第5章、再び王宮へ④
数日後。
「シェラトリス、今日は私と宮殿に行くよ。〈古書の儀式〉についてだ。」
朝、父・エングレンから唐突に告げられた言葉。それはシェラトリスが待ちわびたものだった。
「ドレスを着てきなさい。陛下に謁見する時間がある。」
「はい、お父様。」
外出用の中でもとびきり上等なものを着用し、玄関へ。後ろに控えた騎士たちも、正装だ。
「行ってくる。」
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
母・ナルフェーリヤは仕事があるため留守番だ。手を振り、笑って見送ってくれた。
父のエスコートにより、扉をくぐる。
一気に宮殿内にある待機部屋へと。
「おはよう。」
「おはようございます、クロノタトン侯爵閣下。」
「今日は娘のシェラトリスが国王陛下に呼ばれているため、参城した。」
「はい、聞いております。どうぞこちらを。」
渡されたのは、羽飾りだった。黒のリボンと白い羽根が組み合わされており、簡素だが上品なデザインだ。
「登城者の証です。胸に着けてください。」
説明のままに胸にかざすと、それはドレスに張り付いた。
「従者の方々はこちらです。」
レナードが受け取ったものは、灰色のリボンと灰色の羽根が組み合わされた飾りだった。
「行ってらっしゃいませ。」
「今日はそなたの〈古書〉の件について来てもらった。ご苦労だね、クロノタトン侯爵令嬢。」
「お久しぶりでございます、国王陛下。」
場所は宮殿図書館の古書エリア。シェラトリスとエングレン、国王・ロードリーとアスカルト、そしてアーリンとロマがいるのみで、あとは全員、部屋の外で待機している。
「…さっそく始めよう。」
ロードリーの合図に、アーリンとロマが結界魔法と防音魔法を施した。
「アスカルトから話を聞いているだろうから禁書の説明は要らないね、すぐに地下に行こう。ただし、秘密の儀式だから、ここからこっそりと。」
先ほどとは違い、くだけた態度のロードリー。ウインクして見せたロードリーに、シェラトリスは思わず笑ってしまう。人前では威厳を見せているロードリーだが、本来はお茶目で親しみやすい性格だ。
「さあさあ、お前さんたち、ここに輪になって。」
アーリンの指示で、床に描かれた模様に沿って輪になるように立つ。どうやら床に描かれたものは、ただの絵ではなく魔法陣のようだ。
「皆さん、この線から動かないでくださいね。」
輪の中心に立つロマが、リズムを刻むようにして手を叩く。
「〈我、その姿の裏を知る〉! 1…,2…,3!」
可愛らしい掛け声と共に、6人は瞬間移動した。
シェラトリスは一瞬、移動したことが認識できなかった。古書エリアと全く同じ景色だったからだ。扉や階段の位置、壁や床の模様、棚の並び…全てが同じように整えられている。そこが地下の禁書エリアだと分かったのは、古書エリアにはいなかった人物の姿があったからだ。
「…お待ちしておりました。」
静かな声音。メイシーだ。
深々と下げていた頭を上げると、淡々と話し出した。
「それでは“模様替え”をいたしますので、そのまま少々お待ちを。」
皆を魔法陣に立たせたまま、メイシーはその中心、ロマの隣へ。
「〈汝、その正体を表せ〉。」
メイシーが呪文を唱えながら、手を叩く。ロマもそれに合わせて手を叩く。
「「3…,2…,1!!」」
最後のハモリと同時に互いの手を合わせた。
「―――!!」
部屋の内装がみるみる変わっていく。
圧倒されるような量の本も、堅苦しいデザインの机も椅子も、荘厳華麗な装飾も、何もかもが消え失せ、真っ白な部屋となった。空中に点々と浮かぶ“箱”は、全て鎖が巻きつけられ、一つ一つが厳重に封印魔法と防御魔法で守られている。…ちょうど一冊の本が入れそうな大きさだ。
この広い広い空間にあるのは、そんな物々しい箱が数十個と、シェラトリスたちが立っている魔法陣だけ。美しいようで不気味な雰囲気の場所へと様変わりした。
メイシーが目の前に来たことで、シェラトリスは現実に引き戻された。
「シェラトリス・クロノタトン様ですね。」
「はい。」
「こちらの紙飛行機を覚えていらっしゃいますか。」
メイシーが取り出したのは、見覚えのあるものだった。
「ええ。先日、地下へと飛んで行ったものですよね。」
「そうです。特別な魔法で生成されたこの紙飛行機は、あなたが魔力を乗せたために、禁書室の壁をすり抜け、見せかけの部屋を通り抜けました。そして……この紙飛行機が指し示したのは…。」
そこで言葉を区切り、メイシーはある箱を指差した。
「あれです。」
それは、他のものよりも一回りも二回りも大きい箱で―――そして、なぜか鎖が巻き付けられていなかった。ただし、鍵穴が三つもある。
ただ一つだけ、それだけが、他と全く異なる保管のされ方だった。
「〈来い〉。」
メイシーの声に、箱はこちらへと吸い寄せられた。
「少し離れていてください。」
箱を囲むのは、ロードリー、アーリン、ロマ、メイシーの四人。
「〈ロードリー・クルシェン・アーチェストの名において、封印解除〉。」
「〈アーリンの名において、封印解除〉。」
「〈ロマの名において、封印解除〉。」
鍵穴に向けて手をかざした三人。一人ずつ、呪文の詠唱を終える度に、光が増す。
カチャリ、と開錠の音が聞こえた。
「〈メイシーの名において、開封〉。」
箱がひとりでに開いた。
中には―――もう一つの箱。他の箱より少し大きいが、今度は同じように鎖が巻き付けられている。
ロードリーとアーリンの二人が離れた。
ロマとメイシーが互いの指にはめられた指輪を交換した。そして箱を二人で持ち上げ、再び呪文を唱える。
「「〈反転〉。」」
すると鍵穴が現れた。
「〈メイシーの名において、封印解除〉。」
「〈ロマの名において、開封〉。」
再び開錠の音がした。砕け落ちた鎖には、“端”が見当たらない。
中には―――異様な状態の一冊の〈古書〉。
布でくるまれ、鎖が巻き付けられ、文字や魔法陣が書かれた紙が貼りつけられ……〈古書〉自体のデザインがまるで分からない、厳重過ぎる封印。見るからに危ない代物だ。
「どうぞ、シェラトリス様。」
二人が箱の中身を取り出すようシェラトリスを促す。
「―――白ノ魔女、ハーシュの〈書〉です。」
若くして王となったロードリーは、実はエングレンの親友です。子供の頃からクロノタトン家ととても仲良しで、シェラトリスをとっても可愛がり、親戚のおじさんのように接しています。




