第4章、王宮にて⑤
事前にお知らせした通り、今回は特別に日曜以外での投稿です。
(どこまで行くのかしら…。)
下へ下へと階段を降りながらシェラトリスは途方に暮れる。
ロマに背中を押され走り出したシェラトリスだったが、紙飛行機は古書エリアのどの本棚にも止まることはなく、挙げ句の果てに廊下に飛び出し、階段を下っていった。
シェラトリスがすべきことは、指示通りにただ紙飛行機の後を追うだけ。だが、一体どこまで行けばいいのだろうか。
何十階分、移動しただろうか。途中、身体強化の魔法を掛けて身体への負担を軽減したが、すっかりへとへとだ。
(やっと…。)
紙飛行機は一定の場所でぐるぐると飛び回っている。しかし、そこは本棚どころか、ドアもない―――
(壁、なのに…。)
シェラトリスは紙飛行機を掴んだ。
(儀式が失敗した…のかしら?)
壁に触れてみるシェラトリス。仕掛けがある様子もない。ただの壁だ。
コンコンとノックしてみた。やはり何もない。
「―――何をされているのですか?クロノタトン様。」
突如、可愛らしい声が聞こえた。遠慮がちな、か細い声。しかし聞きなじみがある。
「クレランス王女殿下。」
シェラトリスは慌てて礼を取った。
彼女はこの国で唯一の王女、クレランス・クルシェン・アーチェスト。アスカルトの妹だが、生まれつき病弱で、表舞台どころか城内でもほとんどその姿を見せない。
「どうぞ楽になさってください。ここには私たちしかいませんから。」
そう言いながらシェラトリスに近付くクレランス。にこりと笑うその顔は、クレーメンスそっくりである。
…それもそのはず。
「来ちゃいました。“シェラトリス様”。」
耳打ちするクレランス。シェラトリスもクレランスの耳元に囁き返した。
「我が家にいるのではなかったの?“クレーメンス”。」
クレランスの正体、それはクレーメンスである。生まれてからの十二年間、彼はずっと性別を偽っている。クレーメンスは第三王子としての籍は持っておらず、王女・クレランスとして存在している。それは、王宮が安全ではないことに原因がある。
第一王子が生まれる前から、この国の貴族社会には不穏な空気が流れていた。貴族同士の争い……黒至上主義派と白擁護派の対立が激化し始めたのだ。
それには、やはり“白ノ魔女”が関係している。
ハーシュが亡くなった直後は、ハーシュただ一人が糾弾の対象だった。ハーシュの家族・友人にも非難の声が上がったものの、ハーシュがいったいどこの誰か全く分からなかったため、やがて行き場のない怒りが、白髪の魔女全員に向けられた。
それは最初、ただの八つ当たりのようなものだったが、時代を経るごとに差別・迫害へと程度が変わっていった。白髪の者は現在もそれほど多くないが、当時はもっと少なかった。ゆえに、白髪の者のうち、どこかの家族がハーシュの生家だろうと考えられたのだ。
アスカルトとクレーメンスの兄であり第一王子であるレイジオンが生まれた頃、王家も対立に巻き込まれるようになった。”白ノ魔女”を貴族名簿から排除したい黒至上主義派の意見を、王家が聞き入れる様子が全くないからだ。
”白ノ魔女”の筆頭であるクロノタトン家は、昔から嫌がらせを受けることが多かった。クロノタトン家が国の中枢である宰相を務めているのを、彼らは気に入らないのだ。
しかし近年、その規模が尋常ではない。それどころか、融通が利かないと、王家にまで脅迫をかけるようになった。到底許されぬ行いであり、王家は見つけ次第、片っ端から犯罪者に処罰を与えているが、黒至上主義派の方が数的に有利だ。一向に収束する気配がない。
気の抜けない日々を王族や”白ノ魔女”たちは送っている。
このように、クレーメンスは黒至上主義派から危害を加えられないようにするため、性別や名を偽っている。本当は病弱でなんかないし、王宮にずっと閉じ籠っているわけでもない。怪しまれない程度の頻度でクロノタトンに通い、のびのびと、ありのままの自分で過ごしている。
しかし、そろそろ性を偽るのは難しいということで、大人たちは打開策を考えている。
一方、クレーメンス同様、公に顔を出さないレイジオンは、幼い頃から乱心者として知られている。一人ふらふらと歩き回り、脈絡のない言葉をぶつぶつと喋る。
その姿は、とても正常な精神とは思えない。ゆえに、命が狙われることは少なかった…と言いたいところだが、アスカルトが生まれるまで幾度となく毒を盛られたらしい。実際に毒で倒れた回数は少ないものの、それでも一人行動を続ける姿に、狂人の名が付いた。
クレーメンスのように他人の前でのみ偽っているのかと思いきや、家族の前でも変わらないらしい。シェラトリスは何度か共に過ごしたことがあるが、突飛な言動の多さや不用心さに衝撃を受けた。
また、アスカルトは次代の王に相応しいと名高いため、兄弟の比ではないほど危険な目に遭っている。人柄はもちろん、勉強や魔法の技量も優秀。どのような意見も必ず聞こうとする姿勢があるため、彼に取り入ろうとする者は多く、暗殺は慎重、脅迫の方が多い。
しかし、シェラトリスは知っている。アスカルトが兄弟や”白ノ魔女”を守るためにあえて注目を集め、強くあるために日々 努力していることを。実は、黒至上主義派のような差別的な言動をする者に容赦のない性格をしていることを。
