第3章、待ちに待った日①
一か月ぶりですね、お久しぶりです。そしてお待たせしました。
三週間も「古の魔法書と白ノ魔女」と「魔女の敵」をお休みしてしまったので、今回・次回・次々回は両方を同時投稿したいと思います。(いつもは片方だけですが…。)
ピクニック中において魔法生物との遭遇という緊急事態から、一週間。シェラトリスはようやく、登校することができた。それまで、〈月の林〉の調査に忙しく、学校に通うことができなかったのだ。
「怪我人は早く手当を!まだ動ける騎士は、討伐隊に加われ!」
クロノタトン家の騎士団長・バートンは、大声で指示を出し、歩き回っている。
クロノタトン家に帰ってきたシェラトリス一行は、一息つく暇もなく動いていた。
まだ残っているだろう魔法生物が〈月の林〉を出て周囲の土地を襲う前に、結界を張らなくてはならないからだ。その上、もし上級がいた場合は、結界を抜けることを考慮し、討伐しなくてはならない。
「シェラトリス、君も行くんだろう。」
「ええ。」
「僕は君たちに付いて行くことはできないから、王宮に戻って、こっそりおじさんに知らせてくるよ。父上にも報告して、応援を呼んでくる。」
「ありがとう、お願いするわ。」
「ああ。行こう、ジェイク。」
アスカルトはジェイクを連れ、屋敷の中へ消えていった。
「シェラトリス様。」
シェラトリスが後ろを振り返ると、クレーメンスが立っていた。その後ろには、ロウランドらアクア隊とシジュらククア隊のメンバーが控えている。
ククア隊はクレーメンス付きの騎士たちが所属する隊である。
「彼らをお使いください。私はここでお帰りをお待ちしております。」
「助かるわ、クレーメンス。」
「いえ、私もお兄様と同じく、クロノタトンにいないはずの人間ですので、お手伝いに行けず…これくらいはさせてください。」
行けない歯がゆさを感じ、クレーメンスは複雑な表情を浮かべる。
「私とシャランは残ります。」
一歩前に出たシジュに、シェラトリスは頷いた。
「クロノタトンの騎士も数人置いていくわ。それと、ララノアも。いいわね、ララノア。」
「はい。」
「ララノアに通信装置を渡しておくわ。調査隊との連絡はララノアを通して取りましょう。」
「分かりました。お気を付けて。」
クレーメンスは、騎士数名とララノアを連れて屋敷に入った。
「…シェラトリス様。バートン団長が、準備が完了したと。」
シェラトリスの周りから人がいなくなったタイミングで、ユアンが声を掛けた。シェラトリス一人がやっと聞き取れるほどの小さな小さな声だ。
「ええ。行きましょう。」
バートンはシェラトリスの馬を引いて待っていた。
「もうすぐ日が落ちます。その前に〈月の林〉を一周して状況を確認したいのですが。」
シェラトリスは、手綱を取って返事をする。
「そうね。二手に分かれて、結界を張りましょう。」
「お嬢様は、ご自身の騎士と殿下方の騎士にご指示ください。」
「ええ。ではそのように。」
二人は馬にまたがった。しかし、出発しようとするシェラトリスの元へ、一人の使用人が駆けて来た。先ほど、アスカルトにクレーメンスの危機を告げた若者だ。シェラトリスと同じか、それより少し下の年齢に見える。
「お待ちください、シェラトリス様!どうか、ぼ…っ、私も連れて行ってください!!」
腕に包帯を巻き、顔にも治療の痕があるその使用人は、どうやら手当を受けてすぐに駆け付けたようだ。シェラトリスと同じくらい真っ白な髪がぼさぼさで、息が上がっている。なぜかとても必死だ。
「私は、遠くの景色を見ることができます。すぐに状況をお伝えできますから、きっとお役に立てます!」
「時間がないので、私たちは先を行きます。ご容赦ください。」
シェラトリスが頷き返すのを見て、バートンは出発した。
このままでは置いて行かれる、そう感じたらしい使用人は慌て始めた。
