番外編1、複雑な立場②
「次はお化粧ですね。クレーメンス様、こちらへお座りください。」
メイラの指示通りに椅子に座ると、首元に布をかけられた。
「今日は健康的な顔色になるようにしましょう。もちろん、目元に少し影を付けて不健康さも見えるように。いつも具合の悪い“クレランス王女”が珍しく体調が良い日、ですから。」
シェラトリス様の〈古書の儀式〉当日の朝。
シェラトリス様が身支度を終えた頃であろうこの時間に、こっそり私も帰宅の準備をしている。もちろんお兄様も。でもお兄様は準備に私より時間はかからないだろう。私はドレスを着なくてはならないし、化粧もあるから、倍以上の時間がかかる。
ちなみに、普段は具合が悪いように見せる化粧をしてもらっている。
「アスカルト殿下が、支度を終えられたそうです。一足先に王宮へ行くと。」
「分かりました。」
シジュの報告に返事をする。
「メイラ、今日の首飾りはどれですか。」
シャランがアクセサリーの入った箱を持ってきて尋ねた。
「金のみのネックレスにしましょう。ドレスが華やかですから、宝石がなくても十分です。」
私はそっと鏡で自分の着ているものを確認した。
フリルやリボンが入った淡い水色のドレス。もちろん、体型が分からなくなるように露出を全くしないデザインである。肩も胸も覆って隠し、袖は長く、足首がギリギリ見えるか見えないかの丈にしてある。全体的に重い印象にしないために、手袋は透けるような薄い布だが、模様が入っているため、手の形をはっきり捉えることはできないようになっている。
「さあ、これでお終いです。」
メイラが口紅を塗った。そして道具を片付け始める。その間に、シャランがネックレスをかけた。
「お綺麗です、“クレランス王女”。」
私の目のようなその色は、ドレスの色とよく合っていた。やっぱりメイラはセンスが良い。
「ありがとう。」
私は女性の声を意識して出した。少し声色を高くして話し方を変えれば大丈夫。言葉遣いは、日頃から叩き込まれているため自信がある。
だけどここからは、言葉遣いも仕草も歩き方も……全てをより一層 意識し、演じなければならない。
「行きましょう。」
そのまま王宮へ行く…はずだった。
「……どうしましょう…。」
「……困りましたね…。」
私とメイラ、そして騎士たちは、未だクロノタトン家にいた。なぜかと言うと…。
「まさか、王宮騎士がいるなんて…。」
昨夜、引き上げたはずの王宮騎士のうち数名がなぜかクロノタトン家に戻って来ていた。しかも、玄関ホールに留まっているらしい。“鍵の扉”はあそこにしかないのに…。
「時間が…。」
このまま王宮騎士が帰るのを待っていたら、間に合わない。
「何かテキトウなことを言って、あの場から移動させましょう。」
ククア隊隊長のチェーナが言った。
「頼んだぞ、リグ。」
「えっ。」
チェーナの息子・リグ。彼もククア隊の騎士で、豪快な性格のチェーナの補佐を担当している。
「そんなとっさに思いつきませんよ…。」
今回も、困り眉で必死に考えを巡らせている。
「…王宮から召集をかけられれば、戻って行くのではないでしょうか。」
リグはそう言うと、王宮にいるアクア隊と連絡を取る。
「聞こえますか、オズエン。」
「“聞こえるよ。”」
「クロノタトン家の玄関ホールに王宮騎士がいて、そちらに行けません。何か理由をつけてそちらに呼び戻していただけませんか。」
「“やってみよう。あっ、殿下―――”」
返事の後、通信が切れた。最後に何か聞こえたのは…お兄様の声?
