第3章、待ちに待った日③
今回も「古の魔法書と白ノ魔女」と「魔女の敵」を同時更新しています。
次回から、片方ずつの投稿に戻ります。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう、クロノタトン様。」
横柄な態度で近付くリリシィ。シェラトリスは、余所行きの笑みを張り付ける。
「どうかされましたか?」
「いえ…。クロノタトン様に新しいご親戚ができたと聞きましたので、ご挨拶に。」
「そうでしたか。エルルフ、あちらはリリシィ・ラトクルフ伯爵令嬢です。ラトクルフ嬢、こちらがエルルフ・ノーアです。私の従弟となりました。」
「エルルフ・ノーアです。よろしくお願いします。」
シェラトリスはあえて、先にエルルフにリリシィの紹介をした。リリシィが格下の者であると、”リリシィ自身に”分からせるためである。エルルフもそれを察したようだ。名乗る際、“申します”という、より丁寧な言葉を使わなかった。
(エルルフは身内だから、後に紹介する方が普通だけど…。ラトクルフ嬢にこの皮肉が伝わるかしら。)
「まあ、シェラトリス様のほどの人が紹介順を間違えるなんて。」
リリシィは嘲笑うように堂々と言葉を返した。
「「「…。」」」
沈黙。
シェラトリスはため息を吐きたい気持ちをぐっとこらえた。
「リ、リリシィ様…。」
リリシィの友人が口を挟んだ。シェラトリスの意図を察したのだろう。かと言って真意をはっきり伝える素振りもなく、呼びかけただけで曖昧に会話を終わらせた。
(事を荒立てることは避ける…。ラトクルフ嬢以外は、表立って私たちと対立するつもりはないようね。)
しかし、それでもリリシィ側に付いているということは、〈白ノ魔女〉を嫌っているのだろう。
「? …まあ、それにしてもおかわいそうですわぁ、孤児だなんて。」
友人のはっきりしない態度を不思議そうにしながら、シェラトリスとの会話を続けようとするリリシィ。
「…親はいませんでしたが、特別 不幸なことでもないですよ。クロノタトンの方々がよくしてくださいましたから。」
エルルフの返しに、リリシィは首を振った。
「いいえ、おかわいそうなのはクロノタトン家やノーア家の皆さまでしてよ。だって…」
リリシィはそこで言葉を切り、シェラトリスをちらりと見た。
「穢れた血が、さらに劣ってしまいますもの。」
瞬間、シェラトリスから冷たい怒気が放たれた。
廊下の温度が一気に下がり、窓には霜、床には薄く氷が張られた。
(シェラトリス様の魔法…!あの人たちは寒そうだけど、ぼくは全く寒くない…。魔力を一気に飛ばしたのにも関わらず、制御が効いている…。)
シェラトリスは、人ではなく廊下という空間に向けて魔力をぶつけ、自分とエルルフには防寒魔法を使った。これはつまり、怒りに任せた行いに見えて、冷静さを失っていないということだ。
実際、シェラトリスは、単なる怒りから魔法を使ったわけではなく、警告として魔法を使った。もちろん、〈白ノ魔女〉と平民に対する侮辱へ不快感はある。そのため、リリシィへの仕返しとして、彼女の周りだけ気温がより低くなるよう魔法を放った。
「あら、ごめんなさい。今、おかしな言葉が聞こえてきた気がして…。」
シェラトリスは、おっとり微笑んだ。
(私一人が裏で罵られるだけならどうでも良かったけど…。人目があるところで一族の悪口を言われたら、反撃せずにはいられないわ。)
侯爵家としての威厳を知らしめなくてはならない状況に、シェラトリスはげんなりしていた。
「“何をしている!!”」
突如、大声が廊下に響き渡った。
シェラトリスの後ろから、紺色のローブを着た人物が早足でやって来る。ルヴァン・イヴァンシェ先生だ。
シェラトリスは魔法を解いた。
「“何をしていた、お前たち”。」
普段からフードを深くかぶり、顔が見えないその教師は、声が非常に小さい。そのため、ルヴァンの肩に乗った赤い目の鴉・メアが、いつも適切な声量で言い直している。
鴉がルヴァンの代わりに話していることに、少し驚いた様子のエルルフ。その隣で、シェラトリスは簡潔に状況を説明し始めた。
「家のことであの方たちと口論となっておりました。魔法を放ったのは私です。申し訳ございません。」
頭を下げたシェラトリスにならい、エルルフも頭を下げた。
「“白と黒の喧嘩か。ほどほどにしなさい。”」
ルヴァンは、シェラトリスの謝罪の言葉を聞くと、いつもの感情を一切排除したような様子でそう告げ、それ以上、言及することもなく、シェラトリスの横を通り過ぎた。
「お待ちください、ルヴァン先生!」
リリシィが食い下がった。授業中でもないのに魔法を使ったシェラトリスは叱られるはず…と思っていたからだ。
しかし。
「“|授業に遅れるぞ。今日が何の日か知らないのか”。」
ぴしゃりと告げ、ルヴァンは立ち止まることなく教室に入って行った。
「…っ。」
リリシィがシェラトリスを睨み付けた。
シェラトリスはそれを無視して、黙ってルヴァンの後に続いた。
