第6章、用意されたアドリブ⑤
今回「魔女の敵」の更新はありません。
乱心王子の護送―――もとい、国一番の狂人のお世話という仕事から解放された三人。全体の警備調整を任されている父母らの元へ行く途中の廊下で、互いに労いの言葉を送る。
「お疲れ様です、レイベル様、クレイ。」
「無事に終えて良かったです…と言いたいところですが。シェラトリス様、お身体は大丈夫ですか…?クスリ入りのお菓子を召し上がられましたが…。」
「そうですよ、シェラトリス様!あの時とっても驚きました。二度とあのようなことはなさらないでください。」
心配する二人。シェラトリスは「あはは…。」と苦笑する。
「シェラトリス様~?」
じとっと見つめるクレーメンス。
「心配をかけてごめんなさい。でもあの時、何としてでもレイジオン殿下に召し上がって頂かないとと思ったの。」
心配をかけたことには申し訳なさがあるが、あの場面で自分は当然の行動を取ったとシェラトリスは考えている。つまり、シェラトリスは反省していない。自分がしばらく使い物にならなくなったとしても、レイジオンを大人しくさせねば、周囲にも危険が及ぶと考えたからだ。
(一番良いのは、レイジオン殿下があれほどの狂行に走らないことだけど。)
魔法を使用することなく空を飛ぶことはできない。しかし、あの時、レイジオンは飛行準備を一切していなかった。その状態で馬車から飛び降りれば、為すすべなく地面へ叩きつけられるだけ。しかし、王子の身を守るのが騎士やシェラトリスたち臨時護衛隊の仕事である。最悪を回避するために、周囲の者は任務に命を懸けなければならず、レイジオンが火に身を投じれば護衛陣はそこへ飛び込んで救出しなければならない。今回はそれが空だったわけだ。
魔法を使えば良い、と考えるかもしれない。しかし、魔法は有能ではあるが万能ではない。もし魔法発動が遅れれば、正常に発動しなければ……彼らの命は保障できない。
(真相を知る者であっても、お兄様―――レイジオン殿下の言動には驚かされる。)
まぁ、そのおかげで演技にボロが出やすい年少者であっても新鮮な反応が引き出せるのだが。
「クロノタトン侯爵夫人やスティルグ伯爵はどちらにいらっしゃるでしょうか。」
通りすがりの王宮騎士にクレイが尋ねた。
「我々がお見かけした際には、お二人とも別々の場所へ向かっていらっしゃいました。恐らく侯爵夫人は大広間にいらっしゃるかと。申し訳ありませんが、伯爵がどちらへ向かったかは存じ上げません。」
「ありがとうございます。」
お礼を言って騎士と別れる。
「我が父の居場所が分からないようですから、侯爵夫人の元へ報告に行きましょう。」
「そうね。」
三人が事前に頭の中に入れたこの城の地図では、確か大広間に行くには四つの道がある。
「〈絵画廊下〉と〈鏡廊下〉ですね…。ここから行くには北が一番近道ですが、東からも十分近いでしょう。お二人はどちらから行きたいですか?」
シルバーベルズ城は面白い仕掛けがたくさんある。敷地の中心にある大広間には、四つの廊下が北・東・南・西に延びており、その廊下からしか広間に出入りできないようになっている。中庭が見えるドアも窓もあるのにも関わらず、そこを決してくぐることができない。
四つの廊下は複雑な魔法が掛けられており、一方通行。大広間に入るためには〈絵画廊下〉と呼ばれる、たくさんの絵画が張り付けられている道を通らねばならず、大広間を出るためには〈鏡廊下〉と呼ばれる、たくさんの鏡が張り付けられている道を通らねばならない。
絵画も鏡も、それぞれの廊下の天井や壁に所狭しと飾られており、この城に住んだ歴代の王族の幽霊が出るなんて噂も相まって、少し不気味だ。
さて、レイベルがどこから行きたいかと尋ねたのには訳がある。北・東・南・西それぞれ異なる趣があるからだ。
例えば、北の〈絵画廊下〉はホラー調でドクロや処刑道具などが描かれている絵画ばかりが並んでいるし、東の〈絵画廊下〉はトリックアートのだまし絵ばかりが並んでいる。
要するに、恐ろしげな北を選ぶか、頭がこんがらがりそうな東を選ぶか、と聞いているのだ。
「む、難しい選択肢ですね…。」
一番まともな廊下は、風景画や人物画が並ぶ南である。しかし、そこまで遠回りするわけにもいくまい。
「一番近いのだから当然、北から行くわ。奇妙な雰囲気の廊下だけど、素早く通れば大丈夫。」
「そ、そうですね。」
シェラトリスの言葉に、クレーメンスは頷いた。
全く気にしていないようにシェラトリスは言ったが、実を言うと、シェラトリスは〈絵画廊下〉や〈鏡廊下〉に興味があった。
この章(「第6章、用意されたアドリブ」)は、⑥まであります。




