番外編1、複雑な立場③
「危なかったな、“クレランス”。」
お兄様と合流し、足早に宮殿図書館へと向かう。
その道中で私は尋ねる。
「お兄様、レイジオンお兄様がクロノタトン家へ向かったと聞きました。…大丈夫でしょうか?」
どうしてレイジオンお兄様がクロノタトンへ来たのか、そんな意味を持たせて。
お兄様は周りをちらりと見ながら、私にこっそりと教えてくれた。
「お前の騎士がこちらへ連絡を取った際に、ちょうど兄上が来られたのだ。「クロノタトンってこの前、魔法生物騒動があったところだよね、ボクも魔法生物見たーい」と仰られて…止める間もなく“扉”をくぐってしまったんだ。」
お兄様によるレイジオンお兄様の物まね。ふふふ、そっくりだ。
「兄上の行動にはいつも驚かされるな。」
レイジオンお兄様は、狂人として知られている。大胆で突飛な行動が、とても正常な人間とは思わないから。確かに、いつどこで命が狙われているとも分からぬこの世情で、王子がたった一人で歩き回るのを見れば、誰だって正気を疑う。毒と分かっていながら自ら口にした時は、誰もが驚いたし、まるで誰かと話しているかのように振る舞うのを見れば、誰もがぞっとした。
―――本当はどこもおかしなところなんてないのに。
それにしても、とても正気の沙汰とは思わない言動ばかりで、本当にあの人は正常なのかと真実を知る私だって疑うこともある。
「兄上の騎士がすぐに向かったから大丈夫だろう。彼女らは兄上の行動に慣れている。」
私はお兄様の言葉に頷いた。
「クロノタトンとレクア隊の皆さんに悪いですが、私がこちらに来れたのはレイジオンお兄様のおかげですね。」
苦笑いを浮かべ、私は言う。
「レイジオンお兄様がお前に気遣ってくださったのかもしれないな。」
お兄様は笑っていたが、遠い目をしていた。自分で言っておきながら、きっとそうではないんだろうな、と思っているのだ。レイジオンお兄様は確かに狂人ではないが、変人ではあるから。
「…後でレクア隊に差し入れをしよう。」
いつも苦労を掛けているレクア隊には、本当に申し訳ない。
「失礼するよ。」
「失礼します。」
お兄様と共に古書エリアの儀式の間に入ると、すでに〈古書の儀式〉が始まってしまっていたようで、アーリン様の〈書〉が開かれていた。
あれ、シェラトリス様がいない。もう終わってしまったのかな…。
「おお、アスカルト様、クレランス様。間に合わないかと思いましたぞ。」
アーリン様がこちらを見て笑顔を浮かべた。
「と言っても、一人はすでに〈古書〉を探しに行ってしまっておるが。」
「アーリンのおっちょこちょいとは違って、殿下方はお忙しいのですから仕方ないですよ。」
ロマ様がにっこりと笑う。アーリン様の睨みを無視して、それはもうニッコニコ…。
「ああ、気を遣わなくていい。」
お兄様が学園から来た方々(かたがた)へ頭を上げるよう言った。彼らは私たちが入室してからずっと礼を取っていたから。
「クレランスが〈古書の儀式〉を見たいと言うんだ、お邪魔させてもらっていいだろうか。」
「“もちろんです、アスカルト殿下。”」
引率の先生…というか、その肩に乗る鴉が喋った。…風変りな先生だなぁ、授業でも鴉が話しているのかな。
私も本来ならお兄様と同じ学園に通っているはずだったのに。病弱の引き籠りという設定は、安全と引き換えに普通の生活を遠ざけてしまうのが厄介だ。
「あ、あの、失礼ですがクレランス殿下…お身体は大丈夫でしょうか?」
女子生徒の方がおどおどと尋ねてきた。
「はい。今日は気分がいいので、お父様に許可を頂いてこちらに。」
「ご無理はなさらないでくださいね、クレランス様。」
「はい、ロマ様。」
ロマ様がシナリオに乗ってくれた。
「さあ、挨拶はこれくらいにして、お二人ともこちらへ。」
アーリン様の言葉に、私たちは祭壇のような立派な書見台の近くへ。
「さあ、レイベル・スティルグさん、手を。」
名前を呼ばれた男子生徒の方が指示に従い、片手をアーリン様の〈書〉に置き、もう片方の手をロマ様の手と繋いだ。
「「〈汝の生涯の相棒をここに〉」」
アーリン様とロマ様の声に反応して、強い風が巻き起こる。
「〈ロマの名において、許可〉。」
「〈アーリンの名において、承認〉。」
浮かび上がる魔法陣、集中する光。姿を変えた紙飛行機は、
「さあ、飛んでいけ!」
ロマ様の声と共に上へと飛んでいく。
「紙飛行機が突いたものがスティルグ様の〈古書〉ですよー!」
ロマ様が声を張って、階段を駆け上がるスティルグさんに告げる。
「はい!」
二、三階上ったところで、スティルグさんはとある棚で立ち止まった。
「さ、最後はおぬしじゃ、メロディ・アンドロのお嬢さん。」
スティルグさんが戻るのを待たずに、アーリン様が残る一人に手を差し伸べる。
「は、はい。」
おずおずと紙を受け取り、名前を書くアンドロさん。
スティルグさんと同じ手順を踏み、紙飛行機が飛び立つ。
「“アンドロはここで待て、私が代わりに探しに行く。”」
先生はそう言うと、鴉に紙飛行機を追いかけさせ、自身もその後を追った。あれ?なぜ?
「す、すみません、ルヴァン先生…!」
か細い声で先生に声をかけるアンドロさん。
「あ、ワ、ワタシは…身体が丈夫ではないので…運動は控えるようにとお医者様に言われておりまして…。」
首を傾げる私に、早口で説明するアンドロさん。
「なるほど、クレランスと同じなのですね。」
頷くお兄様。私は納得した。先ほどの気遣う発言は、きっと自分も病弱だからだ。
スティルグさんとルヴァン先生はすぐに戻って来た。
「“これだ。”」
「ありがとうございます…!」
ぺこぺこと頭を下げるアンドロさん。
ふと目を移した先にいたアーリン様が、ドアを見て呟く。
「クロノタトンのお嬢さんはどこまで行ったんじゃ?」
書くペースが下手で、いつも申し訳ないです…。




