第6章、用意されたアドリブ①
今回「魔女の敵」はお休みです。
来週は「古の魔法書と白ノ魔女」も「魔女の敵」もお休みです。更新が少なくて申し訳ありません。
「シェラトリス様、失礼します!」
まだ夜も明けぬ時間。突如、ララノアがシェラトリスを起こしに来た。
「すぐに広間に集まるようにと、ナルフェーリヤ様が仰せです。」
シェラトリスは、屋敷内の騒がしさから何か緊急事態が起こっていることを察し、急いでローブを羽織った。
リビングにはすでに、母のナルフェーリヤ、アスカルト、クレーメンスがいた。父のエングレンはいないが、祖父のリグルトがなぜかいる。
「お待たせしました。」
リグルトは頷くと、用件を話し出した。
「秘匿されていたが、先日、クレランス王女が亡くなられた。」
シェラトリスはぎょっとしてクレーメンスを見た。アスカルトは少し驚いた表情をしているが、冷静な態度でクレーメンスを見ている。ナルフェーリヤは全く動じていない。シェラトリスやアスカルト付きの騎士たちは、平静を装いながらも、クレーメンスに目を向けている。
注目されたクレーメンスは、苦笑している。
「クレーメンス様、ではない。“クレランス王女”が亡くなられたのだ。」
リグルトの言葉に、シェラトリスは冷静さを取り戻した。
(なるほど。クレランスという“役”が終わったのね。)
シェラトリスが納得した様子を見てから、リグルトは話を再開した。
「シェラトリスが最初に〈古書の儀式〉をした日のことだ。あの日、クレランス王女はレイジオン王子の暴走に巻き込まれ、酷く体調を崩し、その後亡くなった…という台本だ。」
「暴走って…何があったら命を落とすようなことになるのです?」
何をしたら、そのような事態が起こるのだろうか。シェラトリスは台本を不自然に思った。
そんなシェラトリスの言葉に、クレーメンスが説明を入れた。
「実はあの日、シェラトリス様たちが帰られた後、お兄様とも別れて、騎士と共にお母様のところへ向かっていたのですが、そこでレイジオンお兄様と会いまして…。急に抱き上げられて、まるで幼子にするようにぐるぐると振り回されたり放り投げられたり…。落ち着いたと思ったら、急に立ち上がって部屋に引き込まれたりと…。」
「…。」
「本当に身体が弱かったら、間違いなく具合が悪くなると思われる行動でした…。」
少し遠い目をしてクレーメンスは語った。
(レイジオン様の狂人っぷりは徹底されているわね…。)
シェラトリスの台本に対する疑問は解消された。
「この件により、レイジオン王子には王宮を出てシルバーベルズ城へと移って頂く。クレランス王女の葬式が始まる前の今日だ。陛下と、我々一部の上位貴族で決めた。」
シルバーベルズ城とは、王家が所有する別荘の一つである。主に“手に負えないほど重い病気”を持つ王族にあてがわれるその城は、春から夏にかけて灰色がかった美しい花・シルバーベルズを咲かせる。王都から離れた田舎にあり、安全のために“扉”は一つもない。外部から隔絶された場所と言ってもいい。
「レイジオン王子護送の任をクロノタトンとスティルグ伯爵家が引き受けることになった。王宮騎士と協力して、レイジオン王子を護送しなさい。」
「私…ですか?」
リグルトの視線に、シェラトリスが首を傾げる。
「ああ。レイジオン王子の護衛と監視だ。シェラトリスの他に、スティルグ伯爵家のご子息も馬車を共にする。」
「レイベル殿のことでしょうか。」
「そうだ。そして…。」
そこで言葉を区切り、リグルトはクレーメンスを見た。
「クレーメンス殿下にも、同乗して頂く。」
「わ、私もですか。」
「お祖父様、それは…。」
リグルトは視線でシェラトリスの抗議を制止した。
「クレーメンス殿下はこれから、我がクロノタトンの行儀見習い〈クレイ〉として過ごして頂く。そのお披露目の第一の場として、この任務を利用する。…分かっているね、“クレイ”?」
クレーメンスもといクレイは、はっとして頷いた。
「はい。」
「よろしい。」
シェラトリスは、急な話に頭が追いつかない。
「先日、ノーア家に養子入りした使用人の件があっただろう。この流れに乗ろうと考え、急遽、クレランス王女の死去とレイジオン王子の幽閉という台本が作られたのだ。急な話ではあるが、前々から検討されていたことではある。クレーメンス殿下もレイジオン殿下も、それぞれの場所で為すべきことがあるだけだ。お前は今まで通り、臣下として王家のサポートを考えなさい。」
シェラトリスは表情を引き締め、答えた。
「―――かしこましました。」
その様子を見てリグルトは僅かに表情を和らげた。
「うむ。レイジオン王子の護送任務には、ナルフェーリヤさんとスティルグ伯爵殿が当たる。お前たちは王子の話し相手ぐらいの仕事だと思えばいい。しかし用心は怠るな、どこで誰が聞き耳を立てているかは分からないのだから。」
「「はい。」」
次に、リグルトはアスカルトを見た。
「アスカルト殿下には、王宮でクレランス王女の葬式の準備をして頂く予定です。」
「分かりました。数日は慌ただしくなりそうですね。」
「ええ。何事も起きなければ良いのですが。」
アスカルトは苦笑し、リグルトはため息を吐いた。
「お気をつけて。」
「あなたも。」
会話を終えると、アスカルトはクレイに向き合った。
「頑張れよ、“クレイ”。」
「はい。…アスカルト様も。」
アスカルトはクレイの頭を撫でると、シェラトリスに目配せした。
(クレーメンスを頼んだ。)
そして、どこかへと去った。きっと自室に戻って、これから登城の準備をするのだろう。
「これからよろしくお願いします、シェラトリス様。」
「ええ。―――よろしくね、クレイ。」