「えっと、あのっ……そうだ!今、この場所から、〈月の林〉の様子が見えます!ここからだと、林の入り口しか分からないんですが…、魔法生物の下級がいます!」
使用人は片目を手で塞ぎ、林の方を見てそう告げた。もし今の発言が本当ならば、この距離からは到底知るはずのない情報である。
「千里眼、かしら…? ……そうね、付いて来てもらいましょう。」
一分一秒でも惜しいシェラトリスは、使用人の同行を許可した。
シェラトリスが千里眼と考えた理由は、白髪の一族には、稀に特殊能力を持った者が生まれることを知っているからだ。もしこの使用人の発言とシェラトリスの推測が本当なら、その力を利用して魔法生物の対処がしやすい。もちろん、連れて行くとなると心配な点は、使用人の身の安全だ。この使用人が一人で魔法生物に対抗できる力を持つとは思えなかったが、警護に慣れているアクア隊とククア隊がいるため、問題ないと判断した。
「私の後ろに乗せましょう。さあ!」
使用人が乗る馬を引っ張って来る時間も惜しいと、二人乗りの提案をした騎士がいた。
牛もどきの討伐の際、一番手で斬りかかっていた、シェラトリス専属の騎士のモーリスだ。彼はシェラトリス付きの騎士の中で主力となるほど優秀な人物だ。武器の扱いが素人であろうその使用人を庇いながらでも戦えるだけの力はある。
「魔法生物を林の外に出すわけにはいかないわ、行くわよ!」
「「はっ!!」」
勇ましい声を上げ、シェラトリス一行は出発した。
「北東の方で、上級が結界を抜けようとしています!」
「動物か、植物か!?」
「ええっと…植物型です!」
「アクア隊の方々、頼みます!」
「お任せください!」
「あっ、その奥にもう一体、植物型がいます!」
「ククア隊が参りましょう。」
「お願いします!」
〈月の林〉に到着してから、シェラトリスたちは素晴らしい連携で、討伐を進めていた。
使用人・エルの能力が本物であることが証明されたのだ。
「お嬢様、前方にバートン団長がいます!」
モーリスが反対から回っていたバートン率いる隊を発見し、声を上げた。
バートンらは馬を降りて一塊になっている。最初より人数が少ない。
「お早いですね、シェラトリス様。」
「ええ、ちょっとね。あなたの方はそれで最後かしら?」
「はい。ここに来るまでにも騎士を幾人か置いてきましたので、万が一魔法生物が結界を抜けても大丈夫でしょう。」
「良かったわ。私の方も同じよ。」
「もう暗くなってきましたから、お嬢様はお帰り下さい。簡易的なものとは言え結界は張りましたし、そろそろ旦那様もいらっしゃる頃でしょう。」
「そうね…。」
シェラトリスが林の方を見て考え込んでいたその時、袖を控えめに引っ張る者がいた。ユアンだ。
ユアンは、無言のまま何かを訴えるようにシェラトリスを見つめる。
(そろそろ休んでください、かしら。)
「…分かったわ、ユアン。帰りましょう。」
ユアンはこくこくと頷いた。
「後はあなたたちに任せます。」
「かしこまりました。お疲れ様です、シェラトリス様。」
シェラトリスらは馬を走らせ始めた。
「エル、今日はご苦労でしたね。あなたについて聞きたいことがたくさんありますが、それは全て明日にしましょう。帰ったらゆっくり休んでください。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」
モーリスの後ろから返事が聞こえたのを確認して、シェラトリスは前を見据える。
「明かりが見えるわね。あれは……お父様だわ!」
シェラトリスは減速させ、父・エングレンの隣で止まった。
「お父様!」
「お疲れ、シェラトリス。怪我はないようだね、安心したよ。」
「はい。屋敷の方はどうでしょうか?」
