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古の魔法書と白ノ魔女  作者: 紀ノ貴 ユウア
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番外編1、複雑な立場⑤

「興味深いものだったな。」

「はい。お父様から許可を取ってくださってありがとうございました、お兄様。」

 お兄様は笑って私の頭を()でた。

「お前は日頃ひごろ窮屈(きゅうくつ)な生活をしているんだ。本当はもっと楽しい経験をさせてあげたいと僕も父上も思っているけど、この時世(じせい)では難しいし。これくらいしかできないけど、喜んでもらえたなら何よりだよ。」

 私は首を振った。

「いいえ、いいえ。私なんかよりお兄様(がた)(ほう)がずっと苦労されているのですから。わがままを(かな)えてくださって本当に感謝しています、お兄様。」

 命を集中的にねらわれるお兄様やお父様に比べたら。

 私は、(うそ)に守られているだけなのだから。

「こんな世の中じゃなければ、僕たちはもっと―――…なんて、僕たちがそんな世界にしなければならないな。」

 お兄様は何かを言いかけて言葉を(にご)した。でも、私はお兄様の言葉の続きが分かる気がする。


 ―――自由、平穏、幸福。 きっと、当てはまるのはそんな希望を指す言葉。


「良き時代を(むか)えられるよう、共に頑張ろうな、クレーメンス(クレランス)。」

「はい、お兄様。」

 苦労全てをお兄様に背負わせたくはない。私だって、お兄様の負担(ふたん)を減らしたい。…でもその方法が分からない。今はただ、自分にできることを探して勉学に(はげ)んでいるだけ。でも、何もかもお兄様に(かな)わないから、どうしようかと(なや)んでいる。

「さて、僕は父上のところへ行くよ。お前は母上のところへ顔を出したほうが良い。」

「分かりました。それではお兄様、また後で。」

「ああ。」

 お兄様はアクア隊をれてお父様の執務室(しつむしつ)へと向かわれた。


 さて、私はお母様のところへ…。


「クレランス♪」


 不意(ふい)(なな)め後方から声がかけられた。この声は今朝けさも聞いた…。


 私は声のするほうへ身体を向けた。しかし、そこには声のぬしはいなかった。確かに声は聞いたのに。

 奇妙きみょうなのは、たくさんの騎士に(まぎ)れて立つ、通信装置を持った白髪はくはつの男性。少しぎょっとしたように手元の箱を見てから、ため息を()いて私のほうを見た。…いや、私より高い位置に視線しせんが向けられている?

 もしや、私の後ろ…?


「クレランス♪」


 先ほどと全く同じ調子ちょうしで声が聞こえたと同時に、後ろから()き上げられた。


「ごきげんよう!我らが幽谷(ゆうこく)の姫!昨夜の(どろ)んこパーティーは見事(みごと)馬鹿(ばか)げていたね、元気だった?ボクはねぇ…ああ、ボクは今、最高に機嫌(きげん)が悪いよ!ああ、今日もキミは最低に美しい!ボクはますます機嫌(きげん)が良くなるねぇ!」

「ごーきげんよう、レっジオンお兄様…。そ、そろそろ!おろしてくださぁ―――」

 急に抱き上げられ、回転させられたりほうり投げてはキャッチしたり…。かと思えば、すんなりと降ろされた。

「はぁぁぁぁ…。」

 これ以上レイジオンお兄様に振り回されないよう、よろよろと後退(あとずさ)った私を受け止めてくれたのは、あの白髪はくはつの男性だった。年齢ねんれいは、レイジオンお兄様と同じ二十歳前後だろうか。


「お身体の弱い妹君に何をされているんですか。」

「ん~?ボクの姉はとーっても強いんだよ~、国の(ほこ)りなんだ!なんせ、ドラゴンを一人で絶滅(ぜつめつ)させた大罪人なんだ!」

 レイジオンお兄様が一人で話している間、白髪はくはつの男性は私をそっと抱き上げた。おそらく、これ以上 レイジオンお兄様に振り回されないようにだろう。私はぐったりとしたように身を(あず)けた。実際、精神的にはぐったりしていた。