「ふふふっ。」
密かに笑うクレランス。うっかり素の声が出ないよう、しっかり袖で口元を隠して話す仕草が可愛らしい。
「今日、〈古書の儀式〉をされていると聞いたので、お兄様と一緒に〈古書〉のエリアに行ったのですが、クロノタトン様のお姿だけなかったので…。皆さん、探されていましたよ。」
「そうでしたか…。実は、この紙飛行機がここで止まってしまって…。〈古書〉の場所へ案内してくれる、ということらしいのですが。」
「それは困りましたね…。ですが、ここは…。」
クレーメンスが口ごもる。しかし、すぐに言葉を続けた。
「それでこの壁を調べていらしたのですね。」
「ええ。ですが、皆さんをお待たせするわけにはいかないので戻ろうかと思います。」
シェラトリスは少しがっかりした様子で手元を見た。
「それにしても…紙飛行機がここまで飛んできたのは、不思議ですね。」
クレーメンスは紙飛行機をつんつんと突いた。
その様子を見て、ふと紙飛行機に魔力を乗せて飛ばしてみた。すると―――
紙飛行機が壁に向かって飛んだかと思うと、すっと音もなく吸い込まれた。
「…!!」
シェラトリスは驚きのあまり壁に張り付く。ぺたぺたと触るも、やはりただの壁である。
「クレランス様…これは…。」
「あー…どうしましょう……。」
クレーメンスは困ったように辺りを見回し、シェラトリスの袖を引っ張る。
「シェラトリス様、ここは隠された部屋で入れな―――」
クレーメンスが耳打ちする途中で、言葉は遮られた。
「―――クレランス様、困りますよ。」
聞こえた第三者の声。言葉を発したのは、壁から顔を覗かせた子供だ。
「~~っ!!」
異様な光景に思わず叫ぶところだったが、ぐっとこらえた。
冷静に見てみると、子供の髪色は真っ青で、魔女ではないことは分かった。
「ごめんなさい…。」
クレーメンスが謝ったため、シェラトリスも慌てて頭を下げた。
子供はため息を吐くと、にゅっと腕を出してきた。その手には紙飛行機が。
「近くには誰もいないようです。が、早くお引き取りを。」
シェラトリスは紙飛行機を受け取った。
「あなたの〈書〉は今は渡せません。アーリンたちには、“メイシー”が〈書〉を預かっていると告げてください。それ以上は秘密です。」
名前から察するに、女の子であろうこの子供は、自らの口元に人差し指を添えた。秘密、の合図だ。この少女の場合、可愛らしいというより色気のあるカッコよさがある。
(あら、この指輪…。)
メイシーの手、その中指に赤色の指輪がはめられていることに気付いたシェラトリス。色が違うだけで、ロマと同じデザインなのではないだろうか。
「さあ早く行ってください。」
そう言うと、気怠げに引っ込んだメイシー。
不気味な静けさの中、二人は残された。
「行きましょう、クロノタトン様。」
「え、ええ…。」
クレーメンスの案内により、帰りは〈鉄の箱〉で移動することができた。
「おお、随分と遅かったの…。大丈夫でしたかな。」
「ええ…。それが、ちょっと…。」
元の場所に戻った時、すでにレイベルとメロディの手には一冊の本が。すでに〈古書〉を手に入れたのだろう。
「ごきげんよう、 “クロノタトン殿”。どうかされましたか?」
アスカルトが他人行儀に話しかける。
「アスカルト殿下。」
礼を取ってからシェラトリスは語りだす。
「ずいぶんと遠くまでこれが飛んでいきまして…。メイシー様に会ったのですが、〈書〉は預かっている、と…。」
「まだ渡せない、とも仰ってました。」
クレーメンスも口を挟み、補足する。
「…ああ、なるほど。」
アスカルトは納得したようだ。
「メイシーに…。…そうか、きっと修繕中の〈古書〉だったんじゃな。申し訳ない、おぬしの手に渡るまで少し時間がかかりそうじゃ。」
「遠くまで行ったのに、申し訳ありません。青髪のメイシーはわたしの姉妹です。」
髪と指輪の色が対になっている謎が解けた。
「いえ、とんでもございません。…ところで、殿下方はなぜこちらに…。」
「〈古書持ち〉の方々に会いたい、とクレランスが言うものでお邪魔しました。私も、年の近い〈古書持ち〉の方々とお話してみたかったものですから。」
余所行きの笑顔で告げるアスカルト。
その隣にクレーメンスは並んだ。
「改めて、お祝い申し上げます。」
アスカルトとクレーメンスが礼をしたため、生徒三人と教師一人は姿勢を正し、礼を返した。
「これからは学園だけでなく、宮殿で会うこともあるでしょう。よろしくお願いしますね。」
「ありがとうございました。それでは、私たちは失礼します。」
二人が去ると、生徒三人は肩の力が抜けた。レイベルとメロディは同じ学校にいても話す機会など考えてもみなかったし、シェラトリスは赤の他人を装わねばと気が抜けなかったのだ。
「“では我々も戻ります。ありがとうございました。”」
ルヴァンはアーリンとロマに一度頭を下げると歩き出した。
生徒もそれに続く。
「あ、クロノタトン様!」
ロマに呼び止められ、シェラトリスは足を止める。
「後日、またお越しくださいね!」
「その時は知らせが届くはずじゃ。」
二人が手を振ったので、シェラトリスは丁寧にお辞儀を返した。
家に着くまで気にしていない様子を装ったが、シェラトリスの心は不安に襲われていた。