「これで大丈夫でしょう。」
「リグ、アクア隊に投げたな。」
「俺に丸投げしたあなたに言われたくないですね。」
騎士親子のやり取りを聞いていると、ノックの音がした。
「ララノアです。」
シャランが招き入れた。ララノアさんの他に、シェラトリス様の騎士がいた。確か…モーリスさんだ。
「すでにご存じとは思いますが、先ほど王宮騎士が戻ってきました。昨夜で完了したと思われた〈月の林〉での魔法生物 出現に関して、報告漏れがあったそうです。急ぎの報告らしいのですが、その報告を受け取るはずのナルフェーリヤ様は、〈月の林〉の最終確認のために屋敷を出てしまわれていて、まだ戻りません。」
「王宮騎士は、急ぎの報告ゆえに玄関ホールで待ちたいと。」
二人の報告に、私は焦りだした。このままでは間に合わないのでは…。
その時、通信装置が三つ鳴った。
チェーナ、リグ、モーリスさんがそれぞれ対応する。
「「「はい。」」」
「”緊急事態だ!”」
「”大変だ!”」
「”申し訳ありません!”」
一斉に緊迫した声が。な、何事…?
「「「”レイジオン殿下が!”」」」
息ぴったり。って、レイジオンお兄様が?
「「「”クロノタトン邸に!!!”」」」
はい?!
「お邪魔しまーす!」
少し離れたところから聞こえる元気な声。
「ね、ねぇ…今…向こうから…レイジオンお兄様の声が…聞こえた、ような…。」
「確認して参ります。」
モーリスさんが部屋を出ていこうとした時、勢いよく扉が開き、誰かが飛び込んできた。
「レイジオン殿下がいらっしゃいましたぁ!!」
シェラトリス様の騎士・ルナナさんが騒々しく告げる中、同じくシェラトリス様の騎士のユアンさんが素早く部屋に飛び込み、扉を閉めた。こちらに一礼し、部屋の隅に立つ。
「ドタバタするな。」
モーリスさんがルナナさんを叱った。
「報告を。」
「はっ。たった今、レイジオン殿下が“扉”を使ってこちらへいらっしゃいました。」
ほ、本当に…。
私はため息を吐いた。
「…誰かいます。」
私の騎士・ミルルが天井を注視する。彼女は目が悪いが、その代わりに耳がとても良い。
「…。」
ユアンさんが無言で自身の胸を軽く叩いた。何かの合図なのか、それを見てミルルが警戒を解く。そう言えば、この二人は確か、親戚だと聞いたことがある。
「上から失礼します。」
天井が開いて、一人の男が部屋に降り立った。この人は、シェラトリス様の騎士隊長の…。
「レナードです。クレーメンス殿下にご報告申し上げたい。」
膝を着いたまま、レナードさんは告げる。
「レイジオン殿下が突如いらっしゃり、「ボクも〈月の林〉に行きたーい」と仰られて外へと。王宮騎士の方々が慌てて追いかけられたため、玄関ホールには誰もいません。ですので、今が王宮へ行かれるチャンスかと。」
レナードさんの淡々とした口調でも、レイジオンお兄様の話し方がすぐに思い浮かんだ。
「し、しかし、お兄様がご迷惑を…。」
レイジオンお兄様は奔放な性格だ。人の言うことも聞かず、自由気ままに動き回る。急な訪問だけで迷惑が済むはずがない。
このような状況で王宮に行くのは心苦しい。かと言って、クロノタトン家にいても、何もできないのは分かっているけど…。
「いえ、ここは気にせず行ってください、クレーメンス殿下。」
ララノアさんがにこやかに言った。
「すぐにレイジオン殿下の騎士の方々が来て下さるそうなので、大丈夫ですよ。さあ、お早く。」
「ありがとうございます。さあ、クレーメンス様。」
メイラが急かす。
「今のうちです。」
モーリスさんが廊下を確認してそう言った。
「で、ですが…。」
「今日を楽しみにされていたでしょう、クレーメンス様。」
メイラが微笑んだ。
「私たちの分まで、お嬢様の姿をご覧になってください。」
レナードさんが表情を変えずに言った。
「ありがとうございます…!」
ここは、お気持ちに甘えることにしよう。
私たちは、クロノタトンの騎士や使用人の協力のおかげで、無事に王宮へ行くことができた。