「陛下から借りた王宮騎士を半分残してきたから、“屋敷”の警備は問題ないよ。ナルフェーリヤも一緒に帰ってきたから、今頃は屋敷で〈月の林〉の情報収集をしているだろう。さあ、お前はお帰り。」
「はい、お父様。」
「ああそうだ、“お前が連れていた騎士隊”には別の道を通って先に帰ってもらっている。屋敷にいる騎士の半分が代わりに出動するから、こちらの人員にも問題はないよ。」
「分かりました。…あとはお願いします、お父様。」
「ああ。ゆっくりお休み、シェラトリス。」
屋敷に着くと、モーリスら騎士はシェラトリスの馬を連れて離れた。エルもどこかへ移動した。それぞれ上司に報告をしに行ったのだ。
シェラトリスがユアンのみを連れて家の中に入ると、ララノアが笑顔で出迎えた。
「おかえりなさいませ、シェラトリス様!」
「ただいま、ララノア。」
すると、ララノアがシェラトリスに近寄り、耳元で報告を始める。
「殿下方はお部屋でお食事を取ってお休みになられています。何も知らない王宮騎士がこちらへいらしているので。」
「…あの二人の使用人と騎士は?」
「我々クロノタトン使用人のいる別棟にいらっしゃいます。数人は警備のためお部屋に一緒におられますが…。外にはクロノタトンの騎士も配置されていますので、安全です。」
そこまで言うと、ララノアはシェラトリスからさっと離れた。
「ナルフェーリヤ様は、一階の大部屋でシェラトリス様のご帰宅をお待ちになられています。」
「分かったわ。」
「お部屋へ戻られましたら、お食事をご用意いたします。」
ララノアが頭を下げるのと同時にシェラトリスは歩き出した。
「ユアン、今日はご苦労でした。」
「…いえ、お怪我がなくて何よりです。」
「報告をしたらあなたも休んでくださいね、必ずですよ。」
ユアンが自身よりシェラトリスを優先するのをよく知っているため、シェラトリスは“必ず”と念を押した。
「私のことなら大丈夫。ちゃんと他の騎士に付いていてもらいますから。」
ここまで言わなければ、彼は休まずシェラトリスの警護を続けてしまうだろう。
「…分かりました。お気遣い、ありがとうございます…。」
ユアンの返事を確認してから、シェラトリスはナルフェーリヤがいる大部屋のドアを開けた。
「ただいま帰りました、お母様。」
こうしてシェラトリスは、一週間、領内で起きた問題に掛かりきりだった。両親や騎士と共に〈月の林〉の魔法生物を討伐し、それが済んだ後は魔法生物が出没した原因の調査に繰り出した。まだ原因は解明できていないが、学校があるためシェラトリスの仕事はここまでだと両親が告げた。
だが、家の都合で学校を休む生徒は珍しくない。貴族の中には、若いうちから家の仕事を手伝う者や任されている者が多いからだ。出席日数などあってないようなもので、半分も出ていれば良い方だ。それでも日数が足りない場合、特別な試験において点数がある一定の基準を満たしさえすれば、留年は免れる。まあ、それほど休む事情がある者は極稀なことであるが、一応そんな救済措置は用意されている。
一方、アスカルトは普段通りに過ごして見せた。当然だ、彼は王宮に住んでいて、クロノタトンとは関係が薄いことになっているのだから。しかし、それでも力になれないことを悔しがり、日々、クレーメンスと共にお菓子の差し入れを用意した。
シェラトリスと顔を合わせることはなかったが、クロノタトンの使用人が、お菓子が乗ったカートと共にこっそり添えられた励ましのカードを運んで来るのを見て、シェラトリスは元気をもらっていた。
シェラトリスは少しわくわくしながら登校した。一週間ぶりの学校が楽しみだから、というわけではない。今日は、魔女ならば期待せずにはいられない特別な日だからである。
―――人生で最も緊張すると言われる、〈書の儀式〉の日だ。
やっと物語がスタートした感じです。今までは超長いプロローグみたいなものです。