 そうだ、私は何度かこのかたを見かけたことがある。それは、どれもレイジオンお兄様がとんでもない奇行(きこう)に走った時だ。

 例えば、昔、レイジオンお兄様が宮殿図書館の最上階から飛び降りようとしていた際、レイジオンお兄様の騎士――レクア隊と一緒にいた。本当に飛び降りたレイジオンお兄様を偶然見てしまった時、私は気絶した。仕方しかたないと思う。まだ七、八歳だったはずだし。ちなみに、私が気絶した後、レイジオンお兄様は騎士たちによって空中で回収されたらしい。

 ……そうだ、気絶した際もこのかたは私と会っている。こうして身体を気にかけてくれた。職業は…医師(いし)だったかな?


「んんん?ああ、なんて可哀(かわい)そうに!顔が(ひど)く青ざめているよ…。もうすぐ死んでしまうんだね、キミのアンティークドールは!それより、(のど)(かわ)いたね。」

 ハチャメチャな空想を言い終え、レイジオンお兄様はポケットからクッキーを取り出した。

「ああ、許してください、大天使様。貴女様あなたさま羽根はねは良い(まくら)になったのだから。」

 そうして私にも差し出した。

「いえ…私は結構(けっこう)です…。」

 私が断ると、レイジオンお兄様は悲しそうな顔をした。

「ああ、神様、どうあってもボクを許して下さらないのですね。」

 そうしてその場でクッキーを食べ始めた。(かべ)に背を預けてしゃがみ込み、もぐもぐと。お行儀(ぎょうぎ)が悪いどころの話ではない。


「……。」


 しばらく食べ進めていると、大人しくなった。

「薬がいている間にレイジオン殿下でんかを運びましょう。」

 レクア隊の一人がそう提案ていあんした。彼女は騎士になる前からレイジオンお兄様と交流がある。長い付き合いゆえに、レイジオンお兄様の言動に慣れている。


 レイジオンお兄様を運び出そうとレクア隊が近付いたその時。


「……。」

 レイジオンお兄様が急に立ち上がり、近くの部屋に逃げ込んだ。

 ―――私を抱えたレイジオンお兄様の医師の(うで)(つか)んで。


「ひゃ…っ!」

 思わず悲鳴が(こぼ)れた。

 レイジオンお兄様の医師がしっかりと私を抱えてくれていたおかげで、放り出されずに()んだ。このかた、とっさによくここまで反応できたと思う。


「レイジオン様!」

殿下でんか!!」

「クレランス様!」


 騎士の声が、ドアの向こうから聞こえる。それに、がちゃがちゃとドアノブを回す音も。


「―――“クレーメンス”。」


 落ち着いたレイジオンお兄様の声。先ほどの雰囲気ふんいきとは全くちがう。この切り替えの良さに私はぞっとする。

 レイジオンお兄様の医師の(うで)から降ろされた。


 いつの間にか、強固な防音魔法が二重にこの部屋にけられている。もう一つ、何か魔法がけられているみたいだけど、私には分からない。


「クレーメンス、よく聞け。国の状況が悪化した。それはもう、最悪の事態だ。だから、お前には(ただ)ちに王女を止めてもらい、クロノタトン家に完全に移ってもらう。そして、クロノタトン家の行儀(ぎょうぎ)見習(みなら)いと(いつわ)り、シェラトリスと共に学園に通え。」

「え?ええ??」


 急な話に頭が追いつかない。のレイジオンお兄様も、突拍子(とっぴょうし)もなくて困る。


「先日、父上と密かに話し合った結果、“クレランス”は死んだことにすることが決定した。頭のいかれた兄王子(ボク)奇行きこうに振り回され、急死したと。」

「ほ、本当に急ですね。」

 レイジオンお兄様は、何の感情も読めない真顔で話を続ける。

「かなり前から考えていたことだ。そもそも、お前が生まれた時からすでにこの案があった。じゃなきゃ、男児に女児のフリをさせるなどというこんな無謀(むぼう)(さく)は実行しない。」

「知っていたのは…。」

「案自体は、そこそこの人数が知っていた。もちろんアスカルトもだ。だが、今日実行すると言う具体的な内容を知っていたのは父上とボク、宰相(さいしょう)であるリグルト・クロノタトン殿、あとはそいつだけだ。」

