第2章、おかしな休日⑥
音に驚き、思わず馬を止めたクレーメンスたちが見たのは、木の上に立つ誰かとシジュが、爆発の衝撃を抑えるためにそれぞれ魔法陣を展開している姿だった。
そして、木の上の一人が防御の魔法陣を閉じると共に、その隣でしゃがみ込んでいた一人が矢を放った。続けざまにもう一発。
それは見事、牛もどきの両目を射った。
モヴヴヴヴヴッッッ!!!
鳴き叫び、頭を振る牛もどき。
「はああああああっっっ!!」
そこへ剣を振り被る騎士が。風魔法を使って、俊足で駆けてきたのだ。シェラトリス付きの騎士の中で最も機動力がある男性騎士だ。
騎士は、大きな背を斬ると、そのまま牛もどきの真正面に跳んだ。
そして、その額に勢いよく剣を突き刺した。と同時に、シェラトリスたちも追いつき、牛もどきの背中にそれぞれ剣を突き刺した。
牛もどきはズシンと音を立てて倒れた。
「シェラトリス様、ご無事で―――」
シジュの言葉に返事ができるほどの余裕はシェラトリスになかった。
(ここに来るまで、一体は倒せた。今、二体…それに中級も低級もあらかた倒した。でもまだ…!!)
「もう一体は?!!」
次の瞬間、最後の上級魔法生物がクレーメンスのすぐ傍で姿を現した。スズランのような見た目をした植物型の魔法生物だ。うねうねと根が地面を這い、非常に気味が悪い。
「クレーメンス!!」
シェラトリスが叫んだ。
再び風魔法を発動させ駆け出すも、一瞬で届く距離ではない。
「〈土よ〉!!!」
シャランが一瞬にして魔法で土壁を築いた。
シャッッッ
スズランもどきは葉で薙ぎ、それを崩した。
スズランもどきは人間を捕えようと葉を伸ばした。しかし。
崩れた先、一番手前にいた獲物は、クレーメンスでもシャランでもない。
シェラトリスと、先ほど牛もどきを射った騎士だ。
「〈火よ〉!!」
シェラトリスが火魔法を撃った。
シャラシャラシャラシャラ…!
スズランもどきから音が鳴る。
そして、スズランもどきに反撃する間を与えず、騎士がナイフを数本投げた。
続けざまの攻撃は多くの花を落とすことに成功したが、重要な部分…核である一番大きな花には弾かれてしまった。シェラトリスの方へ逆戻りしたナイフは、騎士によって叩き落された。
ヒュッ
スズランもどきが、葉を鞭のようにしならせた。
シェラトリスと騎士目掛けて振り落とされるそれは、あまりにも早く、目が追いつかない。下手に魔法を使えば、こちらにも被害が及ぶ。
とりあえず土壁を築き防御を試みるが、すぐさま崩され、また築く…を繰り返す。そうしてじわじわと距離を詰めていくスズランもどきは、猪もどきや牛もどきより厄介だ。
シェラトリスの剣は牛もどきに刺さったまま。隣の騎士は、最初から剣》を持っていない。近接に向かないタイプであるため、それ用の武器は滅多に携帯していないのだ。それでも、主であるシェラトリスが飛び出して行ったのを見て、思わず前に出てしまった。
シェラトリスは腰から短剣を抜いた。騎士もいつの間にか投てき用ナイフから短剣に持ち替えており、シェラトリスをかばうように一歩前に出た。何やら手をかざしている。
どんどん近付くスズランもどきにどう対処しようか考えあぐねていたその時、
「行くぞ、ロウランド!!」
「はっ!!」
頼もしい声が聞こえた。
「〈土よ〉!!!」
シェラトリスと騎士の足元が、急激に盛り上がった。スズランもどきの葉が届かないほど高く築かれた土壁のてっぺんに立つシェラトリスはバランスを崩しかけたが、騎士がその体を支えた。
アスカルトが来たことに気付き、冷静になって下を覗いたシェラトリスが見たのは、ロウランドが攻撃を仕掛けるところだった。
「〈火よ〉!!」
スズランもどきは炎に包まれた。そこへ、馬の背から跳躍したロウランドが剣を振り被って突っ込んだ。
「うおおおおおお!!」
風をまとい威力を増したその剣は、見事、核を斬った。
シャラシャラと音を鳴らし、あっけなく崩れるスズランもどき。
それを見て、シェラトリスは土壁から飛び降りた。着地は風魔法で衝撃を抑えるつもりで。
しかし、大物が全て倒され安堵したシェラトリスは、すっかり油断していた。
着地に気を取られているシェラトリスの足を捕えた魔法生物がいた。植物型の中級だ。
「〈風よ〉!!」
すかさずクレーメンスが呪文を唱え、魔法生物を風魔法で斬った。核は外してしまったが、シェラトリスの騎士がすかさず攻撃して破壊した。
二人のおかげで、シェラトリスは安全に着地することができた。
「ありがとう、クレーメンス。」
クレーメンスは、シェラトリスの顔を見て微笑んだ。
「シェラトリス様ぁぁぁ!!!」
シェラトリスの下へ駆け寄り、泣く者がいた。ララノアだ。
「危険です!!」
「心配をかけてしまったわね。…ご苦労さま、見事だったわ。」
先ほど木の上から火薬を振り撒き、牛もどきを足止めさせたのは、実はララノアだった。魔法に長け、あらゆる状況で使いこなす彼女は、ただの使用人ではない。普段はシェラトリス付きの使用人として働いているが、有事の際に動く影の護衛だ。一時期、一般騎士と同じ訓練を受けていたため、あらゆる攻撃や防御を得意とする。ちなみに、シェラトリスも少し訓練を受けているため、一般的な貴族令嬢とは強さが違う。そもそも、普通の令嬢は授業でもない限り討伐に参加しないが。
「…。」
無言で弓矢を差し出す青年は、シェラトリスを庇い続けた騎士だ。人前では決して話さない彼は、シェラトリスから借りていた弓矢を返そうとしているのだ。
「ありがとう、ユアン。」
「…。」
ユアンと呼ばれた騎士は、顔半分を隠した布の位置を直しつつ、ぺこりとお辞儀をして下がった。
「間に合って良かったよ、シェラトリス。」
アスカルトが苦笑しながら馬を引いてやって来た。
「助かったわ。」
「まさかこんなことになるとは。不安な思いをさせてしまったな、クレーメンス。」
「いえ。お二人ともご無事で何よりです。」
辺りを見回して、全て討伐し終えたのを確認する。
怪我を負った者たちは治療を受けているが、皆 大きな傷は負っていない。
「疲れちゃったわね。」
シェラトリスは空を見上げてそう言った。
「全く。なぜこんなことが起きたのかしっかり調査しなくては。」
アスカルトは見上げていた空から目を離し、笑った。
「早く帰りましょう。また何か出てくるかも。」
クレーメンスがため息を吐いた。
「忘れられない一日ですね、こんなおかしな休日は!」
ロウランドの一言に、皆が頷いた。