第3章、待ちに待った日④
「―――はっはっはっ!」
ソフィニアが大声で笑った。
「久しぶりで少し驚いたな。」
散り散りになった紙切れ。そよ風を吹かせてそれを集めながらソフィニアは、シェラトリスにニヤリと笑った。
「そなたは〈古書持ち〉だな。後で城から招待されるだろう。」
シェラトリスは固まったまま。
(〈古書持ち〉…。私が??)
〈古書持ち〉とは、すでに亡くなった者の〈書〉―――通称・〈古書〉を自分の物として扱うことができる者のことである。基本、〈書〉は一人一人のオリジナルの物であるが、稀に現れる〈古書持ち〉は、過去の人物の〈書〉を得る。その代わりに自分オリジナルの〈書〉を作ることができないが、〈古書〉は、たいてい著名人や実力者の物であり、それゆえ名誉なことであるとされている。
「楽しみに待つといい。」
ソフィニアの言葉に意識が儀式へと戻り、シェラトリスは礼をして下がった。
シェラトリスが席に戻ると、エルルフが立ち上がった。次は、彼の番だ。
シェラトリスは自分の〈書〉について考えるのをやめ、エルルフを見つめた。
「そなたの〈書〉はこれだ。」
エルルフの手に落ちた〈書〉は、アスカルトよりもシンプルなものだった。全体は真っ白で、フクロウのシルエットが中央にデザインされている。フクロウの色はエルルフの目の色と同じ、黄緑のようだ。
片手で胸に〈書〉を抱え、エルルフは勢いよく頭を下げて席に戻った。
その後、順調に儀式は進められた。引っ掛かることがあるとすれば、リリシィの順番がきた時のことだ。
「そなた…。」
ソフィニアは、触れた手が震えていることに気付いた。
何か言いたげなソフィニアに首を傾げるリリシィ。
(緊張している?シェラトリス様と話していた時はあんなに強気な態度だったくせに…。)
エルルフは少し離れた所から、その様子が“視えて”いた。視覚上では確かに距離があるように見えているのに、頭の中ではなぜか傍にいるようなアングルで捉えている。
(不思議だな、なぜ遠くの出来事が視えるのだろう。この前の魔法生物出没からだ…低級から受けた攻撃で頭から血を流した時から。急に、クレーメンス殿下に危険が迫っているのが視えたり、シェラトリス様が凄まじい速さで移動しているのが分かったり……。エングレン様たちは千里眼か何かの能力だろうと仰っていたけど、分からないことが多すぎる。制御できるかどうかも微妙だ…。)
騒動の後、何度も自分の意思で力を発動させられるか試してみた。概ね自分の思ったタイミングで使えることが分かったが、必ずしも発動できるわけではなく、また、使う意思のない時にも勝手に発動してしまうこともあると知った。
現に、今もリリシィの様子を見ようと思ったわけではない。リリシィがソフィニアの正面に立った瞬間、急にその様子が詳細に視え出したのだ。
(疲れるから、どうでもいいところで使いたくないんだけど…。)
うんざりしながら、力が切れるのを待つエルルフ。
しかし、リリシィの〈書〉が現れた時、エルルフは目を見張った。
真っ黒な〈書〉、それに付いた装飾が一瞬、銀色になっているように視えたからだ。
(何だ、今のは…。)
まばたきをした刹那の出来事だったため、もう一度よく視ようとしたが、力はそこで切れてしまった。遠目からでは、全てが黒く見える。
席に戻るために傍を通ったリリシィの〈書〉をちらりと見たが、細かな装飾の一つ一つに至るまで、全てが黒だった。
(見間違い…か?)
エルルフは、わざわざ力を使ってまで確かめる必要はないと判断し、違和感を拭うのに最適な理由をこじつけた。
しかし、それは決して見間違いではなかった。リリシィの〈書〉が一瞬変わったことに気が付いた者が、もう一人いた。
「…面白い〈書〉だ。」
ソフィニアがぽつりと零したその言葉を、生徒の中で唯一、アスカルトだけが拾った。
面白いと言った意味を考えるため、アスカルトは思い返す。羽根飾り、リボン、レース…豪華な装飾が付いていながら、それら全てが黒一色に統一されている、リリシィの〈書〉を。
アスカルトは、リリシィの〈書〉に意外性を感じていた。もちろんシェラトリスらリリシィを知る者の多くもである。
普段の服装から、彼女の〈書〉が豪勢なものであることは予想していたし、色も、もっと派手で複数あると思っていた。それが、黒一色でまとまりのあるデザインだったのだ。多少の衝撃は受ける。
(〈書〉も人も、見かけによらない…ね。)
アスカルトは、ソフィニアの言葉の意味を考え始めた。