第3章、待ちに待った日②
今回も「古の魔法書と白ノ魔女」と「魔女の敵」を同時投稿しています。
「行ってくる。」
執事や騎士を連れて玄関ホールにやって来たエングレン。
シェラトリスは、道を父に譲り、挨拶を返す。
「いってらっしゃいませ、お父様。」
「ああ。お前はこちらのことなど気にせず、自分のことに集中するんだよ。」
「はい。」
執事が扉に鍵を差した。魔法が発動した音が鳴る。
開けられたその先は、王城である。
「―――任せたよ。」
エングレンはシェラトリスの後ろをちらりと見てから、シェラトリスに視線を戻した。
「お任せください。」
シェラトリスは不敵に微笑んで見せた。
エングレンは笑い返すと、扉の向こうへ消えていった。
エングレン一行がくぐり終えると、キィ…と音が鳴って扉が閉められる。
「…私たちも行きましょうか。」
シェラトリスは後ろに立つ人物へ声をかけた。エングレンが任せるといったことに関係がある。
「はい!」
エル改めエルルフ・ノーアは、シェラトリスと同様、貴族学校の制服に身を包み、緊張した表情で返事をした。
エルは、千里眼の能力に目覚めたことにより、クロノタトンの親戚であるノーア侯爵家の養子となった。それは、他家から狙われることを防ぐための措置である。特別な力を持つ者を、貴族はこぞって我が物にしようとする。出世の道具にするためだ。それが平民であれば、容易く引き抜かれ、こき使われてしまう。そのため、エルの身を守るためにクロノタトン家が後見となった。後ろ盾があれば、簡単には手出しされることはないと踏んでのことだ。
突然のことで戸惑いながらも、エルは嬉しく思っていた。というのも、彼は赤子の頃にクロノタトンの屋敷前に捨てられていた孤児であり、ずっと家族というものに憧れていたからである。世話をしてくれたクロノタトンの使用人たちのことは、家族のように思ってはいるが、実際、家族というよりは仲間であり、時折 寂しく思っていた。それが、今回の騒動により、目に見える形での家族を手に入れることができたのだ。宰相の座を受け継ぐクロノタトンは養子を取るわけにはいかなかったため、ノーアに引き取られることになったが、エングレンの弟夫婦は、子供を欲しがっていたため、とてもよく歓迎された。
こうして貴族の養子となったエルルフは、貴族の学校に通うことになった。これに関して、エルルフがシェラトリスと同い年であったことは幸運であったと言える。行儀見習いとしてシェラトリスに付き従い、シェラトリスから貴族としてのマナーをすぐ傍で指導してもらえるからだ。もし年齢が違っていたら、あてがわれる学年が異なっていただろうし、学校生活や貴族社会に早く馴染むのは難しかっただろう。
シェラトリスは扉に鍵を差した。
開けるとそこは〈扉の館〉、シェラトリスの部屋である。
「いってらっしゃいませ。」
ララノアが声をかけ、ユアンが頭を下げた。
「いってくるわね。」
「いってきます。」
シェラトリスに続いてエルルフが〈扉の館〉に入ると、扉は閉じられた。
「あなたの鍵は今日の午後に用意されるそうだから、今日は私と同じ部屋からになるわ。」
「かしこまりました。」
「では行きましょう。学びやすいようにと同じクラスに分けて頂いたから、私に付いてくれば問題ないわ。」
「ご指導お願いします、シェラトリス様。」
「ええ。」
二人は教室に向かって歩き出した。その道中、シェラトリスは学校の紹介をした。
「〈扉の館〉の婦人に声をかけても反応がないのは気にしないで。あの方は、起きている方が珍しいから。」
「こちらは校庭。その奥に寮と研究棟があるわ。」
「〈扉の館〉の隣は一年生から四年生の校舎、その隣がジムとホール、その正面は図書館で、さらに奥が九年生と十年生の校舎。」
「そしてここが、五年生から八年生の校舎よ。建物の中で、一番〈扉の館〉から離れてしまっているの。」
「少し不便そうですね…。」
少し不安そうにしたエルルフに、シェラトリスは微笑む。
「遅刻しちゃだめよ?」
「いえ!ぼっ、私は遅刻はっっ。」
慌てだしたエルルフ。やはり遅刻を不安に思っていたようだ。
「エルルフ、学校では〈ぼく〉でも大丈夫よ?」
エルルフの咄嗟の言い直しが気になり、シェラトリスはそう告げた。先日といい、慌てた時は素が出てしまうようだ。
「し、しかし…シェラトリス様の前で…。」
「私たちは従姉弟という間柄になったのだから。それに、私的な場では少し自由にしていいのよ。」
「分かりました。」
シェラトリスは校舎に入りながら、貴族の心得について説明を始めた。
「貴族の間では年齢より家の階級が重視されるから、格下の者にはあまり丁寧に接する必要はないわ。それに、白髪の者は特に軽んじられることも多いから気を付けて。」
最後の言葉に、エルルフは体を硬直させた。
「とは言え、侯爵の名を頂いているクロノタトン一族にそのような態度を取るのは、よほどマナーがなっていない者で―――」
「あら、クロノタトン様。」
(そうそういないはず、なのだけど。)
廊下の中心で堂々と立つ者を見つけ、シェラトリスは思わずため息を吐きそうになった。
「……あの方は、行儀がなっていない方、ということでしょうか。」
エルルフは小声で確認した。シェラトリスが小さく頷き返すと、エルルフは近付いてくる少女たちを冷静に見据えた。
〈追記〉
「王宮」・「宮殿」と言葉を使い分けています。本来はあまり違いはないはずですが、ここでは、「王宮」は王族たちの居住スペース、「宮殿」は王族・貴族らが政治をする場所(勤め場所)と意味付けています。