(シェラトリス様を苛めていたのはこの人だな。)
エルルフは冷ややかな視線を返し、教室に入った。
「さあさあ皆さま、ホールに移動してください。いよいよ〈書の儀式〉が始まります。」
アナ・ロージア先生の言葉に、生徒は一斉に教室を出た。ぞろぞろと集団で移動する。
ホールは厳かな空気で満ちていた。
クラス別、身分階級順に並ぶよう指示され、シェラトリスはクラスの先頭に座った。続いて、エルルフだ。
そっと視線を移せば、別クラスのアスカルトが特別席にぽつんと一人で座っているのが見えた。
「“ソフィニア様のお言葉だ”。」
メアが声を張った。
ルヴァンの合図でステージに上がった人物は、全身真っ黒の美しい少女だった。この学校の図書館の〈番人〉である彼女の名は、ソフィニアと言う。クレーメンスよりやや下の年齢に見えるが、〈扉の館〉の〈番人〉である居眠り老婆と同じく、その正体や年齢は誰も知らない。
教師らが着ている制服とは少し異なるデザインの服に身を包んだソフィニアは、堂々と語りだす。
「諸君、わらわが伝えることはただ一つだ。自らの魔法の練度は、〈書〉の見かけで決まるものではない。世間では何やら、〈書〉が立派であればその者の魔法の腕も優れていると言われているとな。確かに、実力は〈書〉に表れるが、煌びやかさがそれだと思ってはいかん。〈書〉が表すのは、その者の力、その者の精神だ。以上。」
力強く語った割に、即座に降壇したソフィニア。シェラトリスたち六年生は淡々としたソフィニアの態度に拍子抜けするが、ソフィニアは毎年この儀式を行っているのだから、慣れた様子を見せるのは当然だ。
「“では順番に始める”。」
ルヴァンは、ステージ下に設置された机にかけられた布を魔法で吹き飛ばした。布はルヴァンと反対の位置にいる教師が受け止めた。
布の下から現れたのは、〈書〉の材料となるものたちだった。紙、糸、皮、羽、木、布、リボン、インク…。通常の書物にはおおよそ使われないようなものまで揃えられている。紙だけでもたくさんの種類があり、一つの机に収まりきれていない。
しかし、中央の机》には、一つのペン以外に何も置かれていなかった。
その中央の机に、ソフィニアが移動する。大量の紙を入れたトレイを持って、アナが後ろに付く。
「最初はそなただ。」
ソフィニアがアスカルトに向けて手を差し伸べた。静かに立ち上がったアスカルトは、ソフィニアと向かい合った。
「ここに名を書き給え。」
ソフィニアはアナから一枚の紙を受け取り、アスカルトに差し出した。アスカルトは机にあったペンでそれに書き込み、ソフィニアに返却する。
するとソフィニアは、紙を筒状に丸め、封をした。蝋もなく道具一つでスタンプしたそれは、ソフィニアの魔法道具である。
封をした紙をアスカルトの両手の上に置き、ソフィニアが手をかざして呪文を唱える。
「〈汝の生涯の相棒をここに〉。」
その途端、風が吹いた。同時に、アスカルトの掌を中心に魔法陣が浮かび上がる。
風は、アスカルトの周辺を巻き込むように吹き続ける。それによって机の上からいくつかの材料が吹き上げられ、アスカルトの手に集まる。いつのまにか、魔法陣は光へと変わった。
(まぶしい…!)
アスカルトはどんどん輝きを増す光の眩しさに目を瞑った。
やがて、急に眩しさが消えた。アスカルトが恐る恐る目を開けると―――
―――一冊の本が浮いていた。
「おめでとう、それがそなたの〈書〉だ。」
その言葉と同時に、〈書〉はアスカルトの手にすとんと落ちた。
白の表紙に、黒の背表紙。表紙の表と裏にそれぞれ、交差させるように付けられた金の羽根飾りが。その下には、何やら文字のようなものが綴られている。
シンプルなデザインだが、重厚感や高貴さが感じられる。
「……。」
アスカルトは〈書〉を脇に抱え、ソフィニアに一礼してから席に戻った。はっきりとは顔に出さないものの、目は輝き、感動しているようだ。
しばらくして、シェラトリスの番が来た。
受け取った紙に名を書き、ソフィニアに渡す。封をされ、両手に乗せられる。
「〈汝の生涯の相棒をここに〉。」
呪文と共に浮かび上がる魔法陣。吹き上がる風。
アスカルトと同じ。―――そこまでは。
バチンッ!!!
「きゃあ!」
突然のことに驚き、悲鳴を上げるシェラトリス。
「きゃあああ?!」
「うわあっ!」
他の生徒も驚きの声を上げた。
紙が光と共に勢いよく爆ぜたのだ。同時に、風も止んでしまった。
(何が起こったの?)
シェラトリスは茫然とした。他の生徒も呆気に取られ、沈黙している。
この学校は、生徒に制服がありません。逆に、教師には制服があります。
また、生徒も教師も胸に校章ブローチを着けています。それが学校に所属している証です。もう一つ、バッチがありますが、それは学年によって異なるため進級する度に変わります。さらに、教師の場合は担当する科目によって異なるモチーフのアクセサリーを身に着けています。
(生徒は合計二つ、教師は合計三つのアクセサリーを身に着けていることになります)
以上は、裏設定的なものです。