第1章、禍(わざわい)の白②
先程とは打って変わって親し気に話し掛けるアスカルト。
「ありがとうございます、殿下。」
シェラトリスは被った水を滴らせながら、優雅にお礼を言った。その白い額や頬を濡らしていても、なおシェラトリスの表情は変わらない。
そっけない返答にアスカルトは一瞬、固まったが、すぐにシェラトリスを安心させるように微笑み、手を差し伸べた。
「大丈夫だよ、シェラトリス。」
「っ、アスカルト…。」
シェラトリスは表情を崩し、泣きそうな顔でアスカルトの手を自分に引き寄せた。
しかし、すぐに身体を引き離した。
「ごめん、私、濡れてるんだった…。」
アスカルトはそれを聞いて笑うと、
「ふふ、……〈水よ〉。」
シェラトリスに手をかざし、呪文を唱えた。すると一瞬で水が蒸発した。
「ありがとう、アスカルト。」
シェラトリスは笑みを浮かべた。
そして二人はベンチに座り、会話を始める。
「…はあ。私も、アスカルトまではいかずとも、黒髪に生まれてきたかったわ。」
ここでは、髪が黒に近ければ近いほど魔力が高いと言われている。それは一種のステータスであり、それゆえ頂点に君臨する王族は最も黒い髪であった。
しかし例外もいた。それが白髪の者だった。遺伝で白髪である者も、突然変異で白髪である者も、白髪の者は全て迫害の対象にあった。とある魔女が原因で。
「何を言うんだ、君の髪は綺麗だよ。そもそも、大罪人のハーシュが白髪だったからといって、なぜ白髪の者が言及されなければならない?そんな風潮はおかしいよ。」
「白髪の者は稀だもの。私たち“白”の中に、彼女の子孫がいると考えても不思議じゃないわ。それに、彼女の子孫でさえ憎らしく思うほど、彼女が犯した罪は大きいわ。」
通称〈白ノ魔女〉ハーシュは、八百年以上も昔に、国を巻き込む大惨事を引き起こし、大勢の国民の命を奪ったという。さらに悪いことに、王都で殺人を犯し、王族や貴族が多数命を落とした。
このような歴史があるため、白髪の者は忌み嫌われていた。大罪人・ハーシュと同じく、〈白ノ魔女〉と呼ばれて。
「確かに彼女が犯した罪は大きい。しかしそれとこれとは別だ。罪は犯した本人が贖うべきだ。それを他の人間に押し付けるのは違う。ましてや、彼女は何百年も前の人間だ。」
アスカルトは演説のように大げさな話し方をした。それを見て、シェラトリスはおかしそうに笑った。
「ふふ、ありがとう。少し元気が出たわ。」
シェラトリスは、先程の陰鬱なオーラとは一変、明るい表情を浮かべている。
「ところで、私たち一緒にいて大丈夫なの?学園でこんなところを見られたら…。」
シェラトリスは、自分が関わることによってアスカルトの評判が下がるのを心配していた。だからこの学園内でも、極力、王子と接しないようにしていた。二人が幼馴染だということも隠して。
「ああ、大丈夫だよ。僕の騎士が辺りに盗聴不可と認識阻害の魔法をかけている。」
「良かった、また問題が起こったら大変だもの。」
シェラトリスはほっと胸をなでおろした。
シェラトリスは心得ていた。アスカルトが王子であるがゆえに…彼に人を寄せ付ける魅力と才能があるがゆえに…、彼に近付く人間―――特に異性の友人はちょっとした迷惑を被るのだ。シェラトリスはそれがよく分かっていた。
「そろそろ授業が始まるね。”また後で”。」
「そうね。……それではごきげんよう、”アスカルト殿下”。」
「ああ。失礼するよ、”クロノタトン嬢”。」
礼儀に則った他人行儀な挨拶をして別れると、それぞれの教室へ足を向けた。