 (となり)で苦笑したレイジオンお兄様の医師は、

「私は巻き込まれただけのような気がするな。」

 レイジオンお兄様に気安く言葉を返した。


紹介(しょうかい)しよう。彼はボクの協力者だ。表向きには、魔法研究学者 (けん) ボクの専属医者を務めている。臨時(りんじ)にしか入らないから、お前はあまり知らないだろうが。」

「何度かお見かけしたことはあります。」

「ですが、こうしてお話しするのは初めましてですね、クレーメンス様。私の名は…。」

 そこで言葉を止めた。代わりにレイジオンお兄様が告げる。

「ヴァリオだ。」

「ヴァリオ…ですか?」

 私は戸惑(とまど)った。その名前は、大昔の偉大(いだい)な王の名だ。

「…そうですね、レイジオンに呼ばれているこの名のほうが混乱しないでしょう。」

 少し考えるように返事をしたヴァリオさん。

「本名は(ひか)えさせていただきたいと思います。今後に差しつかえるでしょうし。」

「??」

「こっちの話だ。話をもどそう。」

 レイジオンお兄様は次々と話を進める。ヴァリオさんの紹介(しょうかい)はもうおしまいですか?

 戸惑(とまど)視線しせんをヴァリオさんに向けると、ヴァリオさんはそれに気付いてニコッと笑った。どことなくアスカルトお兄様と雰囲気(ふんいき)が似ていて親しみやすい。


「話を聞いているか、二人とも。」

「は、はい。」

「聞いているよ。」

「…。」

 ひらひらと手を振るヴァリオさんは不思議な存在だ。レイジオンお兄様と気軽に話すその(たたず)まいからは、気品が感じられる。だけど、数少ない白髪はくはつ貴族にこんな人はいないはず…。


「聞け、クレーメンス。」

 いけない、レイジオンお兄様の話に集中しなくては。

「お前はクロノタトン家の新たな親戚(しんせき)として、クロノタトン家にあずかってもらうことになった。あの家は最近、特殊(とくしゅ)な力に目覚めた魔女を後見こうけんしているから、人数が増えたところで不審(ふしん)には思われないだろう。」

「ノーア家に養子入りした白髪はくはつの使用人のけんですね。」

「そうだ。そして、お前をわざわざクロノタトン家の親戚(しんせき)(いつわ)らせるのには理由がある。」


 そして、レイジオンお兄様は衝撃(しょうげき)的な理由と重大な命令を私に告げた。


「―――かしこまりました。」

 私が神妙しんみょうな顔で返事をすると、レイジオンお兄様は深く(うなず)いた。

「頼んだぞ、クレーメンス。」

 ふと、それまで黙って聞いていたヴァリオさんがクローゼットを見て、声をかけた。


「時間だ、レイジオン。」


 次の瞬間(しゅんかん)、クローゼットから人が出て来た。

「お(むか)えに上がりました。」

 軽く礼を取る老年男性。返事をするレイジオンお兄様。

「ええ。後は頼みました、リグルト殿どの。」


 この国の宰相(さいしょう)、リグルト・クロノタトン。現クロノタトン侯爵家当主のお父様であり、シェラトリスさまのお祖父(じい)様。


 その人が、私にそっくりな人形をそっと地面に転がした。

 とても精巧(せいこう)な人形だ。触れると冷たい(はだ)しつが感じられた。

 …うん。これなら、クレランスの死は完璧(かんぺき)偽装(ぎそう)できる。


 私は着ていた服からレイジオンお兄様が用意してくれていた服に着替える。いだドレスは、レイジオンお兄様とヴァリオさんが人形に着せた。アクセサリーはリグルトさんに外してもらい、全て人形に付け替えた。


「さよなら、クレランス。」


 私は、今までの自分に別れを告げた。


 リグルトさんと共に、クローゼットにカモフラージュされた“(とびら)”をくぐる。


 振り返ると、狂人の演技(フリ)もどったレイジオンお兄様が、


「~~♪~♪」


 鼻歌を歌いながら、私の人形(死体)(つつ)いて遊んでいた。

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