確保するようにね。」
そして嵐は去った。
静かになった部屋。げっそりとした顔でひっそりとため息を吐いたルギウスだったが、すぐにうきうきとした足取りで土産物が置いてある場所へと向かった。彼が大の小説好きで本の虫であることを、レイジオンとヴァリオは知っていた。
書き始まるまでとても悩むのですが、一度思いつくとどんどん長くなってしまい、時間が足りなくなってしまいます。これで全く面白くないと思われていたらどうしよう…。どうかくすりとでも笑って下され…。




